
夢魔道士「夢をみたあとで」①
参考曲:夢みたあとで/GARNET CROW
元スレ:http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1503143292/
1 HAM ◆HAM.ElLAGo 2017/08/19(土) 20:48:12 ID:TvW4YUuk [1/16]
【Ep.1 はじまりのあさ】
―――ギィィ
軋んだ音とともに、酒場の扉が開かれる。
勇者の証、光り輝く兜を頭に被った青年が、酒場に入ってくる。
「よぉ、久しぶりじゃねえかい」
酒場のマスターが気さくに話しかけている。
「おめえさんもついに、仲間を決めて旅立つのかい?」
顔見知りのようだ。
私も、彼の顔を知っている。
この町の、新しい勇者なのだから、誰もが彼を知っているだろう。
ただ、彼は私のことなど、知らない。
2 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 20:54:50 ID:TvW4YUuk [2/16]
「剣の扱いはもう大丈夫だ。ここ数日で、ひととおり試し斬りをしてきた」
「はっは、そりゃあ頼もしい」
「仲間がほしい」
「ああ、それなりには揃ってるけどよう」
マスターは遠慮がちにちらちらと酒場のメンツを見回す。
卑屈な笑いがその顔にこびりついている。
「今どき魔王を倒すだなんて、血気盛んな奴がいるかどうか……」
「……だろうな」
ふぅ、と勇者は溜息をつく。
その答えを予想していたのだろう。
3 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:00:29 ID:TvW4YUuk [3/16]
魔王なんて、倒しても倒しても、どこかで必ず復活するのだ。
そんなことを、我々人類は何度も繰り返してきた。
「討ち滅ぼすのではなく共生の道を!」
と叫んで魔王城に向かった勇者もいたらしい。
その後勇者がどうなったのかは知らないが、共生の道などなかったということはわかる。
まあ、村の中、町の中に魔物がいることもある。
人間と共生しようという魔物も少なからずいるのだ。
しかし、魔王軍全体としては、そんな考えは些細なバグ程度のものだろう。
今も、魔王は人間を滅ぼそうと、侵略を続けている。
4 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:05:28 ID:TvW4YUuk [4/16]
「1人でもいい。魔法のサポートをしてくれる仲間がほしい」
「魔法か……うーん」
うってつけだ。
私は魔法が使える。
今日、この日のために、鍛練を積んできたのだ。
「……あの、魔法なら、私、使えます」
私は思い切って、勇者に声をかけた。
普段は人と接するのが絶望的に苦手な私でも、このときばかりは勇気を振り絞った。
5 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:12:12 ID:TvW4YUuk [5/16]
「君が?」
「……初顔だね?」
二人は私の方を見て、首を傾げる。
半信半疑、嬉しさちょっぴり、てな顔だ。
「私、夢魔道士です」
「夢魔道士?」
そんな魔道士聞いたことない、てな顔だ。
そりゃあそうだろう。
私の母が考えた名前だもん。
6 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:20:07 ID:TvW4YUuk [6/16]
「夢をみたあとで、その夢の中で起こったことを現実にすることができる魔法です」
「……ふうん?」
あら、まだ半信半疑、てな顔だ。
「試してみましょうか?」
「試すって?」
「私の魔法、見てもらいたいんです」
そう言って私は、左手の指輪を額にかざす。
目をつぶり集中。
人がいるのだから、今回はあまり長く眠れない。
調整が必要だ。
段々意識が遠のく……
7 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:25:05 ID:TvW4YUuk [7/16]
―――
――――――
―――――――――
なにもない草原。
灰色の空。
目の前に魔物がいる。
緑色の大きいトカゲだ。
私はすっと手をかざす。
―――ピキンッ
あたり一面、ひび割れる。
灰色が濡れる。
すべてが凍る。
目を剥いた間抜けなそのトカゲは、アイスボックスの中で息を止める。
―――――――――
――――――
―――
8 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:31:01 ID:TvW4YUuk [8/16]
「っは!」
「……」
ガヤガヤとした喧騒が徐々に耳に馴染んでくる。
目を数回瞬かせる。
「……起きた?」
目の前には、呆れ顔の勇者。
そりゃそうだよね、いきなり寝たら呆れるよね。
「どれくらい寝てました?」
「一分くらい」
9 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:39:32 ID:TvW4YUuk [9/16]
「さ、では外へ行きましょう」
「外へ?」
「私の見た夢を、現実に変えて見せます」
私は勢いよく酒場の扉をギッと開ける。
太陽が目に眩しいけれど、なんだかとても快調だ。
勇者はマスターと顔を見合わせ、私の後をついてきてくれた。
マスターは苦笑し、私たちを見送る。
10 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:46:59 ID:TvW4YUuk [10/16]
町の外の草原に出ると、私はトカゲを探した。
「なあ君、見たところ杖がないようだけど、どうやって魔法を使うの?」
勇者が私に聞く。
そうか。魔法使いといえば、確かに杖が必要かもしれない。
「今日は勇者様に会えるかわからなかったので、家に置いてきちゃいました」
私は嘘を吐く。
杖は早いところ調達しておこう。
「でも、杖なしでも大丈夫です」
私は得意げにウインクして見せる。
私のウインクは母に「歯が痛いの?」とよく言われたものだが、今日は可愛くできただろうか。
勇者は肩をすくめただけだった。
11 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:51:38 ID:TvW4YUuk [11/16]
がさがさ、と音がして、トカゲが現れた。
夢とは違う、黄色だった。
「あ! 勇者様! トカゲです! 出ましたよ!」
「あん? 君、トカゲを探してたの?」
勇者は腰の剣に手をかける。
「でもそいつ、魔物だよ」
ふっと勇者がトカゲに斬りかかろうとする。
12 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:57:08 ID:TvW4YUuk [12/16]
この世界に魔王軍が現れる前、トカゲといえば手のひらに乗るサイズだったそうだ。
それが、魔王軍が現れてからというもの、妙な生物がうろうろするようになり、それまでいた生物は数を減らした、らしい。
それまでの生物を「動物」、新しく現れた生物を「魔物」と呼び分けるようになった。
魔物の多くは進んで人間に危害を加えようとし、動物の多くは人間も魔物も怖がって近づかなかった。
動物の中には、魔物化して狂暴になったり大きくなったりするものもいた。
トカゲはそのいい例だ。
ワニとの違いはアゴで攻撃するか爪で攻撃するかくらいだ。
このトカゲをちゃちゃっとやっつけて、勇者に私の実力を示さなければ。
13 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 22:02:10 ID:TvW4YUuk
―――ピタッ
私の制止の手を見て、斬りかかろうとしていた勇者は足を止めた。
さすが、反射神経は抜群ね。
「なぜ止める?」
「私の魔法を見てほしい、と言いましたよね」
「でも、敵が」
「私が、倒しますから」
私は脳内で詠唱を行う。
千年の眠り。
ひとかけらの雪玉。
悪魔に売り渡した聖水と、天使に奪われた殺意。
脳内の亡念と記憶の底の飛沫。
時満ち足りて水面には幻影。
【夢魔法 よく冷え~る】
14 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 22:10:19 ID:TvW4YUuk [14/16]
―――ピキンッ
辺りの草を巻き込み、可哀想なトカゲはアイスボックスの中で眠る。
―――ゴォッ
冷たい一陣の風が私たちの隙間を通り過ぎてゆく。
「こりゃあ、すげえ……」
ぽかんと口を開け感心する勇者。
第一印象の悪さは、もうクリアできたかな……?
15 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 22:16:05 ID:TvW4YUuk [15/16]
「君の魔力を侮っていたようだ」
「私を連れていってくれますか?」
「ああ、魔王討伐に、力を貸してくれ」
私はにっこりと頷き、彼と固い握手をした。
この日のために、私は鍛練をしてきたのだ。
魔王を倒すため、私の魔法が役に立つ日を、ずっとずっと待っていたんだ。
その旅が、今始まる。
「……しかし、あの魔法名はなんとかならないだろうか」
私はそれには答えず、にっこりと微笑み、勇者の後を歩いてゆく。
17 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/19(土) 22:55:32 ID:ocjXTVBs
乙乙
しかし爆発力はあっても二人パーティーだと1分近く無防備になるのは中々にキツイ感じですな
18 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/20(日) 04:15:27 ID:7IFyLrhc
魔王の目の前でグースカやられちゃ堪らんな……
まぁ催眠魔法食らっても、起きるなりドギツい反撃出来そうなのは利点か?
19 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 21:52:08 ID:A0MzQlok [1/13]
「その指輪はなんなの?」
「これですか?」
私は指輪を勇者に見せる。
母からもらった大切な指輪。
通称、眠りの指輪。
「これを額にかざすと、問答無用で眠りに落ちるんです」
「なにその邪悪な兵器」
「邪悪じゃないです! 私の必需品ですよう」
20 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 21:58:10 ID:A0MzQlok [2/13]
まあ、それだけではないんだけど。
その先は言わないでおいた。
「君がいれば、もう旅に出られるかな」
「私、近接戦闘は一切できませんよ?」
「それは、おれがなんとかするから」
「でも二人で旅する勇者様って、少数派ではないですか?」
だいたいの勇者は3人か4人パーティを組む。
ま、噂でしか知らないけれど。
「ぞろぞろと旅のお供を連れて歩く資金はないんだ」
「ははあ、なるほど……」
21 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 22:03:50 ID:A0MzQlok [3/13]
「とにもかくにも、この大陸を早いところ出ないとな」
「魔王を倒すには、魔王城へ行かなければなりませんよね」
「ああ、大変な旅になるだろうな」
「私が魔王城へひとっ飛びしてバコーンと倒す夢を見れば解決ですね」
「いやいや、今すぐ魔王城へ行っても塵にされるだろ」
「塵にされない夢を見れば、解決ですね?」
「そんなに自在に夢を見られるのか?」
「無理ですけど……」
「……」
22 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 22:09:47 ID:A0MzQlok [4/13]
町の商店で、私と勇者は買い物をした。
火打石や水筒、テントや食料、薬草などなど。
私は家に立ち寄るついでに、杖っぽいいい感じの棒きれと、本棚の魔道書を持ってきた。
本当は私の魔法に杖なんて必要ない。
夢の中の出来事を思い出して、魔力を集中し、詠唱を行うだけ。
魔道書だって、ほんとはもう必要ない。
夢魔法の多くは母から教わったし、魔道書の中身はすべて頭に入っている。
というか、この魔導書自体、母が書いたものだった。
私の宝物だ。だから持っていく。
手ぶらの魔道士はちょっとかっこがつかないものね。
23 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 22:16:20 ID:A0MzQlok [5/13]
「君の魔法は、直前の夢しか具現化できないのか?」
勇者と町を出発して、草原を歩く。
身軽だ。
旅の出発なんてものは、こんなにもあっさりしているものなんだ。
「ええ、だから、昨日の夜に見た夢はもう、無効なんです」
「長い夢を見られれば、それだけたくさんの魔法が使えるということ?」
「えーっと、多分」
「昨日はなんの夢を見たの?」
「えっと……」
あれ?
思い出せない。
昨日は夢を見たっけ?
24 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 22:24:31 ID:A0MzQlok
「夢、毎日見るの?」
「……はい」
指輪を使えば、必ず夢を見る。
そこで自分の思いのままに動くことができれば、私は最強の魔道士になれるはずだ。
……まだ、そんなことは不可能だけど。
「夢の精度を、私も上げていかないといけませんね」
「おれも、剣の腕に磨きをかけなきゃあな」
ははっと笑う彼は、普通の、素敵な青年だった。
なんだかその笑顔は、見たことがあるような気がした。
彼に仕えることができて、幸せかもしれない。
25 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 22:35:47 ID:A0MzQlok [7/13]
【よく冷え~る】のおかげで、町の外では敵なしだった。
勇者もザクザクと魔物を斬り、順調に旅は続いた。
ただ、私のこの魔法では、勇者の傷を治すことができない。
「君のその魔法は便利だけど、それ以外の魔法は使えないのか?」
ほら、もう見抜かれてしまった。
「私が今日酒場で見た夢は、この魔法だけでしたから……」
「それじゃあ、炎の魔法や雷の魔法も?」
「ええ、今は使えません」
26 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 22:47:04 ID:A0MzQlok [8/13]
勇者は微妙な表情を浮かべている。
そりゃあそうだよね。
一種類の魔法しか使えないなんて、魔道士としては初心者同然。
「……いずれたくさんの魔法が使えるようになるのかな?」
「……たくさん眠れれば、たぶん」
「敵前で寝るってこと?」
「それは、ちょっと、危険ですね」
「ちょっとじゃないだろ」
呆れながらも、彼は少し笑っている。
よかった、幻滅されたかと思った。
27 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 22:56:11 ID:A0MzQlok [9/13]
「おれも、剣の腕をもっともっと磨かないといけないからな」
「ゆっくり行こうぜ」
そう言って、励ましてくれた。
勇者というのはもっと無骨で自分勝手かと思ったが、案外そうでもないらしい。
「おれが剣聖と呼ばれるレベルまで腕を上げ、君が自在に夢を見られるようになれば……」
「最強ですね?」
「魔王なんて、何度でも倒してやる」
「伝説になれますね?」
「ははっ」
28 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 23:03:36 ID:A0MzQlok
「しかし攻撃はともかく、確実な回復手段はほしいな」
「ですよね」
「回復魔法は?」
回復魔法は……知っている。
いつか夢で見た……気がする。
「夢で見たことはあります、でも……」
「でも?」
「私一人では、その効果のほどはよくわかりませんでした」
「どうして」
「私、最初から元気でしたから」
「……なるほど」
29 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/20(日) 23:05:38 ID:eJa1tRCI
これもう鬱エンドに向かってまっしぐらな感じしかしないんだけど…
30 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 23:17:05 ID:A0MzQlok [11/13]
「その魔法、今使えないのか」
「えっと……」
実は、以前であっても夢に見ていれば詠唱することはできる。
だけど、その効果はほぼなし。
それが私の魔力といえばそれまでだけど……
「一応、やってみましょうか」
私は脳内で、思い出しながら詠唱を行ってみた。
千年の眠り。
ひとときの休息。
時の流れに逆らい、人の理を嗤う。
体内の戦場にうつろう白煙。
時満ち足りて息吹くは梅花。
【夢魔法 キズ治~る】
31 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 23:26:38 ID:A0MzQlok
「……どうでしょうか」
「……少し気分がよくなった、気がする」
「本当ですか!?」
「……いや、気のせいかもしれない」
やっぱり、昔の夢だとダメみたい。
これができるようになれば、もっともっと勇者の役に立てるのに。
「しかし、やっぱり名前がひどいな」
「いいじゃないですか、それは!!」
33 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/21(月) 13:45:02 ID:S.Y6YPE.
使おうとする度に寝る必要は無いっぽいのは良かったわな
夢を覚えてれば使えるっていうなら夢を明晰夢にしていく上で今後はアレをやる感じかな
乙乙
34 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/21(月) 19:09:59 ID:W1yDvwoE
問答無用で寝かせる……
SPD特化でデバフ要員だな!
魔法? いいから寝かせてこい!
35 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:14:01 ID:BeCfLC9Q
【Ep.2 りゅうのしれん】
―――
――――――
―――――――――
真っ暗な洞窟。
天井から垂れるしずく。
目の前になにかがいる。
うじゃうじゃと。
人のような形をしているが、人ではないものたち。
背後の勇者を守らなければ。
私は手をかざす。
―――ゴォッ
あたり一面、火の海に。
洞窟の岩肌が照らされる。
魔物は燃え、形を崩していく。
人型のそれらは、うめき声をあげ、灰となり、風に舞う。
―――――――――
――――――
―――
36 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:18:58 ID:BeCfLC9Q [2/10]
「……っ」
私は小さなベッドの上で目覚めた。
反射的に左手の指輪を見る。
中央に埋め込まれた小さな宝石が、緑色に光っている。
よかった、緑色か。
そっと隣を見ると、毛布にくるまって勇者が眠っている。
37 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:25:09 ID:BeCfLC9Q [3/10]
昨日はたくさんの魔物を倒して、素材を集めて、次の町で換金をした。
たくさん出てきたトカゲは大したお金にならなかったけど、ここは大陸の端だから仕方がない。
戦闘に疲れた私たちは、町の宿屋で休んだのだった。
そういえば、さっき見た夢は炎の魔法が使えたな。
今日はボウボウ燃やして活躍しちゃうぞ! と、私はテンションをあげる。
今日も、旅が始まる。
38 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:30:01 ID:BeCfLC9Q [4/10]
「おはようございます! 勇者様!」
私は明るく勇者を起こす。
「……ん、おはよう」
「さあ、今日もはりきって参りましょう!」
「寝起き、いいね」
「はい、夢魔道士ですから!」
「どこの鶏が鳴いているのかと思ったよ」
「誰が鶏ですか!!」
夢魔道士が夢心地でふらふらしてたら、シャレにならない。
朝はシャキッと! が私のモットーでもある。
39 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:36:45 ID:BeCfLC9Q
今日は大陸の中心へと続く洞窟へ向かう予定だ。
昨日は海沿いの平和な草原だったので、大した魔物は出なかった。
もっと魔王城に近いところや人の少ない地域なら、強い魔物がいるから貴重な素材がたくさん手に入るはず。
「今度はもっと、ふかふかのベッドで寝たいですね」
「魔王を倒す旅に、贅沢は言ってられないだろ」
今は貧乏旅だけれど、その分たくさん戦闘を経験して、力をあげていくことができる。
私も、勇者も、もっと力をつけて、いずれは魔王を。
そう考えると、とてもワクワクする。
40 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:40:49 ID:BeCfLC9Q [6/10]
宿屋を後にし、私たちは洞窟へと向かう。
武器や防具を買いたいけれど、今はまだそんな資金がない。
「薬草、たくさん買っておきましたよ」
「ああ、ありがとう」
「いつかは素敵なローブとか、ほしいですね」
「おれももっと性能のいい剣がほしい」
勇者の言葉は、昨日に比べて少し砕けた感じになった。
私のことも、「君」ではなく「お前」と呼ぶ。
でもそれは、高圧的なのではなくて親しみを込めたものである、と思う。
私にはなぜかその呼び方が、とても懐かしく、また居心地のいいものに感じられた。
「あれ、お前、杖は?」
41 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:46:47 ID:BeCfLC9Q
しまった、杖(という設定の棒きれ)を宿屋に忘れてきた。
「……宿屋か?」
「……はい、そうみたいです」
「仕方ない、戻るか」
「い、いえ、それには及びません、私は……」
私は慌てて足元の棒きれを拾う。
それをシュッと振りつつ、優雅に決める。
「優秀な魔道士ですから。優秀な魔道士は、杖を選びません」
42 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:52:26 ID:BeCfLC9Q [8/10]
「そんな棒きれひとつで、大丈夫なのか?」
勇者は明らかに不安そうな顔をしている。
昨日の棒きれとさして変わらない物のはずだけど……
「大丈夫です。勇者様も、剣聖と呼ばれたらなまくらで戦えるようになっているでしょう?」
一瞬丸め込まれそうだったが、しかし勇者は反論してくる。
「いやいや、お前はまだ大魔道士ではないだろう?」
むむ、痛いところを突いてくる。
43 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:55:23 ID:BeCfLC9Q
「とにかく大丈夫なんです、見ていてもらえればわかります」
「ふうん」
「それより今日はボウボウ燃やしますからね? 覚悟しててくださいね?」
「おれを燃やすつもりじゃないだろうな」
「そういう意味で言ったんじゃありません!」
「そういう意味に聞こえたんだ」
44 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:58:32 ID:BeCfLC9Q
洞窟の入り口には、「魔物多数、危険」の看板があった。
「この洞窟を抜ければ、山脈の内側に出られるはずだ」
「地図通りだとすると……このあたりですね」
バサッ、と私は地図を広げる。
昨日印を付けたこの洞窟の入り口から、少し離れた「開けた空間」に辿り着けるはずだ。
ここに、小さな村と不思議な泉があるらしい。
私たちはそれを目指している。
「よし、行くぞ」
45 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/22(火) 00:00:58 ID:D.VkN5n6 [1/2]
やどやでばーにんぐですねわかりますん(ばくらちゃん並感)。
46 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:04:36 ID:ruZVCdW6 [1/27]
「これは……暗いな」
洞窟には当然明かりなどなく、入って数歩でなにも見えなくなってしまった。
「仕方ない、戻ろう」
「ええ? 戻るって勇者様……」
「松明がないと、とてもじゃないが進めなさそうだ」
「あ、ちょっと待ってください勇者様」
私は勇者を制し、昨日見た夢をイメージする。
47 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:08:38 ID:ruZVCdW6
千年の眠り。
ひとかけらの紅玉。
天秤にかけるは火薬、壁に隠すはガマ油。
空駆ける龍尾と舌の上の血溜まり。
時満ち足りて黒炭の棺。
【夢魔法 よく燃え~る】
―――ゴォッ
生まれた火球を飛散させてしまわないように、手のひらに留める。
それはゆっくりと回転しながら、だんだんと私の手に馴染んでくる。
「ほら、これで明るいでしょう?」
「はあ、便利なもんだ」
48 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:16:03 ID:ruZVCdW6 [3/27]
火球であたりを照らしながら、私たちは洞窟を進んでいった。
「お前は熱くないのか?」
「ええ、自分の魔力で焼かれる魔道士は、ちょっとみっともないでしょう?」
「確かに」
「熱いですか?」
「いや、大丈夫」
49 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:21:16 ID:ruZVCdW6 [4/27]
洞窟を進んでいくと、突然がらりと音がして、壁が崩れ落ちた。
「?」
崩れ落ちた岩は、ごろごろと動き出し、人を形作る。
「魔物か!?」
言うが早いか勇者は斬りかかる。
―――ガキィン!
