
Fool on the planet #11~#15
参考曲:Fool on the planet / The Pillows
#11 墓石八雲は後輩想いである
#12 筧翔馬は嘘を吐く
#13 登坂鶏介はまっすぐである
#13.5 教えて! 志摩隊長!
#14 百瀬縁はおせっかいである
#15 牧野雨音はツイている
#11 墓石八雲は後輩想いである
#12 筧翔馬は嘘を吐く
#13 登坂鶏介はまっすぐである
#13.5 教えて! 志摩隊長!
#14 百瀬縁はおせっかいである
#15 牧野雨音はツイている
#11 墓石八雲は後輩想いである
墓石八雲(はかいしやくも)は後輩想いである。
しかし、本人は清潔感を大事にし、言葉遣いにも気をつけているのだが、後輩に怖がられてしまう見た目をしているらしい。最近入隊した難波隊の新入りにはまだ会わせられないと陰口を叩かれているらしい。まったく不本意である。目つきの悪さを気にして、コンタクトではなく眼鏡をかけているが、それも逆効果だと後輩に言われたことがある。甚だ遺憾である。
同期入隊ではないが、志摩夕暮とは同い年である。気も合い、お互い隊長ということもあって一緒に酒を飲むことも多い。志摩のお気に入りの居酒屋や焼鳥屋なんかが大阪支部の近くにあるため、ときどき誘い合っては飲みに繰り出す。八雲は自我が保てる程度にしか酒をたしなまないが、志摩はべろんべろんになるまで飲む。普段FCC隊員として活動しているときに自分を堅く律している反動なのではないかと八雲は考えている。もちろん非番の日にどれだけ飲もうが前後不覚になろうが、他人や店に迷惑をかけるのでないなら、とやかく言われることではない。だから八雲はうるさく言わず、志摩の好きなように飲ませている。
しかし、後輩がいる前でその失態を見せるのは止めてやりたいとも思っている。
「志摩さぁん、グラス空ですよー」
「あー、おー、じゃあ同じのもう一杯」
「はい。店員さん! これ、同じのください。濃い目で」
「濃くしなくていいんだよぉ明治よぉ」
明治は普段はあまり喋らないが、八雲と志摩と飲むときはわりと饒舌になる。この姿を難波隊のやつらは知っているのだろうか。八雲自身も、初めて見たときは驚いたものだ。
「八雲さぁん、グラス減ってないですよー」
「おれはこのペースでいいんだよ、ゆっくり飲ませろ」
「はぁい、あ、このからあげ、もらいますよー」
「食え食え、若者」
「おれの……からあげ……」
「ゆうくんの言うことは無視していいから」
年の離れた野郎二人に挟まれて、堂々と、そしてマイペースに飲むこの後輩を、八雲は不思議がっている。同隊の綾式はあまり飲まないと聞いているが、それでも女同士で飲みに行ったりしないのだろうか。なぜわざわざ八雲と志摩の飲みについてくるのだろうか。
かといって別に邪険に思っているわけでもない。男二人のむさくるしい飲み会よりもずいぶん楽しい。べろべろになった志摩を運ぶのも、明治と二人でなら容易い。
「明治、お前はどうするんだ、次」
明治のグラスがもうすぐ空きそうだ。
「あ、私は同じのにします、また」
「気に入ってるな、その焼酎」
「ええ、最近はこればっかり、ふふふ」
20歳の飲みっぷりじゃねえな、と八雲は苦笑する。「やわらぎ」とかいう焼酎をいろいろな割り方で飲み続けている。
「お前の飲みっぷりを見ていると気持ちがいいぜ」
「えへへ、ありがとうございます」
たいして酔っているようにも見えない。この3人の中でも、一番の酒豪だろう。
志摩がテーブルに突っ伏してしばらくが経ち、明治のグラスも八雲のグラスも空いたタイミングで、店を出ることにした。いつもと同じくらいの時間だ。
「大将、お会計」
「あいよっ! いつもどうもね!」