―――ゴキィン!
岩とはいえ、勇者の剣で削られ、魔物は苦しそうだ。
しかし数が多い。
そして硬い。
50 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:24:46 ID:ruZVCdW6
―――ガキィン!
―――バキィン!
音が洞窟に響く。
魔物はどんどん数を増やし、取り囲まれるような態勢になってしまっている。
勇者は、背後にまで気を配る余裕がなくなっている。
それを見て、勇者の背後の魔物が大きく腕を振り上げた。
「危ない! 勇者様!」
私はとっさに、火球を放っていた。
―――ゴォッ
51 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:31:00 ID:ruZVCdW6
「ぎゃあああああ!!」
断末魔とともに、魔物が燃えていく。
岩でも、私の魔法で燃やせるようだ。
どろどろと溶けたり、ぶすぶすと炭になったり。
それを見て気を良くした私は、次々と火球を作っては魔物に叩きつけた。
―――ゴォッ
「熱い! お前! おい、熱い!」
勇者を取り囲んでいた魔物は、全滅していた。
その威力に、私は満足げにうなずく。
これなら、この洞窟も難なく通り抜けられるだろう。
「おい! こら! 熱いって言ってんだよバカ!」
52 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:34:12 ID:ruZVCdW6
燃えている勇者の服の裾をばたばたと消してから、たっぷりとお説教を食らった。
「お前の魔法の威力は分かったが、おれまで燃やしてどうする!」
「取り囲まれていたから危ないと思いまして……」
「おれは背後の敵にも攻撃できるように鍛錬してきたんだよ」
「そんなこと知りませんでしたし……」
「あとお前、火球を敵にぶつけたら明かりがなくなるだろうが!」
「同時に二つ出せるように頑張りますから!」
53 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:40:17 ID:ruZVCdW6
洞窟で、勇者の叱咤激励というか罵倒を受けながら、私の魔法は上達した。
……と思う。
「右手の火球が拡散してるぞ! 集中しろ!」
「威力が弱い! まだ魔物が燃えてないぞ!」
「おれを見るな! 魔物だけ見てろ!」
「おれじゃない! こっちを見るな!!」
「やめろ! こら! っちょ! やめろ!!」
54 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:45:58 ID:ruZVCdW6
……
洞窟を抜けるころ、私の左手には明かり用の火球、右手には砲撃用の火球があった。
さらに足元にまとわりつく防御用の炎の盾があった。
「見てください! 完璧な布陣です!」
「魔王の側近にそういう魔物がいそうだな」
「なんてこと言うんですか!」
「頼むからおれの方を攻撃するのはもうやめてくれ」
「コントロールが難しいんですよ!」
勇者の衣服はあちこち焦げてしまっていた。
私の魔力のコントロールは、まだまだ上達させなければ。
59 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 21:24:36 ID:ruZVCdW6
洞窟の先の「開けた空間」は、とてもきれいなところだった。
優しい木洩れ日の中に、小さな集落があった。
この辺りには魔物もいないようだ。
平和な集落なのだろう。
「まずは、泉の話を聞きましょう」
「まずおれの服だよ!」
60 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 21:33:01 ID:ruZVCdW6
とりあえずあつらえた勇者の服は、なんだか派手で、笑ってしまった。
兜が不釣合いだ。
「おい、笑うな」
「で、でも、勇者って言うよりも、商人とか遊び人に見えます」
「仕方ないだろ、鎧が売ってないんだから」
「あ、ふ、ぷぷっ、すみません」
「燃やしたのお前だろうが!」
61 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 21:38:45 ID:ruZVCdW6 [14/27]
……
集落のそばに、その泉はあった。
その泉のほとりに立った瞬間、すべての音が聞こえなくなった気がした。
それほど、神秘的で素敵な空間だった。
泉の周りには、見たこともない花が色とりどりに咲いている。
「よし、この泉を汲んでいくぞ」
「もう! 勇者様は風情がないですね」
「は? なに言ってんだ、お前」
「こんなに素敵な場所に来たのなら、ちょっと感傷に浸るものでしょう?」
「ちょっとなにを言ってるかわからない」
「もう! 知りません!」
62 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 21:45:54 ID:ruZVCdW6
鈍感な勇者を放っておいて、私はきれいな花を摘む。
「おい! 花なんかいいから、ここの泉の水をだな……」
勇者がなにかを言っているが、聞こえないふりをする。
この泉の水を飲めば体力が回復するそうだが、今の私は花に夢中になっていた。
たくさん摘んで、胸いっぱいに花の香りを吸い込む。
「ったく……女ってのはわからん」
勇者が遠くで毒づいているのが聞こえた。
ふんだ。
この花と、きれいな泉とを見て、なにも感じない方が理解できないな。
63 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 21:51:38 ID:ruZVCdW6
ざばざばざば……
泉の方で音がする。
なんというか、大胆に汲むのね。
がっつきすぎてるというか。
回復の泉だからって、あんまり汲みすぎると……
ざばざばざば……
なおも音がする。
ちょっと変だな、と思い振り向くと、泉の中心から大きな大きな龍が私たちを見下ろしていた。
64 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 22:01:17 ID:ruZVCdW6
「ぎゃあああああああああ!! 龍!! 龍ですよ!!」
みっともなく叫んだのは、断じて私ではない。
私はそんなに取り乱したりしない。
私は颯爽と勇者のもとへ駆け寄り、魔力を両手に込め、迎撃態勢を整えていたはずだ。
「あ、あれ?」
私は腰が抜けたのか、その場から動けずにいた。
勇者が剣で応戦している様子がぼんやりと見えている。
ぼんやりと?
私の目は、少し霞んでいる。
65 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 22:09:59 ID:ruZVCdW6 [18/27]
私は座り込んだまま、辺りを見回した。
きれいな花が咲いている。
だけど、その花を見つめていると、より目が霞んでしまう気がする。
しまった……
毒性のある花だったのか……
めいっぱい、香りを吸い込んでしまった……
私は意識が薄れるのを感じながら、手に魔力を込める。
「……よく……燃え~る……」
66 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 22:14:25 ID:ruZVCdW6
―――ゴォッ
「あははは!! あはははは!! 燃えてる!! めっちゃ燃えてる!! 弱っ!!」
次の瞬間、そこには花畑を燃やし尽くしながら踊る少女がいた。
少しハイになっていたのかもしれない。
花も灰になっていた。
うん、うまい。
「勇者様! 私のことは心配なさらず、ちゃちゃっと龍をやっつけちゃってください!」
私は花という花をどんどん燃やした。
勇者が毒にやられないように、まんべんなく燃やした。
ちらっとこちらを見た勇者が、この世の終わりみたいな顔をした。
67 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 22:26:54 ID:ruZVCdW6
……
よくよく聞いてみると、龍は泉の守り神で、花は不届き者を近づけないバリアだったそうだ。
龍さんが優しく教えてくれた。
私はただ正座して、花を燃やした愚行を詫びることしかできなかった。
「お前……村でなにを聞いてたんだ」
「だ、だって、勇者様も、戦ってたじゃないですか」
「だからあれは、単なる腕試しなんだって」
「は、花の毒で少し混乱していて……わかりませんでした」
「だからそれも村で聞いてたろ、花に近づきすぎると危ないって」
「……」
「それも聞いてなかった、と」
「……」
68 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 22:41:15 ID:ruZVCdW6
やばい。
勇者が私に向ける目線がやばい。
汚物を見るような、「僕すごく軽蔑してます」的目線だ。
あるいは可哀想なものを見て憐れむ目線だ。
教会で静かに神父様の話を聞いていたら、空気を読まずに飛び込んできて暴れた挙句ひっくり返って死んだセミを見るような目だ。
「あ、あの……」
『頭は少々弱いようだが、あの魔力はなかなかのものだった』
龍さんがさりげなくフォローしてくれる。
優しい。
「前半部分が、致命的かもしれない」
『知性ではなく感性で魔力が操れるということは、強い魔道士の証拠だ』
「そうかな……」
なんとなく馬鹿にされている感じは否めないが、龍さんは怒らずにいてくれた。
花もすぐに生えてくるらしい。
69 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 22:53:28 ID:ruZVCdW6 [22/27]
魔物の中にも、人間に危害を加えないタイプのものがいる。
動物の中にも人間に危害を加えるものがいるのと同じように。
龍の多くは人間に関わりを持たないが、縄張りに入ると途端に狂暴になるものがほとんどだ。
ただここの龍さんのように、なにかしらの守り神として君臨するものは、人間の干渉に寛容であることもある。
お互い過干渉にならず、うまく共存できる場合があるのだ。
さらに言えば、人間のために力を貸したりする、家畜や愛玩動物に近い関係のものもいる。
この旅の中で、色んなスタンスの魔物と出会えるかもしれない。
それは少し、楽しみだ。
70 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 23:00:47 ID:ruZVCdW6
私たちは集落へと戻る。
今日はもう遅い。
ここで夜を明かし、明日、また洞窟を抜けて先へ進むことになった。
「回復の泉がたくさん汲めて、よかったですね♪」
ちらっとこちらを向いた勇者は、やれやれという表情をした。
やれやれと、声を出していたかもしれない。
「お前のそのお気楽さ、今はちょっといらないな」
「そうですか……」
71 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 23:16:02 ID:ruZVCdW6
私はちょっと反省をした。
確かに、集落での情報集めの時にちゃんと話を聞いていれば、花を摘んだりはしなかっただろう。
慌てて花を燃やす必要もなかった。
龍が出ても、取り乱さずに済んだのに。
……あれ?
……私、全然ダメだ。
……足しか、引っ張っていない。
そう考えだすと、胸がきゅっと苦しくなる。
私、なんのために彼と一緒に来たのだろう?
うつむくと涙がこぼれそうで、でもうつむかずにはいられなかった。
72 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 23:26:11 ID:ruZVCdW6
「……ま、旅は長いんだ、しっかり頼むぞ、相棒」
勇者の温かい手が、私の頭にポン、と乗せられる。
うつむいたままの私は、一筋流れた涙を止められなかった。
「……ひゃい」
涙声なのが、ばれそうだ。
急いで目元を拭く。
「お前は、泣き虫だな」
勇者がぼそっと、呟く。
ばれていた。
そう、私は泣き虫だった、気がする。
73 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 23:34:52 ID:ruZVCdW6 [26/27]
私の母は、優秀な魔道士だった。
泣き虫な私をあやしながら、眠りの指輪で眠らせてくれた。
その昔、魔王の討伐に成功したと聞いたことがある。
だけど、誰もその話をしなかったし、母も詳しく教えてくれなかった。
寝る前にその話をせがんでも、母は笑って首を振るだけだった。
せっかく魔王を討伐しても、繰り返し生まれるのであれば、討伐隊を褒め称えている暇もないのだろうか。
私たちが倒せたとしても、無駄ではないか、という問いは心の奥に閉じ込めた。
「魔王……倒しましょうね」
勇者は声に出さず、でも力強く頷いた。
76 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 20:22:02 ID:h7hT4ZqQ
【Ep.3 みえないてきと ほうしゅう】
―――
――――――
―――――――――
ぽっかりと紫色の空が広がっている。
私は無意識に指輪を見つめる。
中心の宝石が赤色に光っている。
周りを魔物に囲まれているような感覚。
しかし、何も見えない。
怪しいものは見当たらない。
右手をかざす。
―――カッ
―――ビシィッ
稲妻が辺りを照らす。
その瞬間、辺りには、苦しみ、うごめく魔物の姿が。
姿を消せる魔物だ。
私はまた、右手をかざす。
―――――――――
――――――
―――
77 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 20:33:06 ID:h7hT4ZqQ
「ふはっ」
勇者が間の抜けた声とともに飛び起きた。
私はすでに旅の支度を終えている。
「おはようございます、悪夢でも見ましたか?」
「あ、ああ、おはよう。お前に燃やされる夢を見た」
「ご心配なく、今日は燃える夢ではありませんでしたので」
私は今日、雷の魔法の夢を見た。
あれなら、洞窟は照らせるし、見えない敵も姿を現すし、なかなか便利だ。
78 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 20:52:40 ID:h7hT4ZqQ
「……ちなみに、なんの夢だった?」
「雷です」
「……」
ちらっと勇者は、剣と兜の方へ目をやった。
感電を心配しているのだろうか。
宿から出る際、店主に「この村にゴム製のマントは売っているだろうか?」と聞いていた。
「そんなものはない」と言われて撃沈していたが。
やはり感電が怖いらしい。
勇者のくせに、情けない。
79 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 20:59:50 ID:h7hT4ZqQ [4/21]
「今日は洞窟を再度抜け、港町まで行くぞ」
「そこでなんとか船に乗せてもらい、ここから北の方の大陸を目指すんですよね」
「というわけで、洞窟でもたもたしている暇はない」
「ええ」
「とっとと突破するぞ」
「はい!」
「じゃあお前はこの松明を持つ係な」
「はい?」
80 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 21:06:41 ID:h7hT4ZqQ
「私の魔法で、また照らせますよ?」
「今日は雷だろ? それが明かりとして使えるとは思えない」
「なに言ってるんですか! 電気は立派に明かりとして使えますよ!」
まだ実用化されていないが、雷の力「電気」を生活の明かりに役立てる研究が進められていると聞く。
いずれ火で照らさなくても、煤の出ない明かりが使えるようになるはずだ。
81 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 21:16:40 ID:h7hT4ZqQ
千年の眠り。
ひと握りの命綱。
試験管の中の神、三つ編みの髭。
轟く咆哮と真実を映す空。
時満ち足りて神罰の鎌。
【夢魔法 神鳴~る】
―――カッ
―――ビシィッ
響く雷鳴。
そして私の掌に輝く閃光。
―――バチバチバチッ
電気が暴れ回っているが、私はなんとか抑え込む。
「お、おう、またこりゃあすげえな」
82 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 21:23:25 ID:h7hT4ZqQ
「ほら、ちゃんとコントロールできているでしょう?」
「ま、まあな」
「ほらほら、行きますよ。いざとなったらまた魔物を攻撃しますから」
「い、いざとなったらだからな! 最終手段だからな! それ!」
「さあ来い! 魔物たち!」
「戦うのはおれがやるから! お前は照らしてサポートしてくれればいいから!」
83 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 21:35:14 ID:h7hT4ZqQ
……
洞窟を抜けるころ、私の左手には明かり用の雷玉、右手には雷のランスがあった。
さらに腰回りに電気を帯び、バチバチと放電しながら威嚇している。
「見てください! これこそ完璧な布陣です!」
「吹っ切れて、なにがやりたいかわからなくなった前衛芸術家みたいだな」
「なんてこと言うんですか!」
「芸術家に謝れ」
「な、なんてこと言うんですか!?」
「上達するのが早いのは認めるが、粗削りすぎるんだよ」
「も、もっと頑張ります……」
勇者の衣服は無事だが、髪の毛が逆立って、少々しびれているようだ。
狙ったところにのみ放電するコントロールが課題だな、と私は反省した。
84 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 21:42:38 ID:h7hT4ZqQ [9/21]
……
「船が出ない!?」
雷撃もなんとなく使いこなせるようになり、意気揚々と港町へやってきたが、なんと船が出ないらしい。
なんでも数日前から海がよく荒れて、船が何隻も沈んだそうだ。
「いや、だってこんなにいい天気じゃないですか」
「それが奇妙でよお、船を出した途端、空は黒くなるわ、波は荒れるわで……」
「おれたち、とっとと北の大陸へ行きたいんだが」
「そうは言ってもなあ、そのせいでここ何日も船が出せてねえんだ、他の方法を当たってくんな」
「そんな……」
85 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 21:45:48 ID:h7hT4ZqQ
「どうします?」
「他のルートを当たるか……」
「でも、船以外のルートなんて、ありますか?」
「空?」
「空から……え?」
「お前が空を飛ぶ夢を見るのを待つ、とか」
「なんともお気楽な話ですね」
「お前に言われたくないな」
86 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 21:53:16 ID:h7hT4ZqQ
「おいおいおい!! まだ船は出ねえのかよ!?」
大きな声が響いて、私は驚いて声の主を探した。
見回すまでもなく、その声の主は、民衆から頭一つ突き出た大男のものだと分かった。
重そうな布袋を担いでいる。
「一刻も早く北の大陸の王様に届け物をしねえといけねえってのに!!」
「し、しかし……」
「何日ここで足止めする気だよ!! もう待ってらんねえ!!」
大男と、その周りの子分(と思われる者たち)は、船員たちの制止を振り切り船の方へ向かっていった。
87 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:00:17 ID:h7hT4ZqQ
「あ、あれ、止めた方がいいですかねえ」
「……素人だけで船が動かせるとは思えないが」
「行ってみましょう!」
「お、おい!」
私たちは船着場へと、大男たちを追いかけた。
なんだか、嫌な予感がする。
88 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:06:24 ID:h7hT4ZqQ [13/21]
しかし、私たちが向かったときにはすでに、船はゆっくりと岸を離れていた。
小さな船だ。
大波で簡単に転覆してしまいそうな船だ。
ロープをほどいてすぐに乗り込んだのだろう。
「あああ……命知らずな男だよぉ」
取り残された船員が呟く。
「これまで何隻が沈められてきたと思ってんだい」
89 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:13:01 ID:h7hT4ZqQ [14/21]
と、空が曇り始めた。
ぶるっと、大気が揺れた。
ぞわっと、波が揺れる。
「あああ……言わんこっちゃない」
波が渦を作り始める。
風が強くなる。
そして……
「うっ」
「ぐぅっ」
船着き場で様子を見守っていた人たちが、突然苦しみ始めた。
90 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:17:32 ID:h7hT4ZqQ
「なんだ? なにが起こってる!?」
「魔物です、たちの悪い」
「魔物!? そんなもん、見えないぞ」
「姿を消すんです!」
私は急いで脳内詠唱を行う。
千年の眠り。
ひと握りの命綱。
試験管の中の神、三つ編みの髭。
轟く咆哮と真実を映す空。
時満ち足りて神罰の鎌。
【夢魔法 神鳴~る】
―――カッ
―――ビシィッ
91 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:27:14 ID:h7hT4ZqQ
黒い空に、黄色い稲光。
怒れる稲妻が私の掌に応じてうねる。
―――カッ
魔物が姿を現した。
苦しむ人の周りを、霧状のものが覆っているのが見える。
見えさえすれば、斬れる。
「勇者様! その魔物は、お願いします!」
「お前は!?」
「あちらを!」
高い波の向こうで、大きく揺れている小舟を、私は指差した。
92 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:37:59 ID:h7hT4ZqQ
「あ、勇者様! 剣を高く掲げてみてください!」
私は、前から考えていたことを、試してみたくなった。
「こ、こうか?」
「行きます!」
掌を剣に向け、魔力を込めてぎゅっと握る。
―――バチバチバチッ
―――バチンッ
雷が剣に落ち、そのまま纏わりつく。
バチバチと電撃を放ちながら、剣が光っている。
「うお! なんだこれ!?」
「よし! できた! 魔法剣です!」
93 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:46:09 ID:h7hT4ZqQ [18/21]
「そのまま斬っちゃってください!」
その効果に私は満足し、船へと目を戻す。
あの辺りにも、きっと魔物がうじゃうじゃいるはずだ。
船に当ててはいけない。
精密なコントロールだ。
精神の集中だ。
「ふぅ……」
息を整え、手をかざす。
指輪の宝石が、きらりと緑色に光る。
「はっ!!」
―――カッ
―――ビシィッ
94 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:52:03 ID:h7hT4ZqQ
―――カッ
―――ビシィッ
目を凝らす。
―――カッ
―――ビシィッ
指先まで力を込める。
―――カッ
―――ビシィッ
まだだ。
魔物をすべて殲滅するまで、雷を落とし続ける。
「ぁぁぁぁあああああああああああああっ!!」
―――ビシィッ
―――ビシィッ
―――ビシィッ
―――ビシィッ
―――ビシィッ
95 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:57:43 ID:h7hT4ZqQ
……
チャプ、チャプと波音。
ようやく空に、海に、静けさが戻ってきた。
遠くに揺れる小舟が見える。
あの大男さんは無事だろうか。
目的のものは、ちゃんと届けられるだろうか。
どれくらいの時間が経ったろう。
どれくらいの魔物を倒したろう。
勇者は、無事だろうか。
しかし、私はまだ、振り向けなかった。
ずいぶんと、疲れた。
98 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/24(木) 11:36:48 ID:mKixETZY
おつおつ
これで冷、火、雷か
威力はすごいけど回復がないのは辛いな…
99 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:00:03 ID:4duJZ5Bc
……
ギィ、ギィとオールを漕ぐ音。
大男さんの子分たちが船を漕いでくれている。
私と勇者は、船にちょこんと乗せてもらっている。
しかし、この人、大きい。
ごちゃごちゃと道具をたくさん携えているが、これがまた一つひとつ大きい。
「いやあ、勇者とはな、驚いた」
「そっちも、商人には見えないね」
「嬢ちゃんも、そんなちっこいナリしてすげえ魔法使いじゃねえか」
「ちっこいは余計です」
「がはは、すまんすまん、しかしなんにしても助かったぜ!!」
100 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:03:22 ID:4duJZ5Bc [2/13]
雷がやんだ後、大男さんは岸に引き返してきてくれた。
そしてお礼を言って、私たちを乗せてくれたのだ。
「行きはあんなことなかったんだけどよぉ」
「ここ数日続いていたと言ってましたね」
何隻も船が沈められたと言っていた。
魔物が積極的に人を襲うのは、確かに最近では珍しい。
「魔物が活性化してんのかねえ」
「誰かが怒らせるようなことしたんだろう」
「魔物を?」
「ああ、眠っていたのを無理矢理呼び起こす、とかな」
101 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:07:53 ID:4duJZ5Bc
「海の魔物ってのは、ただ通るだけの船には寛容だが、海を荒らす者には容赦しない」
「おそらく船で通った誰かが、悪いことでもしたんだろうよ」
さすが、勇者は博識だ。
私は「海の魔物」なんてものを、全くと言っていいほど知らない。
あの霧状のやつらも、海の魔物なんだろうか。
精霊というやつだろうか?
なんにせよ、怒らせた上に魔法で無理やり押さえつけたわけだから、相手が魔物とはいえあまり気分のいいものではない。
私はなんとなく、海へ向かって祈っておいた。
なんとなく、ごめんなさい、という感じで。
102 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:14:16 ID:4duJZ5Bc
「例えば海で小便なんかしたら、海の魔物は怒るのかねえ?」
商人の大男さんが気楽そうに言う。
「ああ、そうだな。そんなバカがいれば、きっと海の魔物や精霊は怒るだろうな」
「……」
勇者がそういうと、黙り込んでしまった。
え、まさか。
「え、あんた、そんなことしたのか?」
「海が荒れてたのはあなたたちのせいだったの!?」
「なんて罰当たりな!」
「そうだそうだ!」
商人さん一行は、気まずそうにうつむいていた。
103 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:21:38 ID:4duJZ5Bc
さすがに何日も旅をする大型船だと、排泄物の処理は大変だろう。
海に流すこともあるんだろう。
だけどこんな小さな船で、こんな短い航海で、それをすると……
「まあ、ちょうど精霊の目の前でやっちまったんじゃねえかな」
タイミングが悪かった、ということかしら。
「……今度から気をつけよう」
ま、反省しているようなので、私もあまりこれ以上言わないようにしよう。
104 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:26:36 ID:4duJZ5Bc [6/13]
「そもそもだ、この海自体、すごく汚れているじゃないか」
確かに。
大して深くないはずの海なのに、透明感がまったくない。
「この近隣の人たちの、海の使い方が悪かったのでしょうか」
「ああ、それもあって、海の精霊たちの怒りが爆発したのかもな」
すみかを脅かされていたのなら、精霊たちには同情してしまう。
「あんたたち、反省してるのなら、これから会う王様にでもかけあって、海の使い方の向上を進言しときな」
「ああ……そうしよう」
105 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:30:15 ID:4duJZ5Bc [7/13]
「そういえば、王様に届けるものって、なんだったんですか?」
私は重そうな布袋の中身が気になっていたので、気を取り直して聞いてみた。
「あ? これか? これは西の地下鉱山で掘り出したクリスタルだ」
大男さんはごそごそと、それを取り出して見せてくれた。
きらきらと白く、青く輝いている。
「わ、すごい、きれい!」
「へえ、こんな量のクリスタルとは、珍しい」
「い、いくら命の恩人とはいえ、これはやれないからな!!」
「……半分」
「おい、勇者の一行がそんな卑しい真似するな」
ベシッ
勇者にはたかれてしまった。
106 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:33:52 ID:4duJZ5Bc
「西の地下鉱山といえば、かなり迷いやすいうえに厄介な魔物も多くて、冒険者は避けるんじゃなかったか」
「冒険者はな。でもおれたちは商人だ。価値のある物のためなら、どこへだって行くさ」
「はあ、すげえな」
「おれたち商人からすれば、あんたら勇者の一行ってのもすげえと思うぜ」
「どうして」
「おれたちゃあ金のためさ、でもあんたらは名誉や平和のために体を張ってる」
「……」
大男さんの言葉に、嘘はないようだった。
お金のために(王様のために?)危険を冒して鉱山へ潜るのも、立派だと思うけど。
107 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:37:08 ID:4duJZ5Bc
……
「おお帰ったか、商人たち」
「は」
「そしてお主らも、道中の助けになってくれたそうだな、礼を言う」
大広間で、でっぷりと太った貫禄ある王様が、私たちを迎えた。
そういえば、私は王様というものに謁見するのは、これが初めてだ。
にこにこと温厚そうだが、目は鋭い。
「で、例のものは?」
「は、こちらに」
大男さんは、似合わない丁寧な言葉遣いと物腰で、クリスタルを王様に見せていた。
王様の目が輝く。
108 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:40:59 ID:4duJZ5Bc
「勇者様は、王様というものに会ったことはありますか?」
「ああ、一度だけな」
「緊張しました?」
「いいや、旅立ちは自由にさせてくれたし、堅苦しくもなかった」
私も、緊張するものだと思っていたけれど、案外そうでもないらしい。
普通にひそひそお喋りする余裕がある。
「あの冠、高そうですよね」
「この謁見の間にあるものすべて、高級品だろ、趣味の悪い」
「……確かに」
109 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:44:17 ID:4duJZ5Bc [11/13]
「さて、褒美をとらさねばな」
「は、ありがたき幸せ」
大男さん、跪いてる。
でも相変わらず大きい。
私たちはぼーっと突っ立っていた。
「勇者殿にも、なにか礼ができればいいのだが」
「あ、じゃあ宝物庫の鍵を開けてくださ……」
ベシッ
今度は無言ではたかれた。
110 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:48:09 ID:4duJZ5Bc [12/13]
「もし可能であれば……」
ずい、と勇者が一歩前に出る。
「丈夫な剣を一振り、そして身軽な鎧を調達したい」
実は勇者の剣は、魔法を纏ったせいでひどく傷ついていた。
戦いが終わった後、とても使い物にならなくなってしまったのだ。
「ふぅむ、確かに勇者とは思えぬひどいナリだ。厳しい戦いをくぐり抜けてきたのだろう」
「あ、いやこれは……」
「よかろう、町には通達しておくので、好きなものを見つくろうがよい」
「あ、その、ありがとうございます……」
111 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/25(金) 18:50:42 ID:4duJZ5Bc
城の宝物庫はロマンの塊ですね ノシ
112 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/25(金) 20:45:37 ID:nr6oPKlg
池とかならともかく、海なら排泄物はよっぽどの量でなければ魚なり微生物なりの餌になるだけやろうに
精霊やら魔物やらのいる世界は排泄物の処理にも気を遣うんですなぁ
乙乙
113 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/25(金) 22:31:47 ID:yxJGxsaw
多分、肥溜めをぶちまけたんじゃネーノ?(ハナホジー)
この魔導士は何やら僧侶のかおりがするでち。
乙。
114 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/26(土) 13:37:35 ID:OeA8utYs
クリスタルねだったり宝物庫に入ろうとしたり、こんな俗な僧侶がいてたまるかw
115 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 21:29:17 ID:DcbHdsbQ
……
町の武器屋には、なかなかの剣が揃っていた。
軽そうなのも、重そうなのも、とげとげの物もある。
趣味の悪そうなのもある。
「はいはい、王様から伺っております。どうぞお好きなものをお持ちください」
武器屋の主人は気さくにそう返事してくれた。
「私も可愛い杖とかほしいですね」
「魔力のコントロールに杖はいらないとか言ってたじゃないか」
「気分ですよ、気分」
カランカラン
店のベルが鳴り、見覚えのある大男が入ってきた。
116 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 21:38:52 ID:DcbHdsbQ
「いよお、まだ居てくれたか」
「なにか御用ですか?」
「礼をしてなかったからな」
そう言って、彼はずしりと重い小袋を勇者に渡した。
「クリスタルのかけらだ、それ、礼にやる」
「!?」
私も勇者も、目が真ん丸になっていただろう。
命がけで王様の為に取ってきたものじゃないの?
117 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 21:52:21 ID:DcbHdsbQ [3/12]
「かけらを練り上げる技術は、この国にはまだねえんだ」
「だがあんたたちの旅の先、これを使って剣なり鎧なりを作ることができる職人がいるかもしれないだろう?」
「だったらこれは、この国ではなくあんたたちの方が有効活用できると思ってよ」
「ありがたく頂こう」
「売ったら、いくらくらいになりますかねー」
ベシッ
今日はよく頭を叩かれる日だ。
118 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 21:58:44 ID:DcbHdsbQ
「嬢ちゃん、魔法使いなのに知らねえのかい」
「なにをです?」
「クリスタルは、魔法ととても相性がいいんだぜ」
「え?」
そもそもクリスタル自体がとても希少だから、目にしたこと自体がないんだけど。
でも、魔法と相性がいいなら、ぜひ武具にして役立てたいところだ。
「嬢ちゃんがしてるその指輪にも、使われてるみたいだし」
「え!? これクリスタルだったんですか!?」
「知らなかったのかよ」
119 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 22:10:24 ID:DcbHdsbQ
「これは、母の形見で、もらったものなので……」
「いい物をもらったじゃねえか。そりゃあ嬢ちゃんの魔力を増幅する力もあるようだ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、それで納得した。お前が体に似合わない大きな魔力を放出するわけ」
「ちょっと、体に似合わないってどういうことです!?」
私は勇者に怒りながら、あらためて母にもらったこの指輪をひと撫でした。
これは緑色をしているけど、大男さんにもらったクリスタルは違う。
もらった方は、白色というか、青色というか、銀色というか、そんな感じの色だ。
120 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 22:17:26 ID:DcbHdsbQ
「さてと、じゃあ、いい旅をな」
「ああ、クリスタルありがとう。きっと魔王討伐に役立てよう」
大男さんと勇者は、がっちりと熱い握手を交わした。
私には入り込めない「男の世界」のようで、ちょっと羨ましかったり妬ましかったりした。
「嬢ちゃんも、達者でな」
そう言って、大男さんは私にも手を差し出してくれた。
私はちょっと嬉しくなってしまった。
「ええ、立派な大魔道士になって、魔王を倒して、凱旋しますので」
「楽しみにしているぜ」
そして大男さんは、がはは、と笑いながら去っていった。
大男さんとの握手は、それはそれは痛かった。
121 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 22:31:34 ID:DcbHdsbQ
勇者の新しい鎧は、兜とは揃いに見えないが、軽量で動きやすそうだった。
店の前でくるくると動く勇者は、新しい服を買ってもらった踊り子の女の子みたいで、なんだかおかしかった。
私は、杖はやめて新しいローブをもらうことにした。
金の糸の刺繍が入った紺色のローブで、厚みがちょうどいいと思った。
それよりも、着ていたローブがとても汚れていて弱っていることに気づいたからだった。
魔法を繰り返し使ううち、私の体の周りにもダメージが来ているとは知らなかった。
これまで、そう何度も魔法を繰り出すことはなかったものだから。
「ま、服は消耗品だし、仕方ないな」
勇者もそう言って、私のローブを見てにっこり笑った。
122 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 22:39:03 ID:DcbHdsbQ [8/12]
「この旅の中で、きっとクリスタルを扱える職人と出会えるはずだ」
「で、どうするんです?」
「武器なりなんなり、加工して使えるようにしてほしいな」
「あ、そういえば、武器」
勇者がさっき買っていた剣を、私はまだ見ていなかった。
買ったといっても、代金は王様持ちだけど。
「ああ、これ、いいぜ」
勇者はシャキン、と音を鳴らして背中から剣を抜いた。
つばの部分に装飾を施してある、細身の剣だ。
123 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 22:44:43 ID:DcbHdsbQ [9/12]
「いつかはでっかい剣を振り回したいがな、今のおれにはこの細さがちょうどいい」
「そういうもんですか」
「ああ」
「細い剣、格好いいと思いますけどねえ」
「格好よさでは魔王は倒せねえよ」
「まあ、そうですけど」
勇者は、剣も消耗品と考えているようだ。
まあ、私の魔法を纏って剣をふるえば強いのは分かったが、あまり持たないことも分かった。
「あ」
124 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 22:55:46 ID:DcbHdsbQ
「どうした?」
「クリスタル、魔法と相性がいいって話でしたよね?」
「ああ、言ってたな」
「じゃあ、クリスタルを剣に打ち込んでもらえれば、魔法剣にとても相性のいい剣が……」
「ああ、それはおれも考えたが……」
考えてたんだ。
さすが、勇者。
「それほどの量はない」
「それほど?」
「剣になるほどには、ってこと」
まあ、あまりのかけらをくれたくらいだから、量は確かに少ない。
でも、私の指輪だって全部がクリスタルでできているわけではない。
125 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 23:01:22 ID:DcbHdsbQ
「私の指輪にみたいに、一部に埋め込むのでは、いけませんか?」
「うーん、クリスタルの入った剣ってのを、見たことがないからなあ」
「……私もないですけど……」
「だろ?」
まあ、クリスタルのことは置いておいて、私たちは今後の身の振り方を考えた。
装備は整えたし、この大陸は意外と大きいし、鍛錬しながら魔王城に着くにはどうしたらいいだろう。
とりあえずはこの町で情報を集めることにして、私たちは宿に向かった。
127 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:01:02 ID:CIRem9hk
【Ep.4 ゆめまどうし そらをとぶ】
「マカナの実がなる木があるって?」
それは私たちの心を躍らせる言葉だった。
マカナの実。
それは魔道士がみなほしがる木の実だった。
魔力を底上げし、滋養強壮に効果があり、町では高値で取引されている。
当然そんな高価なものは、私は食べたことがない。
128 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:07:09 ID:CIRem9hk
町で情報収集をしている中で、果物屋の主人が教えてくれた情報。
この町から西の方へ行ったところにある大きな湖。
その中心に浮かぶ島には、大きな木がたくさん生えているのだという。
その中に、貴重なマカナの木があるらしい。
あくまで「らしい」という話だったが。
「どうする、行くか」
「行きたいです! 私は当然!」
旅の助けになるかもしれない。
そのためになることなら、なんでもしたい。
129 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:12:34 ID:CIRem9hk [3/16]
「よし、さしあたっては、それを目指すか」
そうして私たちは、西へ旅することに決めた。
もしかしたらほかにも貴重な木があるかもしれない。
勇者の力を高める効果がある木の実も、あるかもしれない。
でも、そんな貴重な木があることを、なぜ果物屋のご主人なんかが知っているのだろう。
そんな情報が出回っているのなら、みんな乱獲しに集まってしまいはしないだろうか。
ちょっと不安に思ったが、勇者はさっさと身支度を始めていた。
私も荷物をまとめる。
130 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:20:07 ID:CIRem9hk
「そういえば、昨日の夢はなんだったんだ?」
「風です」
「風?」
「ええ、風で切り裂く魔法です」
硬い魔物には効果が薄いかもしれないが、風の魔法というものもあるのだ。
ちょっとスマートで格好いいと、個人的には思っている。
このあたりの草原でなら、特に気持ちよく魔法を振るえそうだ。
「面白いな、それ」
なにか、いい感じの魔物が襲ってこないかしら、と私は不謹慎なことを期待した。
131 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:25:28 ID:CIRem9hk
ザクッザクッと音がして、私たちは振り向いた。
魔物か!? と期待したが、そこには馬に乗った旅人がいるだけだった。
ただ、人数がやたらと多かった。
「……止まれ」
そう低くつぶやいて、真っ黒な旅衣装に包んだ男が私たちの前に躍り出た。
他の旅人たちは、ゆっくりと私たちの周りを囲む。
なんだか穏やかでない。
132 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:31:30 ID:CIRem9hk
「その荷物の中身を、こちらに渡してもらおうか」
「クリスタルが入っているだろう」
「おとなしく従えば、危害は加えないでやろう」
淡々と、黒い旅衣装の男が言う。
要するに、追い剥ぎというやつね。
「……くだらない」
勇者が吐き捨てた。
133 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:37:04 ID:CIRem9hk
「そんなにほしければ、鉱山にでも潜ればいいんだ」
勇者は冷ややかな目で言い放った。
「それができない臆病者か、集団でしか動けない臆病者か、町中では襲ってこれない臆病者か」
勇者は畳みかける。
「昨日あの男から受け取った瞬間に襲ってくればいいものを、こんな人気のないところに来るまで待っていたのが、情けないな」
「馬には恨みがないので、降りてくれると斬りやすいんだが」
「まあ、それもできないだろうな、どうせ」
134 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:45:54 ID:CIRem9hk
勇者が挑発している。
相手の男の表情は黒く巻いた布であまりよく見えないが、怒っているような気がする。
周りの男たちも、イライラしているようだ。
でも私は、勇者が世界を救うために振るう剣を、馬鹿な人間の血で汚したくないと思った。
悪人かもしれないが、真に斬るべきは人間よりも魔物のはずだ。
「……勇者様、ちょっと下がっていてください」
私は小声でつぶやいた。
135 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:55:15 ID:CIRem9hk [9/16]
そして、私はずいっと前に出る。
「あのね、あんたたち、勇者様は世界を救うのに忙しいの」
「この剣は魔物を斬るためにあるの」
「小市民を切り刻んで、馬の餌にするために剣を振るっているヒマはないの、わかる?」
私はこんな啖呵を切れる娘だっただろうか。
町から出ていなければ、こんな風に追い剥ぎに食ってかかるようなことはできなかったに違いない。
私はちょっと勇気がついたことを誇りに思った。
「馬は人肉なんて餌にしないと思うけどな」
後ろで勇者が小さく突っ込んだ。
136 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 23:02:12 ID:CIRem9hk
男たちはガヤガヤと罵声を浴びせてきたが、私の耳には届かなかった。
「受け身くらいは、しっかり取りなさいよっ!」
私は昨日見た夢のことを思い出しながら、脳内詠唱を行う。
そういえば人間相手に攻撃的な魔法を放つのは初めてだなあ、と思った。
千年の眠り。
ひとかけらの千切れ雲。
揺れる楪、射す木洩れ日。
うねる空気、集束と発散。
時満ち足りて疾風の刃。
【夢魔法 風立ち~ぬ】
―――ゴォッ
137 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 23:06:40 ID:CIRem9hk
疾風。
―――ゴォゥッ
刃になる。
―――ヒュンッ
男の顔を覆っていた布を切り裂く。
――――――シュッ
男たちが手に持つ短刀を叩き落す。
――――――キュンッ
138 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 23:11:45 ID:CIRem9hk
そして……
――――――ゴォォォオオオオオオオオオオオッ
大きくうねる風の流れを作り出し、男たちを空高く吹き飛ばした。
馬とともに。
「うわああああああああああああっぁぁぁぁぁっぁっぁぁぁ……」
「ヒヒィィィィィイイイイィィィンンンンンン……」
「あーあー、馬は可哀想だな」
「ええ、私もそう思います」
私は両手に魔力を集中させ、風のクッションを作るべく手を動かした。
139 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 23:18:52 ID:CIRem9hk
「……ぅぅぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁああああああああ!!」
男たちの悲鳴が落ちてくる。
私は丁寧に、風のクッションをたくさん作りだし、馬の落下地点に配置してやった。
「おお、器用なことをするな」
「えへへ、うまいでしょう?」
「追い剥ぎどもは?」
「まあ、落下して死んでも後味悪いですからね」
―――ゴォッ!!