すっかり顔も覚えられている。店が少ないわけではないが、この辺でこのメンバーで行く店と言えば限られている。だいたいが志摩のお気に入りの店だ。
「いつもごちそうさまです」
「おう」
「志摩さんも、ありがとうございます」
「……ぉぅ」
返事が返ってくるとは珍しい。今日の志摩はまだ意識があるらしい。
「どうします? もう帰ります?」
「んー、もう一軒行きたい気分なんだけどな、おれは」
「……近江君、呼びましょう」
明治のこういう話の早さが、無駄のなさが、八雲には心地よく感じる。
「あ、いいですね、じゃあ私もご一緒します。だけど、志摩さんどうしましょう。もう飲めそうにないですよね。ていうか歩けそうにないですよね。置いていくわけにもいかないし……同じ隊の近江君を呼び出して志摩さんを運ばせましょうか」という流れを一言で完結させた。
「うちの隊長が、いつもすみません」
「いやいや、悪いが部屋まで頼む」
志摩隊の佐原がすぐに駆けつけてきた。身体が大きくて大人の余裕がある男だが、明治よりも年下だ。
「近江君、20歳になったら一緒に飲もうね」
「あ、はい! ぼくきっと強いですよ。両親とも酒豪でしたから」
それはそれは頼もしい。
年の離れた後輩がどんどん20歳になっていくのは嬉しい反面、自分がどんどん歳をとっていくのが寂しい気持ちもある。
「じゃ! お疲れ様です! お二人も飲みすぎないでくださいよ」
「わかってるわかってる」
「ありがとねー」
佐原が軽々と志摩を担ぎ、FCC大阪支部へ帰っていった。よほどの事情がある者以外は、基本的に大阪支部に部屋がある。八雲と明治も、結局帰る場所は同じである。
「私たちの戸籍ってすでにいじられてて架空のものなんだから、年齢もごまかしてくれたらいいのに」
明治は今20歳だ。居酒屋で年齢確認をされることもある。
「そしたら近江君ともすぐ飲みに行けるのに」
実際の年齢よりも年上に偽造した免許証や身分確認証、やろうと思えば作れるだろうな。なにせすでに世間的に死んでいるはずの八雲や明治の戸籍がちゃんとあるのだから。
「未成年者に早まって酒を飲ませるメリットはねえよ。20になるまで気長に待ってやろうや」
「……そうですね。私の時もちゃんと待ってくれましたもんね」
「待ったのは、お前だろ」
明治は八雲と志摩が時々飲みに出かけていると知った瞬間、自分も行きたいと言った。物静かで他者に寄っていくタイプではないと思っていた八雲は、ポカンとしたものだった。
「20歳まで待てたらな」そう言って、八雲と志摩は断った。しかし明治はその約束をきちんと守り、今はこうして飲み仲間となった。八雲が言った通り、待ったのは明治の方だった。
「いらっしゃい、おう、久しぶり」
八雲が選んだ店は、ときどき一人でも使っていた餃子がメインの小さな居酒屋だった。
「二人で」
「あいよ、珍しい」
カウンター席に明治と座る。
あんまり焼酎は置いていないし、メニューは餃子ばかりでバラエティに富んでいないし、明治は気に入るだろうかと心配だった。
「わ、この餃子、気になります」
「えびのやつな。うまいぞそれ」
「あー、迷うなー、いろんな種類をちょっとずつ頼みましょうよ」
「……いいなそれ」
「この黒のやつとー、えびのやつとー、あ、辛いやつもいいですね」
一人ではできない頼み方だ。明治のテンションは高いままだったので一安心する。
「二度目のかんぱーい」
二人してビールのジョッキをぶつける。明治は焼酎好きだが、こういうところでは普通のビールも飲むのだと知った。
「八雲さん、そういえば和歌山遠征、どうでしたか」
「ん? 楽しかったよ」
「ゆずさん、会えました?」
「ああ、元気そうだった。また強くなってたぞ、あいつ」