私は男たちが落下する寸前に、横殴りの風を浴びせてやった。
横に吹っ飛ばされて痛いだろうけど、落ちて死ぬよりはマシだろう。
140 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 23:28:35 ID:CIRem9hk
「馬、お借りしますねー」
比較的おとなしそうな馬を二頭選び、私たちはそれに跨った。
湖まで乗せていってもらおうと考えたのだ。
馬も、悪党に乗られるよりはマシだろうし。
「一応、狼煙を上げておくかな」
勇者は町の警備隊に見えるように、狼煙を上げた。
赤色だ。
赤色の狼煙は危険なことが起きたしるし。
この場に誰かが駆けつけてくれたら、きっと追い剥ぎたちを捕らえてくれるだろう。
141 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 23:37:08 ID:CIRem9hk
ザクッザクッと小気味よい音が鳴る。
「馬のたてがみって、硬いんですね!」
体が上下に揺れるが、それも慣れると心地よい。
「悪党が使うにしては、立派な馬じゃないか?」
この分だと、湖まで楽に到達できそうだ。
もしかしたら、今日のうちに町へ戻れるかもしれない。
いや、でもその先の目的地を決めていないし、もしかしたらもっと先に進むことになるかもしれない。
「馬さん、便利だなー」
私たちはしばし、馬での快適な旅を楽しんだ。
143 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/28(月) 23:57:26 ID:RrcWkUZU
魔法名www
144 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/29(火) 12:22:30 ID:x9MeeUsI
そこは「風と共にさり~ぬ」の方が品があってよかったな
145 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/29(火) 19:31:53 ID:hVHkTymo
蒸し暑い夏の山登りに最適、カトリ~ヌ
146 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/29(火) 21:14:28 ID:JlTaF2oE
幻惑魔法「まどれ~ぬ」
147 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 21:41:25 ID:FWQIDCu6
……
「おお、でかいな」
見事な湖だった。
円に近い形をしている。
「馬では渡れませんねー」
「当たり前だろ、バカ」
「あの小さな島が、例の木が生えてるっていうところですかね」
「らしいな」
岸からでも見えるが、なかなか距離がある。
148 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 21:48:57 ID:FWQIDCu6 [2/14]
「船もないなあ」
「ないですねえ」
岸には誰もいない。
船もない。
かといって、警備している人間がいるわけでもない。
「本当にあそこにマカナの木があるなら、みんな渡りたいだろうに」
「ですよねえ」
「あれか、罠か」
「ありえますねえ」
149 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 21:54:12 ID:FWQIDCu6
もしかしたら先ほどの追い剥ぎどもは、王の使いかもしれない。
マカナの木の情報をくれた果物屋の主人は、誰かの手先かもしれない。
疑おうと思えば、疑える。
「クリスタルの欠片を持っていることを知った王様が、ケチって取り戻そうとしたとか」
「ありえる」
「人気のないところに向かわせて、さらに襲うつもり、だとか」
「ありえる」
「じゃあ、どうします?」
「行くに決まってる」
150 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 22:04:08 ID:FWQIDCu6
ですよね。
勇者がこんなちっぽけな罠で足踏みしていてはいけない。
さあて、しかし、この湖を渡るには……
「私の魔法で飛ぶしかないですよね」
「お手柔らかに頼むぜ」
自分を飛ばすとなると、また違ったコントロールが必要ね。
勇者を負傷させてはいけないし。
かといって魔力が足りず、途中で湖にドボンってことにもしたくない。
151 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 22:18:08 ID:FWQIDCu6
「あ、馬はどうしましょう」
「手近なところにつないで……」
「……」
「無理だなあ」
「ですね」
いい感じの柵や木が、近くには全くなかった。
仕方なく馬はそこに放しておくことにした。
もしお利口なら、帰ってくる頃までここで待っていてくれるだろう。
「ヒヒンッ」
「ヒヒィンッ!」
手を綱から離した瞬間に、二頭とも脱兎のごとく逃げ出した。
「……賢いですね、ある意味」
「……まあ、風の魔法で吹き飛ばす奴らのそばには、いたくないだろうしな」
152 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 22:24:09 ID:FWQIDCu6
気を取り直して、私はゆっくりと脳内詠唱をしながら、イメージを強めた。
できるだけ周りを傷つけない風の羽。
私を纏うように。
誰かを攻撃するためのものではなく、空を自在に飛び回るための風の羽を。
千年の眠り。
ひとかけらの千切れ雲。
揺れる楪、射す木洩れ日。
うねる空気、集束と発散。
時満ち足りて疾風の刃。
【夢魔法 風立ち~ぬ】
―――ゴォッ
153 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 22:33:33 ID:FWQIDCu6
勇者は、私を信用してくれるようになっている気がした。
「うおお、少々怖いな、これは」
私の手を握り、虚勢を張る。
「頼むぜ、切り刻むなよ、落とすなよ」
そうは言いながらも、冗談っぽいニュアンスを含む。
旅を始めたころよりも、私の魔法に素直に頼ってくれている。
そんな気がする。
「高い、高い、もっと低くていい」
私は細心の注意を払いながら、空を飛ぶ。
コントロールが難しいけれど、泣き言は言ってられない。
「お前、聞いてる? ねえ、聞いてる?」
154 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 22:40:13 ID:FWQIDCu6
……
「はぁ~おっきいですねえ」
島に生える木々は、それはそれは高かった。
人が住むことのない島だからだろうか。
大自然が伸び伸びと成長した、そんな風に見える。
「どれだ、マカナ」
勇者は空の旅の恐怖を振り払おうとしているのか、剣を振り回しながらずんずん奥へ進む。
「私も実物は見たことがありませんので……」
「まあ、そっか。そうだよな」
とりあえず木の実を探そう。
そこから始めることにした。
155 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 22:49:05 ID:FWQIDCu6
「ねえな」
「ないですね」
「担がれたか」
「ハメられたか、ですね」
しばらく散策したが、木の実らしきものは全然なかった。
高い木々は私たちの視界を奪い危険だったが、特に魔物が出てくるでもなく、単なる散策に終始した。
しかしそれでも、木の実を見つけることはできなかった。
「……うーむ、どうしましょうか」
「どうするったってなあ」
156 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 23:00:07 ID:FWQIDCu6
「とりあえず、ここでお昼にしましょうか」
「……そうだな、少し疲れた」
町で購入していたパンや果物を取り出し、簡易の昼食をとることにした。
クルミを練り込んだものが私のお気に入りだったが、ブドウのパンも捨てがたい。
「勇者様、どっちにします?」
「どっちでもいい」
「半分こします?」
「どっちでもいい」
「もう! 困る回答ですね」
「じゃあ、クルミ」
「だめです! どっちも半分ずつ食べたいんです! 私は!」
157 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 23:11:51 ID:FWQIDCu6
「お前、ほんと礼儀を失ったよな」
パンをほおばりながら、勇者が言う。
「まあ、カチカチに緊張されても困るんだけど」
そういえば、私は最初、もっと礼儀正しかったっけ。
もう、そのころのことを忘れかけている。
「それはきっと、勇者様が親しみやすい方だからですよ」
「……そうか」
ちょっと照れている。
158 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 23:15:41 ID:FWQIDCu6
「しかし、罠のわりには誰も攻めてこないな」
「ですねえ」
「あいつらを蹴散らしたから、怖気づいたか?」
「それなら、もう誰も襲ってこないかもしれませんね」
「仕掛けてくる奴らが、同じ場合だけ、な」
「あ、そうか、複数の仕掛け人がいるかもしれませんもんね」
私は納得しながら、ぐびりと水筒の水を飲んだ。
159 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 23:22:24 ID:FWQIDCu6
勇者の旅には、困難が付きまとう。
応援、支援してくれる者もいるが、邪魔してくる人間も少なからずいるようだ。
恨み、妬み、嫉妬。
魔王軍の息がかかったもの。
近しい人を魔物に殺された者。
「なぜちやほやされるんだ、妬ましい」
「なぜ私の弟が魔物に襲われているときは助けに来てくれなかったんだ」
「魔王軍に逆らうよりも、取り入った方がマシな人生が送れる」
そんな感情が、たまに存在する。
それはもう、勇者の一行として旅をする限りは、仕方のないことなのだ。
私はそうやって、割り切るしかできなかった。
手の中の水筒を見つめながら、少し暗い気持ちになってしまった。
162 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 21:42:45 ID:vMmdACd2
ふいに、がさがさと木々が揺れる音がした。
魔物が攻めてきたか。
それとも刺客がまた襲ってきたか。
そう思って、私たちはそちらを振り向いた。
「おぉおぉおぉ! 密猟者かコラァ!?」
「てめぇら誰に断ってこの島に入ったぁ? ぁあん!?」
「俺様にしか収穫できねえマカナの実を荒らしに来やがったか!?」
「ふざけんなコラァ!! しばでゅほぉう!!」
最後は聞き取れなかった。
私が風で飛ばした水筒が、スコーンと男のアゴを打ち抜いたから。
163 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 21:48:27 ID:vMmdACd2
「すみません、あの、勇者様の一行とはつゆ知らず」
「あ、ぼく、ここで収穫を任されている者です、ええ、チンケな収穫屋です、はい」
「最近入り込む輩が増えてて、ええ、追っ払うのに苦労してまして、ええ」
派手な色の涼しそうな服。
その上にごちゃごちゃと物の入ったチョッキのようなものを着ている。
へらへらと笑う顔は、軽薄そうな印象を受けた。
先ほどの汚い言葉遣いも、無理していたようだ。
「いやあ、もう、お好きに実でもなんでも取ってってもらっても、ええ、ええ」
164 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 21:53:34 ID:vMmdACd2
「いや、それがな、木の実を見つけられなくて」
「まあ、見た目を知らないっていうのもあるんですがー」
「お前、収穫屋なら実の形を知っているんだろう?」
「私、超ほしいんですよー、魔道士なので」
私たちの訴えを聞いた収穫屋のその男は、にやりと笑って言った。
「マカナの実はっすね、木の上のほうになるんですよ」
「上?」
「そう、すんげー上のほうに。だから誰も彼も怖がって、結局あきらめるんす」
165 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 22:04:23 ID:vMmdACd2 [4/18]
「上、ねえ」
私たちは上を見上げる。
木々が生い茂っていてあまりよく見えないが、あの上のほうに実があるのだろう。
そりゃあ、見つからないわけだ。
「採ってきましょうか」
そう言って、収穫屋の男はひょいっと木に飛びついた。
「ちょっと待っててくださいね、っと」
そうしてチョッキのポケットから色々と取り出し、上手に木を登っていく。
腰にロープを回し、手にはいつの間にか大きなグローブが着けられている。
ロープをぐいぐいとひねりながら、大して力も込めず、あっという間に上がっていった。
166 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 22:16:32 ID:vMmdACd2 [5/18]
「ほい、これっすわ」
彼が採ってきたのは、なんとも奇妙な実だった。
赤い実と青い実。
それが連なっている形は、少しさくらんぼに似ていた。
「変な実だな」
「まあ、珍しいですね。これね、同時に食べないと意味ないらしいですよ」
勇者と収穫屋の男は、二人して実の効能や食べ方について話している。
私はというと、木の上を見つめて、あることを企んでいた。
うまくいくだろうか。
でも、ちょっとやってみたい。
167 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 22:22:43 ID:vMmdACd2
「風、立ち~、ぬ!」
―――ぶわぁあああっ
私の周りに風が集まる。
足元に渦を巻く。
「いよっ!」
―――ゴォォォォッ!!
それを上方向に爆発させ、私は垂直に空を飛んだ。
「いやぁっ! 気持ちいいっ!!」
木の上のほうまで、あっという間だった。
そして、よく見ると先ほど見た赤と青の実がいくつか見えた。
168 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 22:32:28 ID:vMmdACd2
「つぶれません、よう、にっ!」
―――ゴォォッ!!
―――シュンッ!!
―――シュンッ!!
小さく鋭く尖らせた風の刃を、実に向かって放つ。
茎を少々切ったくらいでは風の刃の勢いは衰えないから、曲げて曲げて、たくさんの実を狙った。
―――ゴォォッ!!
―――シュンッ!!
―――シュンッ!!
「うふふ、なんだ私、うまいじゃん」
そして、ひゅーっと私は落ちてゆく。
「勇者様! うまく受け止めてくださいね!!」
169 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 22:40:45 ID:vMmdACd2 [8/18]
「え、なに? なんだって!?」
勇者は慌てている。
隣で収穫屋の男も、おろおろとしている。
「受け止めて! くださいね!」
「お前を!? 実を!?」
「実ですよ実!! 私はちゃんと風で着地しますから!!」
「ああ、まあ、さすがに重くて受け止めきれないしね?」
「バカ!!」
170 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 22:46:10 ID:vMmdACd2 [9/18]
無事に着地した私は、勇者のもとへ駆け寄った。
「どうですか!? すごいんじゃないですか私!?」
「いっぱい実を採ってきましたよ! しかもかなりのスピードで!」
「褒めて!! 褒めて!!」
べしっ
眉間に掌が来た。
痛くはないが、圧迫感がある。
ペットの気分である。
「わかったわかった、すごいすごい」
「二回言われると嘘っぽいですね」
「ただ、おれに相談してからやれよ」
「むぅ」
171 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 22:50:38 ID:vMmdACd2
「心配するから」
「……はい」
「あんな高くまで飛んで、ちゃんと着地できる保証はないだろう?」
「や、でも、あの追い剥ぎと同じくらいの高さですし……」
「バカ、危ねえよ」
ちょっと怒られちゃったけれど、マカナの実はたくさんゲットできたし、いいよね?
そう思って横を見ると、あの男はまだぽかんと私たちのことを見ていた。
172 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 22:57:17 ID:vMmdACd2
「……すごいっすね」
「なんか、勇者様の一行って言っても、たった二人かよ、とか思っちゃったんすけど」
「今の一瞬で、そのすごさの片鱗見せつけられたってか」
「あんな高さまで魔法でひとっ飛びする魔法使いがいるなんて、ってびっくりしたし」
「なんか、関係も、素敵だし」
もごもごと男は私たちを評している。
まあ、要するに褒めてくれているんだろうけど、なんだか歯切れが悪い。
本当は内気で、素直な人なんだろう。
そう思うと、なんだか可愛く見えてきた。
173 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 23:01:18 ID:vMmdACd2
「収穫屋、これで取り引きといこう」
勇者はそう言って、クリスタルのかけらをじゃらっと取り出した。
「全部はやれないが、少しだけ」
「これで、マカナの実をいくつか譲ってほしい」
「もちろん、もらう分はちゃんと自分たちで採る」
「な?」
私はぶんぶんと頷いた。
「どうだ?」
「どうですか?」
収穫屋は、またも口をぽかんと開けて、反応に困っていた。
174 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 23:12:11 ID:vMmdACd2 [13/18]
……
「いや、勇者様の一行ってのは、謙虚でもあるんですねえ」
「なんの話だ?」
私はあの後、何回か飛び上がって、マカナの実を切り落としていった。
結構実はたくさんあって、私は切り落とすのが楽しかった。
風の刃のコントロール練習にもなったし。
いいことずくめだ。
「お代がもらえるとは思ってなかったもんで」
「はは、ただでもらっていったら、盗賊と変わらんだろう」
「いや、でも過去には結構、横暴で横柄な勇者もいたって聞きますから」
「じゃあおれたちは、そんなんじゃないって示しながら旅をしないといけないな」
「やあ、伝わりましたよ、ほんと」
175 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 23:19:57 ID:vMmdACd2
かごいっぱいの実を、私たちは受け取った。
彼は、結局ほんのひとかけらしか、クリスタルを受け取らなかった。
「あ、忠告なんすけど、マカナの実は一日一回だけ、っす」
「二個食べても威力は上がらないっていうか、魔力がしぼんじゃうらしいんで」
「なんか逆境になると、二個食って限界を超えた魔力を! とかいう人が多いんですけど」
「そううまくはいかないらしくって、気を付けてくださいね」
「あと、片方でもだめっす、両方一緒に食ってください」
収穫屋の男は、島で私たちを見送ってくれた。
まだ卸す分を採っていくのだという。
176 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 23:27:06 ID:vMmdACd2
―――ゴォォォォッ
「なあ」
「はい?」
「おれたちは、勇者の一行として、おごらず、焦らず、胸張って先に進もうぜ」
「ええ、『取り引きだ』って言ってた勇者様、格好良かったですよ」
「だろ?」
「『これはもらっていくぜ、フハハハハ』とか言わなくて、ほんとよかったです」
「だろ?」
177 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 23:35:42 ID:vMmdACd2 [16/18]
―――ゴォォォォッ
「で、やせ我慢も勇者には必要なわけだが、ちょっと言わせてくれ」
「はあ」
「お前の風、痛い!」
「え」
「おればっか切り刻んでくるから! 行きと違って痛いから!」
「はあ、勇者にはおごりも焦りも禁物、って」
「我慢の限界だから! お前なに涼しい顔してんの!? 勇者をボロボロにしながら空飛んで、なに涼しい顔してんの!?」
「いやあ、ちょっと空飛ぶコツ掴んだかなーって」
「行きの繊細さ思い出して!? いや行きも繊細とは程遠かったけど!?」
178 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 23:40:52 ID:vMmdACd2
湖のほとりに無事に着いた私たちは……
「おい! 無事じゃねえぞ! 嵐を抜けたみたいにズタズタになってんぞ! 主におれが!」
湖のほとりに無事に着いた私と、なぜかズタズタに切り裂かれた勇者は……
「なぜか、じゃねえよこのタコ!!」
湖のほとりで休んだ後、近くの小さな村を目指して歩いていた。
「今日のダメージ、全部お前からだよ!!」
179 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/31(木) 23:45:35 ID:vMmdACd2 [18/18]
もう8月も終わりですね……
夢魔道士ちゃんもつっこみをするようになりました
とりあえず4章まで終わりましたが、引き続きお楽しみいただければ幸いです ノシ
180 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/09/01(金) 01:26:15 ID:L6grMUsM
乙
181 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/09/01(金) 08:02:55 ID:p8a9SJw2
おつおつ
面白い
182 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/09/02(土) 04:14:16 ID:stvzCj6E
夏休み終わっても中略乙。
続きはこちら
夢魔道士「夢をみたあとで」②
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-97.html
元スレ:http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1503143292/
1 HAM ◆HAM.ElLAGo 2017/08/19(土) 20:48:12 ID:TvW4YUuk [1/16]
【Ep.1 はじまりのあさ】
―――ギィィ
軋んだ音とともに、酒場の扉が開かれる。
勇者の証、光り輝く兜を頭に被った青年が、酒場に入ってくる。
「よぉ、久しぶりじゃねえかい」
酒場のマスターが気さくに話しかけている。
「おめえさんもついに、仲間を決めて旅立つのかい?」
顔見知りのようだ。
私も、彼の顔を知っている。
この町の、新しい勇者なのだから、誰もが彼を知っているだろう。
ただ、彼は私のことなど、知らない。
2 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 20:54:50 ID:TvW4YUuk [2/16]
「剣の扱いはもう大丈夫だ。ここ数日で、ひととおり試し斬りをしてきた」
「はっは、そりゃあ頼もしい」
「仲間がほしい」
「ああ、それなりには揃ってるけどよう」
マスターは遠慮がちにちらちらと酒場のメンツを見回す。
卑屈な笑いがその顔にこびりついている。
「今どき魔王を倒すだなんて、血気盛んな奴がいるかどうか……」
「……だろうな」
ふぅ、と勇者は溜息をつく。
その答えを予想していたのだろう。
3 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:00:29 ID:TvW4YUuk [3/16]
魔王なんて、倒しても倒しても、どこかで必ず復活するのだ。
そんなことを、我々人類は何度も繰り返してきた。
「討ち滅ぼすのではなく共生の道を!」
と叫んで魔王城に向かった勇者もいたらしい。
その後勇者がどうなったのかは知らないが、共生の道などなかったということはわかる。
まあ、村の中、町の中に魔物がいることもある。
人間と共生しようという魔物も少なからずいるのだ。
しかし、魔王軍全体としては、そんな考えは些細なバグ程度のものだろう。
今も、魔王は人間を滅ぼそうと、侵略を続けている。
4 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:05:28 ID:TvW4YUuk [4/16]
「1人でもいい。魔法のサポートをしてくれる仲間がほしい」
「魔法か……うーん」
うってつけだ。
私は魔法が使える。
今日、この日のために、鍛練を積んできたのだ。
「……あの、魔法なら、私、使えます」
私は思い切って、勇者に声をかけた。
普段は人と接するのが絶望的に苦手な私でも、このときばかりは勇気を振り絞った。
5 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:12:12 ID:TvW4YUuk [5/16]
「君が?」
「……初顔だね?」
二人は私の方を見て、首を傾げる。
半信半疑、嬉しさちょっぴり、てな顔だ。
「私、夢魔道士です」
「夢魔道士?」
そんな魔道士聞いたことない、てな顔だ。
そりゃあそうだろう。
私の母が考えた名前だもん。
6 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:20:07 ID:TvW4YUuk [6/16]
「夢をみたあとで、その夢の中で起こったことを現実にすることができる魔法です」
「……ふうん?」
あら、まだ半信半疑、てな顔だ。
「試してみましょうか?」
「試すって?」
「私の魔法、見てもらいたいんです」
そう言って私は、左手の指輪を額にかざす。
目をつぶり集中。
人がいるのだから、今回はあまり長く眠れない。
調整が必要だ。
段々意識が遠のく……
7 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:25:05 ID:TvW4YUuk [7/16]
―――
――――――
―――――――――
なにもない草原。
灰色の空。
目の前に魔物がいる。
緑色の大きいトカゲだ。
私はすっと手をかざす。
―――ピキンッ
あたり一面、ひび割れる。
灰色が濡れる。
すべてが凍る。
目を剥いた間抜けなそのトカゲは、アイスボックスの中で息を止める。
―――――――――
――――――
―――
8 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:31:01 ID:TvW4YUuk [8/16]
「っは!」
「……」
ガヤガヤとした喧騒が徐々に耳に馴染んでくる。
目を数回瞬かせる。
「……起きた?」
目の前には、呆れ顔の勇者。
そりゃそうだよね、いきなり寝たら呆れるよね。
「どれくらい寝てました?」
「一分くらい」
9 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:39:32 ID:TvW4YUuk [9/16]
「さ、では外へ行きましょう」
「外へ?」
「私の見た夢を、現実に変えて見せます」
私は勢いよく酒場の扉をギッと開ける。
太陽が目に眩しいけれど、なんだかとても快調だ。
勇者はマスターと顔を見合わせ、私の後をついてきてくれた。
マスターは苦笑し、私たちを見送る。
10 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:46:59 ID:TvW4YUuk [10/16]
町の外の草原に出ると、私はトカゲを探した。
「なあ君、見たところ杖がないようだけど、どうやって魔法を使うの?」
勇者が私に聞く。
そうか。魔法使いといえば、確かに杖が必要かもしれない。
「今日は勇者様に会えるかわからなかったので、家に置いてきちゃいました」
私は嘘を吐く。
杖は早いところ調達しておこう。
「でも、杖なしでも大丈夫です」
私は得意げにウインクして見せる。
私のウインクは母に「歯が痛いの?」とよく言われたものだが、今日は可愛くできただろうか。
勇者は肩をすくめただけだった。
11 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:51:38 ID:TvW4YUuk [11/16]
がさがさ、と音がして、トカゲが現れた。
夢とは違う、黄色だった。
「あ! 勇者様! トカゲです! 出ましたよ!」
「あん? 君、トカゲを探してたの?」
勇者は腰の剣に手をかける。
「でもそいつ、魔物だよ」
ふっと勇者がトカゲに斬りかかろうとする。
12 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 21:57:08 ID:TvW4YUuk [12/16]
この世界に魔王軍が現れる前、トカゲといえば手のひらに乗るサイズだったそうだ。
それが、魔王軍が現れてからというもの、妙な生物がうろうろするようになり、それまでいた生物は数を減らした、らしい。
それまでの生物を「動物」、新しく現れた生物を「魔物」と呼び分けるようになった。
魔物の多くは進んで人間に危害を加えようとし、動物の多くは人間も魔物も怖がって近づかなかった。
動物の中には、魔物化して狂暴になったり大きくなったりするものもいた。
トカゲはそのいい例だ。
ワニとの違いはアゴで攻撃するか爪で攻撃するかくらいだ。
このトカゲをちゃちゃっとやっつけて、勇者に私の実力を示さなければ。
13 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 22:02:10 ID:TvW4YUuk
―――ピタッ
私の制止の手を見て、斬りかかろうとしていた勇者は足を止めた。
さすが、反射神経は抜群ね。
「なぜ止める?」
「私の魔法を見てほしい、と言いましたよね」
「でも、敵が」
「私が、倒しますから」
私は脳内で詠唱を行う。
千年の眠り。
ひとかけらの雪玉。
悪魔に売り渡した聖水と、天使に奪われた殺意。
脳内の亡念と記憶の底の飛沫。
時満ち足りて水面には幻影。
【夢魔法 よく冷え~る】
14 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 22:10:19 ID:TvW4YUuk [14/16]
―――ピキンッ
辺りの草を巻き込み、可哀想なトカゲはアイスボックスの中で眠る。
―――ゴォッ
冷たい一陣の風が私たちの隙間を通り過ぎてゆく。
「こりゃあ、すげえ……」
ぽかんと口を開け感心する勇者。
第一印象の悪さは、もうクリアできたかな……?
15 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/19(土) 22:16:05 ID:TvW4YUuk [15/16]
「君の魔力を侮っていたようだ」
「私を連れていってくれますか?」
「ああ、魔王討伐に、力を貸してくれ」
私はにっこりと頷き、彼と固い握手をした。
この日のために、私は鍛練をしてきたのだ。
魔王を倒すため、私の魔法が役に立つ日を、ずっとずっと待っていたんだ。
その旅が、今始まる。
「……しかし、あの魔法名はなんとかならないだろうか」
私はそれには答えず、にっこりと微笑み、勇者の後を歩いてゆく。
17 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/19(土) 22:55:32 ID:ocjXTVBs
乙乙
しかし爆発力はあっても二人パーティーだと1分近く無防備になるのは中々にキツイ感じですな
18 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/20(日) 04:15:27 ID:7IFyLrhc
魔王の目の前でグースカやられちゃ堪らんな……
まぁ催眠魔法食らっても、起きるなりドギツい反撃出来そうなのは利点か?
19 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 21:52:08 ID:A0MzQlok [1/13]
「その指輪はなんなの?」
「これですか?」
私は指輪を勇者に見せる。
母からもらった大切な指輪。
通称、眠りの指輪。
「これを額にかざすと、問答無用で眠りに落ちるんです」
「なにその邪悪な兵器」
「邪悪じゃないです! 私の必需品ですよう」
20 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 21:58:10 ID:A0MzQlok [2/13]
まあ、それだけではないんだけど。
その先は言わないでおいた。
「君がいれば、もう旅に出られるかな」
「私、近接戦闘は一切できませんよ?」
「それは、おれがなんとかするから」
「でも二人で旅する勇者様って、少数派ではないですか?」
だいたいの勇者は3人か4人パーティを組む。
ま、噂でしか知らないけれど。
「ぞろぞろと旅のお供を連れて歩く資金はないんだ」
「ははあ、なるほど……」
21 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 22:03:50 ID:A0MzQlok [3/13]
「とにもかくにも、この大陸を早いところ出ないとな」
「魔王を倒すには、魔王城へ行かなければなりませんよね」
「ああ、大変な旅になるだろうな」
「私が魔王城へひとっ飛びしてバコーンと倒す夢を見れば解決ですね」
「いやいや、今すぐ魔王城へ行っても塵にされるだろ」
「塵にされない夢を見れば、解決ですね?」
「そんなに自在に夢を見られるのか?」
「無理ですけど……」
「……」
22 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 22:09:47 ID:A0MzQlok [4/13]
町の商店で、私と勇者は買い物をした。
火打石や水筒、テントや食料、薬草などなど。
私は家に立ち寄るついでに、杖っぽいいい感じの棒きれと、本棚の魔道書を持ってきた。
本当は私の魔法に杖なんて必要ない。
夢の中の出来事を思い出して、魔力を集中し、詠唱を行うだけ。
魔道書だって、ほんとはもう必要ない。
夢魔法の多くは母から教わったし、魔道書の中身はすべて頭に入っている。
というか、この魔導書自体、母が書いたものだった。
私の宝物だ。だから持っていく。
手ぶらの魔道士はちょっとかっこがつかないものね。
23 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 22:16:20 ID:A0MzQlok [5/13]
「君の魔法は、直前の夢しか具現化できないのか?」
勇者と町を出発して、草原を歩く。
身軽だ。
旅の出発なんてものは、こんなにもあっさりしているものなんだ。
「ええ、だから、昨日の夜に見た夢はもう、無効なんです」
「長い夢を見られれば、それだけたくさんの魔法が使えるということ?」
「えーっと、多分」
「昨日はなんの夢を見たの?」
「えっと……」
あれ?
思い出せない。
昨日は夢を見たっけ?
24 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 22:24:31 ID:A0MzQlok
「夢、毎日見るの?」
「……はい」
指輪を使えば、必ず夢を見る。
そこで自分の思いのままに動くことができれば、私は最強の魔道士になれるはずだ。
……まだ、そんなことは不可能だけど。
「夢の精度を、私も上げていかないといけませんね」
「おれも、剣の腕に磨きをかけなきゃあな」
ははっと笑う彼は、普通の、素敵な青年だった。
なんだかその笑顔は、見たことがあるような気がした。
彼に仕えることができて、幸せかもしれない。
25 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 22:35:47 ID:A0MzQlok [7/13]
【よく冷え~る】のおかげで、町の外では敵なしだった。
勇者もザクザクと魔物を斬り、順調に旅は続いた。
ただ、私のこの魔法では、勇者の傷を治すことができない。
「君のその魔法は便利だけど、それ以外の魔法は使えないのか?」
ほら、もう見抜かれてしまった。
「私が今日酒場で見た夢は、この魔法だけでしたから……」
「それじゃあ、炎の魔法や雷の魔法も?」
「ええ、今は使えません」
26 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 22:47:04 ID:A0MzQlok [8/13]
勇者は微妙な表情を浮かべている。
そりゃあそうだよね。
一種類の魔法しか使えないなんて、魔道士としては初心者同然。
「……いずれたくさんの魔法が使えるようになるのかな?」
「……たくさん眠れれば、たぶん」
「敵前で寝るってこと?」
「それは、ちょっと、危険ですね」
「ちょっとじゃないだろ」
呆れながらも、彼は少し笑っている。
よかった、幻滅されたかと思った。
27 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 22:56:11 ID:A0MzQlok [9/13]
「おれも、剣の腕をもっともっと磨かないといけないからな」
「ゆっくり行こうぜ」
そう言って、励ましてくれた。
勇者というのはもっと無骨で自分勝手かと思ったが、案外そうでもないらしい。
「おれが剣聖と呼ばれるレベルまで腕を上げ、君が自在に夢を見られるようになれば……」
「最強ですね?」
「魔王なんて、何度でも倒してやる」
「伝説になれますね?」
「ははっ」
28 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 23:03:36 ID:A0MzQlok
「しかし攻撃はともかく、確実な回復手段はほしいな」
「ですよね」
「回復魔法は?」
回復魔法は……知っている。
いつか夢で見た……気がする。
「夢で見たことはあります、でも……」
「でも?」
「私一人では、その効果のほどはよくわかりませんでした」
「どうして」
「私、最初から元気でしたから」
「……なるほど」
29 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/20(日) 23:05:38 ID:eJa1tRCI
これもう鬱エンドに向かってまっしぐらな感じしかしないんだけど…
30 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 23:17:05 ID:A0MzQlok [11/13]
「その魔法、今使えないのか」
「えっと……」
実は、以前であっても夢に見ていれば詠唱することはできる。
だけど、その効果はほぼなし。
それが私の魔力といえばそれまでだけど……
「一応、やってみましょうか」
私は脳内で、思い出しながら詠唱を行ってみた。
千年の眠り。
ひとときの休息。
時の流れに逆らい、人の理を嗤う。
体内の戦場にうつろう白煙。
時満ち足りて息吹くは梅花。
【夢魔法 キズ治~る】
31 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/20(日) 23:26:38 ID:A0MzQlok
「……どうでしょうか」
「……少し気分がよくなった、気がする」
「本当ですか!?」
「……いや、気のせいかもしれない」
やっぱり、昔の夢だとダメみたい。
これができるようになれば、もっともっと勇者の役に立てるのに。
「しかし、やっぱり名前がひどいな」
「いいじゃないですか、それは!!」
33 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/21(月) 13:45:02 ID:S.Y6YPE.
使おうとする度に寝る必要は無いっぽいのは良かったわな
夢を覚えてれば使えるっていうなら夢を明晰夢にしていく上で今後はアレをやる感じかな
乙乙
34 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/21(月) 19:09:59 ID:W1yDvwoE
問答無用で寝かせる……
SPD特化でデバフ要員だな!
魔法? いいから寝かせてこい!
35 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:14:01 ID:BeCfLC9Q
【Ep.2 りゅうのしれん】
―――
――――――
―――――――――
真っ暗な洞窟。
天井から垂れるしずく。
目の前になにかがいる。
うじゃうじゃと。
人のような形をしているが、人ではないものたち。
背後の勇者を守らなければ。
私は手をかざす。
―――ゴォッ
あたり一面、火の海に。
洞窟の岩肌が照らされる。
魔物は燃え、形を崩していく。
人型のそれらは、うめき声をあげ、灰となり、風に舞う。
―――――――――
――――――
―――
36 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:18:58 ID:BeCfLC9Q [2/10]
「……っ」
私は小さなベッドの上で目覚めた。
反射的に左手の指輪を見る。
中央に埋め込まれた小さな宝石が、緑色に光っている。
よかった、緑色か。
そっと隣を見ると、毛布にくるまって勇者が眠っている。
37 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:25:09 ID:BeCfLC9Q [3/10]
昨日はたくさんの魔物を倒して、素材を集めて、次の町で換金をした。
たくさん出てきたトカゲは大したお金にならなかったけど、ここは大陸の端だから仕方がない。
戦闘に疲れた私たちは、町の宿屋で休んだのだった。
そういえば、さっき見た夢は炎の魔法が使えたな。
今日はボウボウ燃やして活躍しちゃうぞ! と、私はテンションをあげる。
今日も、旅が始まる。
38 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:30:01 ID:BeCfLC9Q [4/10]
「おはようございます! 勇者様!」
私は明るく勇者を起こす。
「……ん、おはよう」
「さあ、今日もはりきって参りましょう!」
「寝起き、いいね」
「はい、夢魔道士ですから!」
「どこの鶏が鳴いているのかと思ったよ」
「誰が鶏ですか!!」
夢魔道士が夢心地でふらふらしてたら、シャレにならない。
朝はシャキッと! が私のモットーでもある。
39 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:36:45 ID:BeCfLC9Q
今日は大陸の中心へと続く洞窟へ向かう予定だ。
昨日は海沿いの平和な草原だったので、大した魔物は出なかった。
もっと魔王城に近いところや人の少ない地域なら、強い魔物がいるから貴重な素材がたくさん手に入るはず。
「今度はもっと、ふかふかのベッドで寝たいですね」
「魔王を倒す旅に、贅沢は言ってられないだろ」
今は貧乏旅だけれど、その分たくさん戦闘を経験して、力をあげていくことができる。
私も、勇者も、もっと力をつけて、いずれは魔王を。
そう考えると、とてもワクワクする。
40 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:40:49 ID:BeCfLC9Q [6/10]
宿屋を後にし、私たちは洞窟へと向かう。
武器や防具を買いたいけれど、今はまだそんな資金がない。
「薬草、たくさん買っておきましたよ」
「ああ、ありがとう」
「いつかは素敵なローブとか、ほしいですね」
「おれももっと性能のいい剣がほしい」
勇者の言葉は、昨日に比べて少し砕けた感じになった。
私のことも、「君」ではなく「お前」と呼ぶ。
でもそれは、高圧的なのではなくて親しみを込めたものである、と思う。
私にはなぜかその呼び方が、とても懐かしく、また居心地のいいものに感じられた。
「あれ、お前、杖は?」
41 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:46:47 ID:BeCfLC9Q
しまった、杖(という設定の棒きれ)を宿屋に忘れてきた。
「……宿屋か?」
「……はい、そうみたいです」
「仕方ない、戻るか」
「い、いえ、それには及びません、私は……」
私は慌てて足元の棒きれを拾う。
それをシュッと振りつつ、優雅に決める。
「優秀な魔道士ですから。優秀な魔道士は、杖を選びません」
42 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:52:26 ID:BeCfLC9Q [8/10]
「そんな棒きれひとつで、大丈夫なのか?」
勇者は明らかに不安そうな顔をしている。
昨日の棒きれとさして変わらない物のはずだけど……
「大丈夫です。勇者様も、剣聖と呼ばれたらなまくらで戦えるようになっているでしょう?」
一瞬丸め込まれそうだったが、しかし勇者は反論してくる。
「いやいや、お前はまだ大魔道士ではないだろう?」
むむ、痛いところを突いてくる。
43 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:55:23 ID:BeCfLC9Q
「とにかく大丈夫なんです、見ていてもらえればわかります」
「ふうん」
「それより今日はボウボウ燃やしますからね? 覚悟しててくださいね?」
「おれを燃やすつもりじゃないだろうな」
「そういう意味で言ったんじゃありません!」
「そういう意味に聞こえたんだ」
44 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/21(月) 23:58:32 ID:BeCfLC9Q
洞窟の入り口には、「魔物多数、危険」の看板があった。
「この洞窟を抜ければ、山脈の内側に出られるはずだ」
「地図通りだとすると……このあたりですね」
バサッ、と私は地図を広げる。
昨日印を付けたこの洞窟の入り口から、少し離れた「開けた空間」に辿り着けるはずだ。
ここに、小さな村と不思議な泉があるらしい。
私たちはそれを目指している。
「よし、行くぞ」
45 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/22(火) 00:00:58 ID:D.VkN5n6 [1/2]
やどやでばーにんぐですねわかりますん(ばくらちゃん並感)。
46 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:04:36 ID:ruZVCdW6 [1/27]
「これは……暗いな」
洞窟には当然明かりなどなく、入って数歩でなにも見えなくなってしまった。
「仕方ない、戻ろう」
「ええ? 戻るって勇者様……」
「松明がないと、とてもじゃないが進めなさそうだ」
「あ、ちょっと待ってください勇者様」
私は勇者を制し、昨日見た夢をイメージする。
47 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:08:38 ID:ruZVCdW6
千年の眠り。
ひとかけらの紅玉。
天秤にかけるは火薬、壁に隠すはガマ油。
空駆ける龍尾と舌の上の血溜まり。
時満ち足りて黒炭の棺。
【夢魔法 よく燃え~る】
―――ゴォッ
生まれた火球を飛散させてしまわないように、手のひらに留める。
それはゆっくりと回転しながら、だんだんと私の手に馴染んでくる。
「ほら、これで明るいでしょう?」
「はあ、便利なもんだ」
48 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:16:03 ID:ruZVCdW6 [3/27]
火球であたりを照らしながら、私たちは洞窟を進んでいった。
「お前は熱くないのか?」
「ええ、自分の魔力で焼かれる魔道士は、ちょっとみっともないでしょう?」
「確かに」
「熱いですか?」
「いや、大丈夫」
49 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:21:16 ID:ruZVCdW6 [4/27]
洞窟を進んでいくと、突然がらりと音がして、壁が崩れ落ちた。
「?」
崩れ落ちた岩は、ごろごろと動き出し、人を形作る。
「魔物か!?」
言うが早いか勇者は斬りかかる。
―――ガキィン!