明治の言う「ゆずさん」は、難波隊の前身、日野隊の頃の明治のチームメートだ。今は和歌山で柏木隊を率いている。いわゆるヘッドロック、じゃない、ヘッドハントされて和歌山へ異動になった隊員だ。
「八雲さんが和歌山行ってた間、龍君も虎君も寂しそうでしたよ」
「んなことないだろ、あいつらが」
「沙尋ちゃんも寂しそうでしたよ」
「それが一番嘘だろ、あいつしれっといつも通り訓練室こもって過ごしてただけだろ。今日も『あ、隊長、いつの間にか帰ってきてたんですね。おみやげないんですかおみやげ』とか言われたぞ」
八雲の隊は全員が独立志向というか、それぞれが個別に戦える実力がある。八雲がひとり和歌山支部に戦術指導に行っていても、問題なく3人で戦えるだろう。制度上そういったことはできないことになっているが。
「墓石隊って、みんなそれぞれ強いですよね」
「ん……まあ、そうだな」
八雲がいなくても、それぞれ訓練して勝手に腕を上げていることだろう。
「私も八雲さんに戦術指導してほしいです、また」
「……お前はもう十分強いじゃないか」
「……まだです。まだ、全然足りない」
明治がジョッキを置いた。
「新隊員のみゆきちゃんは近江君に指導されてぐんぐん伸びてる。フール化も、もう1時間を超えたって聞きました。環はミスしない、ミスしてもリカバリーが早い。理子先輩は一番欲しいタイミングで一番欲しいアシストをくれる。でも私は……」
うつむきながら明治が心情を吐露している。八雲は黙って、次の言葉を待つ。
「私はまだ、迷ってる。一瞬の躊躇が命を左右するってわかっているはずなのに。新隊員の命を危険にさらすわけにはいかない。連携の精度も上げないといけない。年長の私が頑張らないといけない。なのに……一瞬の躊躇が、迷いが、なくせない」
この間の出動のことを言っているのだろうか。八雲が和歌山へ行っていた間に大阪で起きたカテゴリー3事件のことだ。そのときの明治に、なにかそう思わせることがあったのか。
「市民に被害はなかったんだろ」
「……はい」
「環も、理子も、無傷なんだろ」
「……はい」
「で、そのとき倒したフールが今の新人なんだろ」
「はい」
「なにが問題なんだ?」
八雲には明治の迷いがよくわからなかった。もっと自分の言葉で語らせないといけない。自分にできることはしてやりたいが、最終的に解決するのは明治自身だし、おそらく難波隊の仕事だ。
「剣道をやっていたとき、相手と1対1で向きあって、余計な思考が入る隙はなかったんです。自分が勝つことだけに集中できていたというか。負けてしまっても自分の責任で、自分が悔しいだけで。誰にも迷惑はかけなくてよかった。でも、FCCの戦いは市民や隊の仲間を守るための戦いでもあって、そして相手を殺すのではなく救う戦いで……だから……私は戦闘におけるキャパが少ないんですよね、きっと。だから迷いが出る。環にも言われました。『迷いが出てる』って」
これが明治の迷いか。相手に勝つための戦いではないことに、まだ慣れることができないでいる。よく言えば慎重で冷静。だが環のような直情型から見れば、優柔不断に見えるかもしれない。
「……よし、これ食え。食って元気出せ」
残っている餃子の皿を押しやる。
「こっちはおれが食う」
一部は自分で平らげる。そしてビールで一気に流し込む。
「八雲さん?」
真剣な相談を適当に聞いていたと思われたかもしれない。だが八雲には、他に励まし方がわからないのでこう言った。
「すぐ帰って訓練室で特訓だ。オペに無理言うことになるが、まあ、特別に許してもらおうぜ。悩むヒマないくらいしごいてやるから」
「……はいっ!!」
明治が嬉しそうな顔でいい返事をした。
墓石八雲は後輩想いである。その範囲は隊の垣根を越える。
#12 筧翔馬は嘘を吐く