―――ゴキィン!
岩とはいえ、勇者の剣で削られ、魔物は苦しそうだ。
しかし数が多い。
そして硬い。
50 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:24:46 ID:ruZVCdW6
―――ガキィン!
―――バキィン!
音が洞窟に響く。
魔物はどんどん数を増やし、取り囲まれるような態勢になってしまっている。
勇者は、背後にまで気を配る余裕がなくなっている。
それを見て、勇者の背後の魔物が大きく腕を振り上げた。
「危ない! 勇者様!」
私はとっさに、火球を放っていた。
―――ゴォッ
51 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:31:00 ID:ruZVCdW6
「ぎゃあああああ!!」
断末魔とともに、魔物が燃えていく。
岩でも、私の魔法で燃やせるようだ。
どろどろと溶けたり、ぶすぶすと炭になったり。
それを見て気を良くした私は、次々と火球を作っては魔物に叩きつけた。
―――ゴォッ
「熱い! お前! おい、熱い!」
勇者を取り囲んでいた魔物は、全滅していた。
その威力に、私は満足げにうなずく。
これなら、この洞窟も難なく通り抜けられるだろう。
「おい! こら! 熱いって言ってんだよバカ!」
52 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:34:12 ID:ruZVCdW6
燃えている勇者の服の裾をばたばたと消してから、たっぷりとお説教を食らった。
「お前の魔法の威力は分かったが、おれまで燃やしてどうする!」
「取り囲まれていたから危ないと思いまして……」
「おれは背後の敵にも攻撃できるように鍛錬してきたんだよ」
「そんなこと知りませんでしたし……」
「あとお前、火球を敵にぶつけたら明かりがなくなるだろうが!」
「同時に二つ出せるように頑張りますから!」
53 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:40:17 ID:ruZVCdW6
洞窟で、勇者の叱咤激励というか罵倒を受けながら、私の魔法は上達した。
……と思う。
「右手の火球が拡散してるぞ! 集中しろ!」
「威力が弱い! まだ魔物が燃えてないぞ!」
「おれを見るな! 魔物だけ見てろ!」
「おれじゃない! こっちを見るな!!」
「やめろ! こら! っちょ! やめろ!!」
54 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 00:45:58 ID:ruZVCdW6
……
洞窟を抜けるころ、私の左手には明かり用の火球、右手には砲撃用の火球があった。
さらに足元にまとわりつく防御用の炎の盾があった。
「見てください! 完璧な布陣です!」
「魔王の側近にそういう魔物がいそうだな」
「なんてこと言うんですか!」
「頼むからおれの方を攻撃するのはもうやめてくれ」
「コントロールが難しいんですよ!」
勇者の衣服はあちこち焦げてしまっていた。
私の魔力のコントロールは、まだまだ上達させなければ。
言い訳しておくと、「よく冷え~る」という魔法名は
惑星のさみだれという漫画の宙野花子ちゃんの
必殺技からのパク……オマージュです
59 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 21:24:36 ID:ruZVCdW6
洞窟の先の「開けた空間」は、とてもきれいなところだった。
優しい木洩れ日の中に、小さな集落があった。
この辺りには魔物もいないようだ。
平和な集落なのだろう。
「まずは、泉の話を聞きましょう」
「まずおれの服だよ!」
60 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 21:33:01 ID:ruZVCdW6
とりあえずあつらえた勇者の服は、なんだか派手で、笑ってしまった。
兜が不釣合いだ。
「おい、笑うな」
「で、でも、勇者って言うよりも、商人とか遊び人に見えます」
「仕方ないだろ、鎧が売ってないんだから」
「あ、ふ、ぷぷっ、すみません」
「燃やしたのお前だろうが!」
61 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 21:38:45 ID:ruZVCdW6 [14/27]
……
集落のそばに、その泉はあった。
その泉のほとりに立った瞬間、すべての音が聞こえなくなった気がした。
それほど、神秘的で素敵な空間だった。
泉の周りには、見たこともない花が色とりどりに咲いている。
「よし、この泉を汲んでいくぞ」
「もう! 勇者様は風情がないですね」
「は? なに言ってんだ、お前」
「こんなに素敵な場所に来たのなら、ちょっと感傷に浸るものでしょう?」
「ちょっとなにを言ってるかわからない」
「もう! 知りません!」
62 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 21:45:54 ID:ruZVCdW6
鈍感な勇者を放っておいて、私はきれいな花を摘む。
「おい! 花なんかいいから、ここの泉の水をだな……」
勇者がなにかを言っているが、聞こえないふりをする。
この泉の水を飲めば体力が回復するそうだが、今の私は花に夢中になっていた。
たくさん摘んで、胸いっぱいに花の香りを吸い込む。
「ったく……女ってのはわからん」
勇者が遠くで毒づいているのが聞こえた。
ふんだ。
この花と、きれいな泉とを見て、なにも感じない方が理解できないな。
63 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 21:51:38 ID:ruZVCdW6
ざばざばざば……
泉の方で音がする。
なんというか、大胆に汲むのね。
がっつきすぎてるというか。
回復の泉だからって、あんまり汲みすぎると……
ざばざばざば……
なおも音がする。
ちょっと変だな、と思い振り向くと、泉の中心から大きな大きな龍が私たちを見下ろしていた。
64 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 22:01:17 ID:ruZVCdW6
「ぎゃあああああああああ!! 龍!! 龍ですよ!!」
みっともなく叫んだのは、断じて私ではない。
私はそんなに取り乱したりしない。
私は颯爽と勇者のもとへ駆け寄り、魔力を両手に込め、迎撃態勢を整えていたはずだ。
「あ、あれ?」
私は腰が抜けたのか、その場から動けずにいた。
勇者が剣で応戦している様子がぼんやりと見えている。
ぼんやりと?
私の目は、少し霞んでいる。
65 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 22:09:59 ID:ruZVCdW6 [18/27]
私は座り込んだまま、辺りを見回した。
きれいな花が咲いている。
だけど、その花を見つめていると、より目が霞んでしまう気がする。
しまった……
毒性のある花だったのか……
めいっぱい、香りを吸い込んでしまった……
私は意識が薄れるのを感じながら、手に魔力を込める。
「……よく……燃え~る……」
66 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 22:14:25 ID:ruZVCdW6
―――ゴォッ
「あははは!! あはははは!! 燃えてる!! めっちゃ燃えてる!! 弱っ!!」
次の瞬間、そこには花畑を燃やし尽くしながら踊る少女がいた。
少しハイになっていたのかもしれない。
花も灰になっていた。
うん、うまい。
「勇者様! 私のことは心配なさらず、ちゃちゃっと龍をやっつけちゃってください!」
私は花という花をどんどん燃やした。
勇者が毒にやられないように、まんべんなく燃やした。
ちらっとこちらを見た勇者が、この世の終わりみたいな顔をした。
67 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 22:26:54 ID:ruZVCdW6
……
よくよく聞いてみると、龍は泉の守り神で、花は不届き者を近づけないバリアだったそうだ。
龍さんが優しく教えてくれた。
私はただ正座して、花を燃やした愚行を詫びることしかできなかった。
「お前……村でなにを聞いてたんだ」
「だ、だって、勇者様も、戦ってたじゃないですか」
「だからあれは、単なる腕試しなんだって」
「は、花の毒で少し混乱していて……わかりませんでした」
「だからそれも村で聞いてたろ、花に近づきすぎると危ないって」
「……」
「それも聞いてなかった、と」
「……」
68 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 22:41:15 ID:ruZVCdW6
やばい。
勇者が私に向ける目線がやばい。
汚物を見るような、「僕すごく軽蔑してます」的目線だ。
あるいは可哀想なものを見て憐れむ目線だ。
教会で静かに神父様の話を聞いていたら、空気を読まずに飛び込んできて暴れた挙句ひっくり返って死んだセミを見るような目だ。
「あ、あの……」
『頭は少々弱いようだが、あの魔力はなかなかのものだった』
龍さんがさりげなくフォローしてくれる。
優しい。
「前半部分が、致命的かもしれない」
『知性ではなく感性で魔力が操れるということは、強い魔道士の証拠だ』
「そうかな……」
なんとなく馬鹿にされている感じは否めないが、龍さんは怒らずにいてくれた。
花もすぐに生えてくるらしい。
69 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 22:53:28 ID:ruZVCdW6 [22/27]
魔物の中にも、人間に危害を加えないタイプのものがいる。
動物の中にも人間に危害を加えるものがいるのと同じように。
龍の多くは人間に関わりを持たないが、縄張りに入ると途端に狂暴になるものがほとんどだ。
ただここの龍さんのように、なにかしらの守り神として君臨するものは、人間の干渉に寛容であることもある。
お互い過干渉にならず、うまく共存できる場合があるのだ。
さらに言えば、人間のために力を貸したりする、家畜や愛玩動物に近い関係のものもいる。
この旅の中で、色んなスタンスの魔物と出会えるかもしれない。
それは少し、楽しみだ。
70 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 23:00:47 ID:ruZVCdW6
私たちは集落へと戻る。
今日はもう遅い。
ここで夜を明かし、明日、また洞窟を抜けて先へ進むことになった。
「回復の泉がたくさん汲めて、よかったですね♪」
ちらっとこちらを向いた勇者は、やれやれという表情をした。
やれやれと、声を出していたかもしれない。
「お前のそのお気楽さ、今はちょっといらないな」
「そうですか……」
71 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 23:16:02 ID:ruZVCdW6
私はちょっと反省をした。
確かに、集落での情報集めの時にちゃんと話を聞いていれば、花を摘んだりはしなかっただろう。
慌てて花を燃やす必要もなかった。
龍が出ても、取り乱さずに済んだのに。
……あれ?
……私、全然ダメだ。
……足しか、引っ張っていない。
そう考えだすと、胸がきゅっと苦しくなる。
私、なんのために彼と一緒に来たのだろう?
うつむくと涙がこぼれそうで、でもうつむかずにはいられなかった。
72 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 23:26:11 ID:ruZVCdW6
「……ま、旅は長いんだ、しっかり頼むぞ、相棒」
勇者の温かい手が、私の頭にポン、と乗せられる。
うつむいたままの私は、一筋流れた涙を止められなかった。
「……ひゃい」
涙声なのが、ばれそうだ。
急いで目元を拭く。
「お前は、泣き虫だな」
勇者がぼそっと、呟く。
ばれていた。
そう、私は泣き虫だった、気がする。
73 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/22(火) 23:34:52 ID:ruZVCdW6 [26/27]
私の母は、優秀な魔道士だった。
泣き虫な私をあやしながら、眠りの指輪で眠らせてくれた。
その昔、魔王の討伐に成功したと聞いたことがある。
だけど、誰もその話をしなかったし、母も詳しく教えてくれなかった。
寝る前にその話をせがんでも、母は笑って首を振るだけだった。
せっかく魔王を討伐しても、繰り返し生まれるのであれば、討伐隊を褒め称えている暇もないのだろうか。
私たちが倒せたとしても、無駄ではないか、という問いは心の奥に閉じ込めた。
「魔王……倒しましょうね」
勇者は声に出さず、でも力強く頷いた。
76 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 20:22:02 ID:h7hT4ZqQ
【Ep.3 みえないてきと ほうしゅう】
―――
――――――
―――――――――
ぽっかりと紫色の空が広がっている。
私は無意識に指輪を見つめる。
中心の宝石が赤色に光っている。
周りを魔物に囲まれているような感覚。
しかし、何も見えない。
怪しいものは見当たらない。
右手をかざす。
―――カッ
―――ビシィッ
稲妻が辺りを照らす。
その瞬間、辺りには、苦しみ、うごめく魔物の姿が。
姿を消せる魔物だ。
私はまた、右手をかざす。
―――――――――
――――――
―――
77 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 20:33:06 ID:h7hT4ZqQ
「ふはっ」
勇者が間の抜けた声とともに飛び起きた。
私はすでに旅の支度を終えている。
「おはようございます、悪夢でも見ましたか?」
「あ、ああ、おはよう。お前に燃やされる夢を見た」
「ご心配なく、今日は燃える夢ではありませんでしたので」
私は今日、雷の魔法の夢を見た。
あれなら、洞窟は照らせるし、見えない敵も姿を現すし、なかなか便利だ。
78 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 20:52:40 ID:h7hT4ZqQ
「……ちなみに、なんの夢だった?」
「雷です」
「……」
ちらっと勇者は、剣と兜の方へ目をやった。
感電を心配しているのだろうか。
宿から出る際、店主に「この村にゴム製のマントは売っているだろうか?」と聞いていた。
「そんなものはない」と言われて撃沈していたが。
やはり感電が怖いらしい。
勇者のくせに、情けない。
79 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 20:59:50 ID:h7hT4ZqQ [4/21]
「今日は洞窟を再度抜け、港町まで行くぞ」
「そこでなんとか船に乗せてもらい、ここから北の方の大陸を目指すんですよね」
「というわけで、洞窟でもたもたしている暇はない」
「ええ」
「とっとと突破するぞ」
「はい!」
「じゃあお前はこの松明を持つ係な」
「はい?」
80 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 21:06:41 ID:h7hT4ZqQ
「私の魔法で、また照らせますよ?」
「今日は雷だろ? それが明かりとして使えるとは思えない」
「なに言ってるんですか! 電気は立派に明かりとして使えますよ!」
まだ実用化されていないが、雷の力「電気」を生活の明かりに役立てる研究が進められていると聞く。
いずれ火で照らさなくても、煤の出ない明かりが使えるようになるはずだ。
81 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 21:16:40 ID:h7hT4ZqQ
千年の眠り。
ひと握りの命綱。
試験管の中の神、三つ編みの髭。
轟く咆哮と真実を映す空。
時満ち足りて神罰の鎌。
【夢魔法 神鳴~る】
―――カッ
―――ビシィッ
響く雷鳴。
そして私の掌に輝く閃光。
―――バチバチバチッ
電気が暴れ回っているが、私はなんとか抑え込む。
「お、おう、またこりゃあすげえな」
82 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 21:23:25 ID:h7hT4ZqQ
「ほら、ちゃんとコントロールできているでしょう?」
「ま、まあな」
「ほらほら、行きますよ。いざとなったらまた魔物を攻撃しますから」
「い、いざとなったらだからな! 最終手段だからな! それ!」
「さあ来い! 魔物たち!」
「戦うのはおれがやるから! お前は照らしてサポートしてくれればいいから!」
83 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 21:35:14 ID:h7hT4ZqQ
……
洞窟を抜けるころ、私の左手には明かり用の雷玉、右手には雷のランスがあった。
さらに腰回りに電気を帯び、バチバチと放電しながら威嚇している。
「見てください! これこそ完璧な布陣です!」
「吹っ切れて、なにがやりたいかわからなくなった前衛芸術家みたいだな」
「なんてこと言うんですか!」
「芸術家に謝れ」
「な、なんてこと言うんですか!?」
「上達するのが早いのは認めるが、粗削りすぎるんだよ」
「も、もっと頑張ります……」
勇者の衣服は無事だが、髪の毛が逆立って、少々しびれているようだ。
狙ったところにのみ放電するコントロールが課題だな、と私は反省した。
84 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 21:42:38 ID:h7hT4ZqQ [9/21]
……
「船が出ない!?」
雷撃もなんとなく使いこなせるようになり、意気揚々と港町へやってきたが、なんと船が出ないらしい。
なんでも数日前から海がよく荒れて、船が何隻も沈んだそうだ。
「いや、だってこんなにいい天気じゃないですか」
「それが奇妙でよお、船を出した途端、空は黒くなるわ、波は荒れるわで……」
「おれたち、とっとと北の大陸へ行きたいんだが」
「そうは言ってもなあ、そのせいでここ何日も船が出せてねえんだ、他の方法を当たってくんな」
「そんな……」
85 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 21:45:48 ID:h7hT4ZqQ
「どうします?」
「他のルートを当たるか……」
「でも、船以外のルートなんて、ありますか?」
「空?」
「空から……え?」
「お前が空を飛ぶ夢を見るのを待つ、とか」
「なんともお気楽な話ですね」
「お前に言われたくないな」
86 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 21:53:16 ID:h7hT4ZqQ
「おいおいおい!! まだ船は出ねえのかよ!?」
大きな声が響いて、私は驚いて声の主を探した。
見回すまでもなく、その声の主は、民衆から頭一つ突き出た大男のものだと分かった。
重そうな布袋を担いでいる。
「一刻も早く北の大陸の王様に届け物をしねえといけねえってのに!!」
「し、しかし……」
「何日ここで足止めする気だよ!! もう待ってらんねえ!!」
大男と、その周りの子分(と思われる者たち)は、船員たちの制止を振り切り船の方へ向かっていった。
87 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:00:17 ID:h7hT4ZqQ
「あ、あれ、止めた方がいいですかねえ」
「……素人だけで船が動かせるとは思えないが」
「行ってみましょう!」
「お、おい!」
私たちは船着場へと、大男たちを追いかけた。
なんだか、嫌な予感がする。
88 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:06:24 ID:h7hT4ZqQ [13/21]
しかし、私たちが向かったときにはすでに、船はゆっくりと岸を離れていた。
小さな船だ。
大波で簡単に転覆してしまいそうな船だ。
ロープをほどいてすぐに乗り込んだのだろう。
「あああ……命知らずな男だよぉ」
取り残された船員が呟く。
「これまで何隻が沈められてきたと思ってんだい」
89 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:13:01 ID:h7hT4ZqQ [14/21]
と、空が曇り始めた。
ぶるっと、大気が揺れた。
ぞわっと、波が揺れる。
「あああ……言わんこっちゃない」
波が渦を作り始める。
風が強くなる。
そして……
「うっ」
「ぐぅっ」
船着き場で様子を見守っていた人たちが、突然苦しみ始めた。
90 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:17:32 ID:h7hT4ZqQ
「なんだ? なにが起こってる!?」
「魔物です、たちの悪い」
「魔物!? そんなもん、見えないぞ」
「姿を消すんです!」
私は急いで脳内詠唱を行う。
千年の眠り。
ひと握りの命綱。
試験管の中の神、三つ編みの髭。
轟く咆哮と真実を映す空。
時満ち足りて神罰の鎌。
【夢魔法 神鳴~る】
―――カッ
―――ビシィッ
91 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:27:14 ID:h7hT4ZqQ
黒い空に、黄色い稲光。
怒れる稲妻が私の掌に応じてうねる。
―――カッ
魔物が姿を現した。
苦しむ人の周りを、霧状のものが覆っているのが見える。
見えさえすれば、斬れる。
「勇者様! その魔物は、お願いします!」
「お前は!?」
「あちらを!」
高い波の向こうで、大きく揺れている小舟を、私は指差した。
92 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:37:59 ID:h7hT4ZqQ
「あ、勇者様! 剣を高く掲げてみてください!」
私は、前から考えていたことを、試してみたくなった。
「こ、こうか?」
「行きます!」
掌を剣に向け、魔力を込めてぎゅっと握る。
―――バチバチバチッ
―――バチンッ
雷が剣に落ち、そのまま纏わりつく。
バチバチと電撃を放ちながら、剣が光っている。
「うお! なんだこれ!?」
「よし! できた! 魔法剣です!」
93 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:46:09 ID:h7hT4ZqQ [18/21]
「そのまま斬っちゃってください!」
その効果に私は満足し、船へと目を戻す。
あの辺りにも、きっと魔物がうじゃうじゃいるはずだ。
船に当ててはいけない。
精密なコントロールだ。
精神の集中だ。
「ふぅ……」
息を整え、手をかざす。
指輪の宝石が、きらりと緑色に光る。
「はっ!!」
―――カッ
―――ビシィッ
94 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:52:03 ID:h7hT4ZqQ
―――カッ
―――ビシィッ
目を凝らす。
―――カッ
―――ビシィッ
指先まで力を込める。
―――カッ
―――ビシィッ
まだだ。
魔物をすべて殲滅するまで、雷を落とし続ける。
「ぁぁぁぁあああああああああああああっ!!」
―――ビシィッ
―――ビシィッ
―――ビシィッ
―――ビシィッ
―――ビシィッ
95 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/23(水) 22:57:43 ID:h7hT4ZqQ
……
チャプ、チャプと波音。
ようやく空に、海に、静けさが戻ってきた。
遠くに揺れる小舟が見える。
あの大男さんは無事だろうか。
目的のものは、ちゃんと届けられるだろうか。
どれくらいの時間が経ったろう。
どれくらいの魔物を倒したろう。
勇者は、無事だろうか。
しかし、私はまだ、振り向けなかった。
ずいぶんと、疲れた。
98 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/24(木) 11:36:48 ID:mKixETZY
おつおつ
これで冷、火、雷か
威力はすごいけど回復がないのは辛いな…
99 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:00:03 ID:4duJZ5Bc
……
ギィ、ギィとオールを漕ぐ音。
大男さんの子分たちが船を漕いでくれている。
私と勇者は、船にちょこんと乗せてもらっている。
しかし、この人、大きい。
ごちゃごちゃと道具をたくさん携えているが、これがまた一つひとつ大きい。
「いやあ、勇者とはな、驚いた」
「そっちも、商人には見えないね」
「嬢ちゃんも、そんなちっこいナリしてすげえ魔法使いじゃねえか」
「ちっこいは余計です」
「がはは、すまんすまん、しかしなんにしても助かったぜ!!」
100 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:03:22 ID:4duJZ5Bc [2/13]
雷がやんだ後、大男さんは岸に引き返してきてくれた。
そしてお礼を言って、私たちを乗せてくれたのだ。
「行きはあんなことなかったんだけどよぉ」
「ここ数日続いていたと言ってましたね」
何隻も船が沈められたと言っていた。
魔物が積極的に人を襲うのは、確かに最近では珍しい。
「魔物が活性化してんのかねえ」
「誰かが怒らせるようなことしたんだろう」
「魔物を?」
「ああ、眠っていたのを無理矢理呼び起こす、とかな」
101 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:07:53 ID:4duJZ5Bc
「海の魔物ってのは、ただ通るだけの船には寛容だが、海を荒らす者には容赦しない」
「おそらく船で通った誰かが、悪いことでもしたんだろうよ」
さすが、勇者は博識だ。
私は「海の魔物」なんてものを、全くと言っていいほど知らない。
あの霧状のやつらも、海の魔物なんだろうか。
精霊というやつだろうか?
なんにせよ、怒らせた上に魔法で無理やり押さえつけたわけだから、相手が魔物とはいえあまり気分のいいものではない。
私はなんとなく、海へ向かって祈っておいた。
なんとなく、ごめんなさい、という感じで。
102 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:14:16 ID:4duJZ5Bc
「例えば海で小便なんかしたら、海の魔物は怒るのかねえ?」
商人の大男さんが気楽そうに言う。
「ああ、そうだな。そんなバカがいれば、きっと海の魔物や精霊は怒るだろうな」
「……」
勇者がそういうと、黙り込んでしまった。
え、まさか。
「え、あんた、そんなことしたのか?」
「海が荒れてたのはあなたたちのせいだったの!?」
「なんて罰当たりな!」
「そうだそうだ!」
商人さん一行は、気まずそうにうつむいていた。
103 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:21:38 ID:4duJZ5Bc
さすがに何日も旅をする大型船だと、排泄物の処理は大変だろう。
海に流すこともあるんだろう。
だけどこんな小さな船で、こんな短い航海で、それをすると……
「まあ、ちょうど精霊の目の前でやっちまったんじゃねえかな」
タイミングが悪かった、ということかしら。
「……今度から気をつけよう」
ま、反省しているようなので、私もあまりこれ以上言わないようにしよう。
104 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:26:36 ID:4duJZ5Bc [6/13]
「そもそもだ、この海自体、すごく汚れているじゃないか」
確かに。
大して深くないはずの海なのに、透明感がまったくない。
「この近隣の人たちの、海の使い方が悪かったのでしょうか」
「ああ、それもあって、海の精霊たちの怒りが爆発したのかもな」
すみかを脅かされていたのなら、精霊たちには同情してしまう。
「あんたたち、反省してるのなら、これから会う王様にでもかけあって、海の使い方の向上を進言しときな」
「ああ……そうしよう」
105 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:30:15 ID:4duJZ5Bc [7/13]
「そういえば、王様に届けるものって、なんだったんですか?」
私は重そうな布袋の中身が気になっていたので、気を取り直して聞いてみた。
「あ? これか? これは西の地下鉱山で掘り出したクリスタルだ」
大男さんはごそごそと、それを取り出して見せてくれた。
きらきらと白く、青く輝いている。
「わ、すごい、きれい!」
「へえ、こんな量のクリスタルとは、珍しい」
「い、いくら命の恩人とはいえ、これはやれないからな!!」
「……半分」
「おい、勇者の一行がそんな卑しい真似するな」
ベシッ
勇者にはたかれてしまった。
106 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:33:52 ID:4duJZ5Bc
「西の地下鉱山といえば、かなり迷いやすいうえに厄介な魔物も多くて、冒険者は避けるんじゃなかったか」
「冒険者はな。でもおれたちは商人だ。価値のある物のためなら、どこへだって行くさ」
「はあ、すげえな」
「おれたち商人からすれば、あんたら勇者の一行ってのもすげえと思うぜ」
「どうして」
「おれたちゃあ金のためさ、でもあんたらは名誉や平和のために体を張ってる」
「……」
大男さんの言葉に、嘘はないようだった。
お金のために(王様のために?)危険を冒して鉱山へ潜るのも、立派だと思うけど。
107 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:37:08 ID:4duJZ5Bc
……
「おお帰ったか、商人たち」
「は」
「そしてお主らも、道中の助けになってくれたそうだな、礼を言う」
大広間で、でっぷりと太った貫禄ある王様が、私たちを迎えた。
そういえば、私は王様というものに謁見するのは、これが初めてだ。
にこにこと温厚そうだが、目は鋭い。
「で、例のものは?」
「は、こちらに」
大男さんは、似合わない丁寧な言葉遣いと物腰で、クリスタルを王様に見せていた。
王様の目が輝く。
108 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:40:59 ID:4duJZ5Bc
「勇者様は、王様というものに会ったことはありますか?」
「ああ、一度だけな」
「緊張しました?」
「いいや、旅立ちは自由にさせてくれたし、堅苦しくもなかった」
私も、緊張するものだと思っていたけれど、案外そうでもないらしい。
普通にひそひそお喋りする余裕がある。
「あの冠、高そうですよね」
「この謁見の間にあるものすべて、高級品だろ、趣味の悪い」
「……確かに」
109 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:44:17 ID:4duJZ5Bc [11/13]
「さて、褒美をとらさねばな」
「は、ありがたき幸せ」
大男さん、跪いてる。
でも相変わらず大きい。
私たちはぼーっと突っ立っていた。
「勇者殿にも、なにか礼ができればいいのだが」
「あ、じゃあ宝物庫の鍵を開けてくださ……」
ベシッ
今度は無言ではたかれた。
110 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/25(金) 18:48:09 ID:4duJZ5Bc [12/13]
「もし可能であれば……」
ずい、と勇者が一歩前に出る。
「丈夫な剣を一振り、そして身軽な鎧を調達したい」
実は勇者の剣は、魔法を纏ったせいでひどく傷ついていた。
戦いが終わった後、とても使い物にならなくなってしまったのだ。
「ふぅむ、確かに勇者とは思えぬひどいナリだ。厳しい戦いをくぐり抜けてきたのだろう」
「あ、いやこれは……」
「よかろう、町には通達しておくので、好きなものを見つくろうがよい」
「あ、その、ありがとうございます……」
111 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/25(金) 18:50:42 ID:4duJZ5Bc
城の宝物庫はロマンの塊ですね ノシ
112 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/25(金) 20:45:37 ID:nr6oPKlg
池とかならともかく、海なら排泄物はよっぽどの量でなければ魚なり微生物なりの餌になるだけやろうに
精霊やら魔物やらのいる世界は排泄物の処理にも気を遣うんですなぁ
乙乙
113 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/25(金) 22:31:47 ID:yxJGxsaw
多分、肥溜めをぶちまけたんじゃネーノ?(ハナホジー)
この魔導士は何やら僧侶のかおりがするでち。
乙。
114 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/26(土) 13:37:35 ID:OeA8utYs
クリスタルねだったり宝物庫に入ろうとしたり、こんな俗な僧侶がいてたまるかw
115 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 21:29:17 ID:DcbHdsbQ
……
町の武器屋には、なかなかの剣が揃っていた。
軽そうなのも、重そうなのも、とげとげの物もある。
趣味の悪そうなのもある。
「はいはい、王様から伺っております。どうぞお好きなものをお持ちください」
武器屋の主人は気さくにそう返事してくれた。
「私も可愛い杖とかほしいですね」
「魔力のコントロールに杖はいらないとか言ってたじゃないか」
「気分ですよ、気分」
カランカラン
店のベルが鳴り、見覚えのある大男が入ってきた。
116 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 21:38:52 ID:DcbHdsbQ
「いよお、まだ居てくれたか」
「なにか御用ですか?」
「礼をしてなかったからな」
そう言って、彼はずしりと重い小袋を勇者に渡した。
「クリスタルのかけらだ、それ、礼にやる」
「!?」
私も勇者も、目が真ん丸になっていただろう。
命がけで王様の為に取ってきたものじゃないの?
117 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 21:52:21 ID:DcbHdsbQ [3/12]
「かけらを練り上げる技術は、この国にはまだねえんだ」
「だがあんたたちの旅の先、これを使って剣なり鎧なりを作ることができる職人がいるかもしれないだろう?」
「だったらこれは、この国ではなくあんたたちの方が有効活用できると思ってよ」
「ありがたく頂こう」
「売ったら、いくらくらいになりますかねー」
ベシッ
今日はよく頭を叩かれる日だ。
118 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 21:58:44 ID:DcbHdsbQ
「嬢ちゃん、魔法使いなのに知らねえのかい」
「なにをです?」
「クリスタルは、魔法ととても相性がいいんだぜ」
「え?」
そもそもクリスタル自体がとても希少だから、目にしたこと自体がないんだけど。
でも、魔法と相性がいいなら、ぜひ武具にして役立てたいところだ。
「嬢ちゃんがしてるその指輪にも、使われてるみたいだし」
「え!? これクリスタルだったんですか!?」
「知らなかったのかよ」
119 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 22:10:24 ID:DcbHdsbQ
「これは、母の形見で、もらったものなので……」
「いい物をもらったじゃねえか。そりゃあ嬢ちゃんの魔力を増幅する力もあるようだ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、それで納得した。お前が体に似合わない大きな魔力を放出するわけ」
「ちょっと、体に似合わないってどういうことです!?」
私は勇者に怒りながら、あらためて母にもらったこの指輪をひと撫でした。
これは緑色をしているけど、大男さんにもらったクリスタルは違う。
もらった方は、白色というか、青色というか、銀色というか、そんな感じの色だ。
120 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 22:17:26 ID:DcbHdsbQ
「さてと、じゃあ、いい旅をな」
「ああ、クリスタルありがとう。きっと魔王討伐に役立てよう」
大男さんと勇者は、がっちりと熱い握手を交わした。
私には入り込めない「男の世界」のようで、ちょっと羨ましかったり妬ましかったりした。
「嬢ちゃんも、達者でな」
そう言って、大男さんは私にも手を差し出してくれた。
私はちょっと嬉しくなってしまった。
「ええ、立派な大魔道士になって、魔王を倒して、凱旋しますので」
「楽しみにしているぜ」
そして大男さんは、がはは、と笑いながら去っていった。
大男さんとの握手は、それはそれは痛かった。
121 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 22:31:34 ID:DcbHdsbQ
勇者の新しい鎧は、兜とは揃いに見えないが、軽量で動きやすそうだった。
店の前でくるくると動く勇者は、新しい服を買ってもらった踊り子の女の子みたいで、なんだかおかしかった。
私は、杖はやめて新しいローブをもらうことにした。
金の糸の刺繍が入った紺色のローブで、厚みがちょうどいいと思った。
それよりも、着ていたローブがとても汚れていて弱っていることに気づいたからだった。
魔法を繰り返し使ううち、私の体の周りにもダメージが来ているとは知らなかった。
これまで、そう何度も魔法を繰り出すことはなかったものだから。
「ま、服は消耗品だし、仕方ないな」
勇者もそう言って、私のローブを見てにっこり笑った。
122 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 22:39:03 ID:DcbHdsbQ [8/12]
「この旅の中で、きっとクリスタルを扱える職人と出会えるはずだ」
「で、どうするんです?」
「武器なりなんなり、加工して使えるようにしてほしいな」
「あ、そういえば、武器」
勇者がさっき買っていた剣を、私はまだ見ていなかった。
買ったといっても、代金は王様持ちだけど。
「ああ、これ、いいぜ」
勇者はシャキン、と音を鳴らして背中から剣を抜いた。
つばの部分に装飾を施してある、細身の剣だ。
123 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 22:44:43 ID:DcbHdsbQ [9/12]
「いつかはでっかい剣を振り回したいがな、今のおれにはこの細さがちょうどいい」
「そういうもんですか」
「ああ」
「細い剣、格好いいと思いますけどねえ」
「格好よさでは魔王は倒せねえよ」
「まあ、そうですけど」
勇者は、剣も消耗品と考えているようだ。
まあ、私の魔法を纏って剣をふるえば強いのは分かったが、あまり持たないことも分かった。
「あ」
124 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 22:55:46 ID:DcbHdsbQ
「どうした?」
「クリスタル、魔法と相性がいいって話でしたよね?」
「ああ、言ってたな」
「じゃあ、クリスタルを剣に打ち込んでもらえれば、魔法剣にとても相性のいい剣が……」
「ああ、それはおれも考えたが……」
考えてたんだ。
さすが、勇者。
「それほどの量はない」
「それほど?」
「剣になるほどには、ってこと」
まあ、あまりのかけらをくれたくらいだから、量は確かに少ない。
でも、私の指輪だって全部がクリスタルでできているわけではない。
125 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/27(日) 23:01:22 ID:DcbHdsbQ
「私の指輪にみたいに、一部に埋め込むのでは、いけませんか?」
「うーん、クリスタルの入った剣ってのを、見たことがないからなあ」
「……私もないですけど……」
「だろ?」
まあ、クリスタルのことは置いておいて、私たちは今後の身の振り方を考えた。
装備は整えたし、この大陸は意外と大きいし、鍛錬しながら魔王城に着くにはどうしたらいいだろう。
とりあえずはこの町で情報を集めることにして、私たちは宿に向かった。
127 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:01:02 ID:CIRem9hk
【Ep.4 ゆめまどうし そらをとぶ】
「マカナの実がなる木があるって?」
それは私たちの心を躍らせる言葉だった。
マカナの実。
それは魔道士がみなほしがる木の実だった。
魔力を底上げし、滋養強壮に効果があり、町では高値で取引されている。
当然そんな高価なものは、私は食べたことがない。
128 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:07:09 ID:CIRem9hk
町で情報収集をしている中で、果物屋の主人が教えてくれた情報。
この町から西の方へ行ったところにある大きな湖。
その中心に浮かぶ島には、大きな木がたくさん生えているのだという。
その中に、貴重なマカナの木があるらしい。
あくまで「らしい」という話だったが。
「どうする、行くか」
「行きたいです! 私は当然!」
旅の助けになるかもしれない。
そのためになることなら、なんでもしたい。
129 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:12:34 ID:CIRem9hk [3/16]
「よし、さしあたっては、それを目指すか」
そうして私たちは、西へ旅することに決めた。
もしかしたらほかにも貴重な木があるかもしれない。
勇者の力を高める効果がある木の実も、あるかもしれない。
でも、そんな貴重な木があることを、なぜ果物屋のご主人なんかが知っているのだろう。
そんな情報が出回っているのなら、みんな乱獲しに集まってしまいはしないだろうか。
ちょっと不安に思ったが、勇者はさっさと身支度を始めていた。
私も荷物をまとめる。
130 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:20:07 ID:CIRem9hk
「そういえば、昨日の夢はなんだったんだ?」
「風です」
「風?」
「ええ、風で切り裂く魔法です」
硬い魔物には効果が薄いかもしれないが、風の魔法というものもあるのだ。
ちょっとスマートで格好いいと、個人的には思っている。
このあたりの草原でなら、特に気持ちよく魔法を振るえそうだ。
「面白いな、それ」
なにか、いい感じの魔物が襲ってこないかしら、と私は不謹慎なことを期待した。
131 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:25:28 ID:CIRem9hk
ザクッザクッと音がして、私たちは振り向いた。
魔物か!? と期待したが、そこには馬に乗った旅人がいるだけだった。
ただ、人数がやたらと多かった。
「……止まれ」
そう低くつぶやいて、真っ黒な旅衣装に包んだ男が私たちの前に躍り出た。
他の旅人たちは、ゆっくりと私たちの周りを囲む。
なんだか穏やかでない。
132 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:31:30 ID:CIRem9hk
「その荷物の中身を、こちらに渡してもらおうか」
「クリスタルが入っているだろう」
「おとなしく従えば、危害は加えないでやろう」
淡々と、黒い旅衣装の男が言う。
要するに、追い剥ぎというやつね。
「……くだらない」
勇者が吐き捨てた。
133 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:37:04 ID:CIRem9hk
「そんなにほしければ、鉱山にでも潜ればいいんだ」
勇者は冷ややかな目で言い放った。
「それができない臆病者か、集団でしか動けない臆病者か、町中では襲ってこれない臆病者か」
勇者は畳みかける。
「昨日あの男から受け取った瞬間に襲ってくればいいものを、こんな人気のないところに来るまで待っていたのが、情けないな」
「馬には恨みがないので、降りてくれると斬りやすいんだが」
「まあ、それもできないだろうな、どうせ」
134 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:45:54 ID:CIRem9hk
勇者が挑発している。
相手の男の表情は黒く巻いた布であまりよく見えないが、怒っているような気がする。
周りの男たちも、イライラしているようだ。
でも私は、勇者が世界を救うために振るう剣を、馬鹿な人間の血で汚したくないと思った。
悪人かもしれないが、真に斬るべきは人間よりも魔物のはずだ。
「……勇者様、ちょっと下がっていてください」
私は小声でつぶやいた。
135 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 22:55:15 ID:CIRem9hk [9/16]
そして、私はずいっと前に出る。
「あのね、あんたたち、勇者様は世界を救うのに忙しいの」
「この剣は魔物を斬るためにあるの」
「小市民を切り刻んで、馬の餌にするために剣を振るっているヒマはないの、わかる?」
私はこんな啖呵を切れる娘だっただろうか。
町から出ていなければ、こんな風に追い剥ぎに食ってかかるようなことはできなかったに違いない。
私はちょっと勇気がついたことを誇りに思った。
「馬は人肉なんて餌にしないと思うけどな」
後ろで勇者が小さく突っ込んだ。
136 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 23:02:12 ID:CIRem9hk
男たちはガヤガヤと罵声を浴びせてきたが、私の耳には届かなかった。
「受け身くらいは、しっかり取りなさいよっ!」
私は昨日見た夢のことを思い出しながら、脳内詠唱を行う。
そういえば人間相手に攻撃的な魔法を放つのは初めてだなあ、と思った。
千年の眠り。
ひとかけらの千切れ雲。
揺れる楪、射す木洩れ日。
うねる空気、集束と発散。
時満ち足りて疾風の刃。
【夢魔法 風立ち~ぬ】
―――ゴォッ
137 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 23:06:40 ID:CIRem9hk
疾風。
―――ゴォゥッ
刃になる。
―――ヒュンッ
男の顔を覆っていた布を切り裂く。
――――――シュッ
男たちが手に持つ短刀を叩き落す。
――――――キュンッ
138 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 23:11:45 ID:CIRem9hk
そして……
――――――ゴォォォオオオオオオオオオオオッ
大きくうねる風の流れを作り出し、男たちを空高く吹き飛ばした。
馬とともに。
「うわああああああああああああっぁぁぁぁぁっぁっぁぁぁ……」
「ヒヒィィィィィイイイイィィィンンンンンン……」
「あーあー、馬は可哀想だな」
「ええ、私もそう思います」
私は両手に魔力を集中させ、風のクッションを作るべく手を動かした。
139 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 23:18:52 ID:CIRem9hk
「……ぅぅぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁああああああああ!!」
男たちの悲鳴が落ちてくる。
私は丁寧に、風のクッションをたくさん作りだし、馬の落下地点に配置してやった。
「おお、器用なことをするな」
「えへへ、うまいでしょう?」
「追い剥ぎどもは?」
「まあ、落下して死んでも後味悪いですからね」
―――ゴォッ!!
私は男たちが落下する寸前に、横殴りの風を浴びせてやった。
横に吹っ飛ばされて痛いだろうけど、落ちて死ぬよりはマシだろう。
140 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 23:28:35 ID:CIRem9hk
「馬、お借りしますねー」
比較的おとなしそうな馬を二頭選び、私たちはそれに跨った。
湖まで乗せていってもらおうと考えたのだ。
馬も、悪党に乗られるよりはマシだろうし。
「一応、狼煙を上げておくかな」
勇者は町の警備隊に見えるように、狼煙を上げた。
赤色だ。
赤色の狼煙は危険なことが起きたしるし。
この場に誰かが駆けつけてくれたら、きっと追い剥ぎたちを捕らえてくれるだろう。
141 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/28(月) 23:37:08 ID:CIRem9hk
ザクッザクッと小気味よい音が鳴る。
「馬のたてがみって、硬いんですね!」
体が上下に揺れるが、それも慣れると心地よい。
「悪党が使うにしては、立派な馬じゃないか?」
この分だと、湖まで楽に到達できそうだ。
もしかしたら、今日のうちに町へ戻れるかもしれない。
いや、でもその先の目的地を決めていないし、もしかしたらもっと先に進むことになるかもしれない。
「馬さん、便利だなー」
私たちはしばし、馬での快適な旅を楽しんだ。
143 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/28(月) 23:57:26 ID:RrcWkUZU
魔法名www
144 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/29(火) 12:22:30 ID:x9MeeUsI
そこは「風と共にさり~ぬ」の方が品があってよかったな
145 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/29(火) 19:31:53 ID:hVHkTymo
蒸し暑い夏の山登りに最適、カトリ~ヌ
146 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/29(火) 21:14:28 ID:JlTaF2oE
幻惑魔法「まどれ~ぬ」
147 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 21:41:25 ID:FWQIDCu6
……
「おお、でかいな」
見事な湖だった。
円に近い形をしている。
「馬では渡れませんねー」
「当たり前だろ、バカ」
「あの小さな島が、例の木が生えてるっていうところですかね」
「らしいな」
岸からでも見えるが、なかなか距離がある。
148 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 21:48:57 ID:FWQIDCu6 [2/14]
「船もないなあ」
「ないですねえ」
岸には誰もいない。
船もない。
かといって、警備している人間がいるわけでもない。
「本当にあそこにマカナの木があるなら、みんな渡りたいだろうに」
「ですよねえ」
「あれか、罠か」
「ありえますねえ」
149 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 21:54:12 ID:FWQIDCu6
もしかしたら先ほどの追い剥ぎどもは、王の使いかもしれない。
マカナの木の情報をくれた果物屋の主人は、誰かの手先かもしれない。
疑おうと思えば、疑える。
「クリスタルの欠片を持っていることを知った王様が、ケチって取り戻そうとしたとか」
「ありえる」
「人気のないところに向かわせて、さらに襲うつもり、だとか」
「ありえる」
「じゃあ、どうします?」
「行くに決まってる」
150 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 22:04:08 ID:FWQIDCu6
ですよね。
勇者がこんなちっぽけな罠で足踏みしていてはいけない。
さあて、しかし、この湖を渡るには……
「私の魔法で飛ぶしかないですよね」
「お手柔らかに頼むぜ」
自分を飛ばすとなると、また違ったコントロールが必要ね。
勇者を負傷させてはいけないし。
かといって魔力が足りず、途中で湖にドボンってことにもしたくない。
151 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 22:18:08 ID:FWQIDCu6
「あ、馬はどうしましょう」
「手近なところにつないで……」
「……」
「無理だなあ」
「ですね」
いい感じの柵や木が、近くには全くなかった。
仕方なく馬はそこに放しておくことにした。
もしお利口なら、帰ってくる頃までここで待っていてくれるだろう。
「ヒヒンッ」
「ヒヒィンッ!」
手を綱から離した瞬間に、二頭とも脱兎のごとく逃げ出した。
「……賢いですね、ある意味」
「……まあ、風の魔法で吹き飛ばす奴らのそばには、いたくないだろうしな」
152 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 22:24:09 ID:FWQIDCu6
気を取り直して、私はゆっくりと脳内詠唱をしながら、イメージを強めた。
できるだけ周りを傷つけない風の羽。
私を纏うように。
誰かを攻撃するためのものではなく、空を自在に飛び回るための風の羽を。
千年の眠り。
ひとかけらの千切れ雲。
揺れる楪、射す木洩れ日。
うねる空気、集束と発散。
時満ち足りて疾風の刃。
【夢魔法 風立ち~ぬ】
―――ゴォッ
153 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 22:33:33 ID:FWQIDCu6
勇者は、私を信用してくれるようになっている気がした。
「うおお、少々怖いな、これは」
私の手を握り、虚勢を張る。
「頼むぜ、切り刻むなよ、落とすなよ」
そうは言いながらも、冗談っぽいニュアンスを含む。
旅を始めたころよりも、私の魔法に素直に頼ってくれている。
そんな気がする。
「高い、高い、もっと低くていい」
私は細心の注意を払いながら、空を飛ぶ。
コントロールが難しいけれど、泣き言は言ってられない。
「お前、聞いてる? ねえ、聞いてる?」
154 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 22:40:13 ID:FWQIDCu6
……
「はぁ~おっきいですねえ」
島に生える木々は、それはそれは高かった。
人が住むことのない島だからだろうか。
大自然が伸び伸びと成長した、そんな風に見える。
「どれだ、マカナ」
勇者は空の旅の恐怖を振り払おうとしているのか、剣を振り回しながらずんずん奥へ進む。
「私も実物は見たことがありませんので……」
「まあ、そっか。そうだよな」
とりあえず木の実を探そう。
そこから始めることにした。
155 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 22:49:05 ID:FWQIDCu6
「ねえな」
「ないですね」
「担がれたか」
「ハメられたか、ですね」
しばらく散策したが、木の実らしきものは全然なかった。
高い木々は私たちの視界を奪い危険だったが、特に魔物が出てくるでもなく、単なる散策に終始した。
しかしそれでも、木の実を見つけることはできなかった。
「……うーむ、どうしましょうか」
「どうするったってなあ」
156 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 23:00:07 ID:FWQIDCu6
「とりあえず、ここでお昼にしましょうか」
「……そうだな、少し疲れた」
町で購入していたパンや果物を取り出し、簡易の昼食をとることにした。
クルミを練り込んだものが私のお気に入りだったが、ブドウのパンも捨てがたい。
「勇者様、どっちにします?」
「どっちでもいい」
「半分こします?」
「どっちでもいい」
「もう! 困る回答ですね」
「じゃあ、クルミ」
「だめです! どっちも半分ずつ食べたいんです! 私は!」
157 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 23:11:51 ID:FWQIDCu6
「お前、ほんと礼儀を失ったよな」
パンをほおばりながら、勇者が言う。
「まあ、カチカチに緊張されても困るんだけど」
そういえば、私は最初、もっと礼儀正しかったっけ。
もう、そのころのことを忘れかけている。
「それはきっと、勇者様が親しみやすい方だからですよ」
「……そうか」
ちょっと照れている。
158 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 23:15:41 ID:FWQIDCu6
「しかし、罠のわりには誰も攻めてこないな」
「ですねえ」
「あいつらを蹴散らしたから、怖気づいたか?」
「それなら、もう誰も襲ってこないかもしれませんね」
「仕掛けてくる奴らが、同じ場合だけ、な」
「あ、そうか、複数の仕掛け人がいるかもしれませんもんね」
私は納得しながら、ぐびりと水筒の水を飲んだ。
159 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/30(水) 23:22:24 ID:FWQIDCu6
勇者の旅には、困難が付きまとう。
応援、支援してくれる者もいるが、邪魔してくる人間も少なからずいるようだ。
恨み、妬み、嫉妬。
魔王軍の息がかかったもの。
近しい人を魔物に殺された者。
「なぜちやほやされるんだ、妬ましい」
「なぜ私の弟が魔物に襲われているときは助けに来てくれなかったんだ」
「魔王軍に逆らうよりも、取り入った方がマシな人生が送れる」
そんな感情が、たまに存在する。
それはもう、勇者の一行として旅をする限りは、仕方のないことなのだ。
私はそうやって、割り切るしかできなかった。
手の中の水筒を見つめながら、少し暗い気持ちになってしまった。
162 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 21:42:45 ID:vMmdACd2
ふいに、がさがさと木々が揺れる音がした。
魔物が攻めてきたか。
それとも刺客がまた襲ってきたか。
そう思って、私たちはそちらを振り向いた。
「おぉおぉおぉ! 密猟者かコラァ!?」
「てめぇら誰に断ってこの島に入ったぁ? ぁあん!?」
「俺様にしか収穫できねえマカナの実を荒らしに来やがったか!?」
「ふざけんなコラァ!! しばでゅほぉう!!」
最後は聞き取れなかった。
私が風で飛ばした水筒が、スコーンと男のアゴを打ち抜いたから。
163 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 21:48:27 ID:vMmdACd2
「すみません、あの、勇者様の一行とはつゆ知らず」
「あ、ぼく、ここで収穫を任されている者です、ええ、チンケな収穫屋です、はい」
「最近入り込む輩が増えてて、ええ、追っ払うのに苦労してまして、ええ」
派手な色の涼しそうな服。
その上にごちゃごちゃと物の入ったチョッキのようなものを着ている。
へらへらと笑う顔は、軽薄そうな印象を受けた。
先ほどの汚い言葉遣いも、無理していたようだ。
「いやあ、もう、お好きに実でもなんでも取ってってもらっても、ええ、ええ」
164 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 21:53:34 ID:vMmdACd2
「いや、それがな、木の実を見つけられなくて」
「まあ、見た目を知らないっていうのもあるんですがー」
「お前、収穫屋なら実の形を知っているんだろう?」
「私、超ほしいんですよー、魔道士なので」
私たちの訴えを聞いた収穫屋のその男は、にやりと笑って言った。
「マカナの実はっすね、木の上のほうになるんですよ」
「上?」
「そう、すんげー上のほうに。だから誰も彼も怖がって、結局あきらめるんす」
165 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 22:04:23 ID:vMmdACd2 [4/18]
「上、ねえ」
私たちは上を見上げる。
木々が生い茂っていてあまりよく見えないが、あの上のほうに実があるのだろう。
そりゃあ、見つからないわけだ。
「採ってきましょうか」
そう言って、収穫屋の男はひょいっと木に飛びついた。
「ちょっと待っててくださいね、っと」
そうしてチョッキのポケットから色々と取り出し、上手に木を登っていく。
腰にロープを回し、手にはいつの間にか大きなグローブが着けられている。
ロープをぐいぐいとひねりながら、大して力も込めず、あっという間に上がっていった。
166 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 22:16:32 ID:vMmdACd2 [5/18]
「ほい、これっすわ」
彼が採ってきたのは、なんとも奇妙な実だった。
赤い実と青い実。
それが連なっている形は、少しさくらんぼに似ていた。
「変な実だな」
「まあ、珍しいですね。これね、同時に食べないと意味ないらしいですよ」
勇者と収穫屋の男は、二人して実の効能や食べ方について話している。
私はというと、木の上を見つめて、あることを企んでいた。
うまくいくだろうか。
でも、ちょっとやってみたい。
167 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 22:22:43 ID:vMmdACd2
「風、立ち~、ぬ!」
―――ぶわぁあああっ
私の周りに風が集まる。
足元に渦を巻く。
「いよっ!」
―――ゴォォォォッ!!
それを上方向に爆発させ、私は垂直に空を飛んだ。
「いやぁっ! 気持ちいいっ!!」
木の上のほうまで、あっという間だった。
そして、よく見ると先ほど見た赤と青の実がいくつか見えた。
168 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 22:32:28 ID:vMmdACd2
「つぶれません、よう、にっ!」
―――ゴォォッ!!
―――シュンッ!!
―――シュンッ!!
小さく鋭く尖らせた風の刃を、実に向かって放つ。
茎を少々切ったくらいでは風の刃の勢いは衰えないから、曲げて曲げて、たくさんの実を狙った。
―――ゴォォッ!!
―――シュンッ!!
―――シュンッ!!
「うふふ、なんだ私、うまいじゃん」
そして、ひゅーっと私は落ちてゆく。
「勇者様! うまく受け止めてくださいね!!」
169 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 22:40:45 ID:vMmdACd2 [8/18]
「え、なに? なんだって!?」
勇者は慌てている。
隣で収穫屋の男も、おろおろとしている。
「受け止めて! くださいね!」
「お前を!? 実を!?」
「実ですよ実!! 私はちゃんと風で着地しますから!!」
「ああ、まあ、さすがに重くて受け止めきれないしね?」
「バカ!!」
170 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 22:46:10 ID:vMmdACd2 [9/18]
無事に着地した私は、勇者のもとへ駆け寄った。
「どうですか!? すごいんじゃないですか私!?」
「いっぱい実を採ってきましたよ! しかもかなりのスピードで!」
「褒めて!! 褒めて!!」
べしっ
眉間に掌が来た。
痛くはないが、圧迫感がある。
ペットの気分である。
「わかったわかった、すごいすごい」
「二回言われると嘘っぽいですね」
「ただ、おれに相談してからやれよ」
「むぅ」
171 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 22:50:38 ID:vMmdACd2
「心配するから」
「……はい」
「あんな高くまで飛んで、ちゃんと着地できる保証はないだろう?」
「や、でも、あの追い剥ぎと同じくらいの高さですし……」
「バカ、危ねえよ」
ちょっと怒られちゃったけれど、マカナの実はたくさんゲットできたし、いいよね?
そう思って横を見ると、あの男はまだぽかんと私たちのことを見ていた。
172 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 22:57:17 ID:vMmdACd2
「……すごいっすね」
「なんか、勇者様の一行って言っても、たった二人かよ、とか思っちゃったんすけど」
「今の一瞬で、そのすごさの片鱗見せつけられたってか」
「あんな高さまで魔法でひとっ飛びする魔法使いがいるなんて、ってびっくりしたし」
「なんか、関係も、素敵だし」
もごもごと男は私たちを評している。
まあ、要するに褒めてくれているんだろうけど、なんだか歯切れが悪い。
本当は内気で、素直な人なんだろう。
そう思うと、なんだか可愛く見えてきた。
173 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 23:01:18 ID:vMmdACd2
「収穫屋、これで取り引きといこう」
勇者はそう言って、クリスタルのかけらをじゃらっと取り出した。
「全部はやれないが、少しだけ」
「これで、マカナの実をいくつか譲ってほしい」
「もちろん、もらう分はちゃんと自分たちで採る」
「な?」
私はぶんぶんと頷いた。
「どうだ?」
「どうですか?」
収穫屋は、またも口をぽかんと開けて、反応に困っていた。
174 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 23:12:11 ID:vMmdACd2 [13/18]
……
「いや、勇者様の一行ってのは、謙虚でもあるんですねえ」
「なんの話だ?」
私はあの後、何回か飛び上がって、マカナの実を切り落としていった。
結構実はたくさんあって、私は切り落とすのが楽しかった。
風の刃のコントロール練習にもなったし。
いいことずくめだ。
「お代がもらえるとは思ってなかったもんで」
「はは、ただでもらっていったら、盗賊と変わらんだろう」
「いや、でも過去には結構、横暴で横柄な勇者もいたって聞きますから」
「じゃあおれたちは、そんなんじゃないって示しながら旅をしないといけないな」
「やあ、伝わりましたよ、ほんと」
175 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 23:19:57 ID:vMmdACd2
かごいっぱいの実を、私たちは受け取った。
彼は、結局ほんのひとかけらしか、クリスタルを受け取らなかった。
「あ、忠告なんすけど、マカナの実は一日一回だけ、っす」
「二個食べても威力は上がらないっていうか、魔力がしぼんじゃうらしいんで」
「なんか逆境になると、二個食って限界を超えた魔力を! とかいう人が多いんですけど」
「そううまくはいかないらしくって、気を付けてくださいね」
「あと、片方でもだめっす、両方一緒に食ってください」
収穫屋の男は、島で私たちを見送ってくれた。
まだ卸す分を採っていくのだという。
176 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 23:27:06 ID:vMmdACd2
―――ゴォォォォッ
「なあ」
「はい?」
「おれたちは、勇者の一行として、おごらず、焦らず、胸張って先に進もうぜ」
「ええ、『取り引きだ』って言ってた勇者様、格好良かったですよ」
「だろ?」
「『これはもらっていくぜ、フハハハハ』とか言わなくて、ほんとよかったです」
「だろ?」
177 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 23:35:42 ID:vMmdACd2 [16/18]
―――ゴォォォォッ
「で、やせ我慢も勇者には必要なわけだが、ちょっと言わせてくれ」
「はあ」
「お前の風、痛い!」
「え」
「おればっか切り刻んでくるから! 行きと違って痛いから!」
「はあ、勇者にはおごりも焦りも禁物、って」
「我慢の限界だから! お前なに涼しい顔してんの!? 勇者をボロボロにしながら空飛んで、なに涼しい顔してんの!?」
「いやあ、ちょっと空飛ぶコツ掴んだかなーって」
「行きの繊細さ思い出して!? いや行きも繊細とは程遠かったけど!?」
178 以下、名無しが深夜にお送りします 2017/08/31(木) 23:40:52 ID:vMmdACd2
湖のほとりに無事に着いた私たちは……
「おい! 無事じゃねえぞ! 嵐を抜けたみたいにズタズタになってんぞ! 主におれが!」
湖のほとりに無事に着いた私と、なぜかズタズタに切り裂かれた勇者は……
「なぜか、じゃねえよこのタコ!!」
湖のほとりで休んだ後、近くの小さな村を目指して歩いていた。
「今日のダメージ、全部お前からだよ!!」
179 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/08/31(木) 23:45:35 ID:vMmdACd2 [18/18]
もう8月も終わりですね……
夢魔道士ちゃんもつっこみをするようになりました
とりあえず4章まで終わりましたが、引き続きお楽しみいただければ幸いです ノシ
180 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/09/01(金) 01:26:15 ID:L6grMUsM
乙
181 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/09/01(金) 08:02:55 ID:p8a9SJw2
おつおつ
面白い
182 以下、名無しが深夜にお送りします sage 2017/09/02(土) 04:14:16 ID:stvzCj6E
夏休み終わっても中略乙。
続きはこちら
夢魔道士「夢をみたあとで」②
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-97.html
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