筧翔馬(かけいしょうま)は嘘を吐く。
それが友だちへの話題提供のひとつだったし、それで誰が傷つくわけでもない。嘘の自慢をすることはあっても、誰かを悪く言うような嘘はほとんど吐いてこなかった。友だちも「それは嘘やろー」なんて言いながら、翔馬の嘘を楽しんでくれていたと思う。
「おれのおとん、FCCの隊員やねんで」
はじめに言い出したのはいつのことだっただろう。
「だけど誰にも秘密やから、言いふらしたらあかんで」
「お前が言うてるやんけ!」
もちろん嘘だった。
だけど、そう言うことで自分の父を感じられる気がしたのだった。
「ほんなら家に制服あんの?」
「ないねん、基本泊まり込みやから、うちにはなんも置いてないねん」
「嘘っぽー」
本当のFCCがどんな風に働いているのか、翔馬は知らない。
町中をパトロールしている姿くらいしか見たことがない。
「そもそも大阪支部でもないねん」
「え、なんでなんで?」
「FCC隊員の素性って内緒にしとかなあかんから、住んでるとこと別の支部に入るねん」
「へえ、そうなんや。って今まさに素性晒しまくっとるやんけ!」
翔馬の周りは楽しいやつらばかりだ。
翔馬の嘘を楽しみながらぎゃははと笑ってツッコんでくれる。
ただ自分は会話を楽しみたいだけ。友だちを笑わせたいだけ。そのためにどんな適当なことも言ったし、それで自分の立場がどうなるかなんて、考えていなかった。
――――――
「知ってる? カテゴリー4のフールの話」
「え、なにそれなにそれ」
「カテゴリーって3までちゃうん?」
その日も翔馬は、学校からの帰り道、思いついたでたらめを友だちに披露していた。
「あんな、歴史上一回だけ出たらしいねん、カテゴリー4」
「うっそやー!!」
「さすがにそれは嘘やん」
「ほんまやねんて! 都合の悪いことやから大人が隠してるだけでな、だいぶ昔に一回だけあったんやて」
「じゃあなんでショーマはそれ知ってんねん」
「おじいちゃんがFCC隊員やった頃の話、おとんから聞いてん」
「FCCなんはおとんやろ?」
「おじいちゃんもやってん」
「都合ええなあほんま」
「嘘ちゃうって!!」
翔馬の話の中では、いない父親も、死んでしまった祖父も、英雄になれる。
「アメリカでな、なんか地下通路が陥没した事故があってんけど、実はそれは、一瞬だけ出現したカテゴリー4のフールやったらしいねん」
「一瞬だけ?」
「うん、でもその一瞬でな、でっかい穴が道路に開くくらいの被害が出たんやて」
「でもただの事故扱いになってるってこと?」
「そうそう、だってカテゴリー4もおるなんて知られてみ? パニックになるやん」
「まーなあ、3よりもっとやばいやつなんやろ? 逃げるヒマもないわ」
「おれらみんな塵にされるで」
「怖っ」
「あっはっは」
厳密に言えば完全な翔馬オリジナルの嘘というわけではない。ネットで拾った都市伝説を混ぜて喋っている。眉唾物の話ばかりだが、翔馬には信憑性などどうでもいいことだった。
「ほんでなんでそれをショーマのじいちゃんが知ってんねん」
「そんときアメリカ勤務やったらしいで」
「んなアホなwww」
ふとそのとき、視界の端に映ったFCC隊員が、翔馬たちの方を見ていたような気がした。
「?」
そちらに目を向けると、もう逸らしていた。
FCC隊員に聞かれるような場所でFCCのホラ話をするのは危ないかもしれないな、と翔馬は少し反省した。
――――――
その日の帰り道は、なんだか変だった。
いつも一緒に帰る友だちも、みんな用事があるとか迎えがあるからとかで、翔馬は一人で帰っていた。楽しく話す相手のいない帰り道は、ずいぶん寂しいものだった。その帰り道、異様に人が少なかったのだ。
「……なんか人少なくない?」
独り言も、どこか寂しく響いた。
誰もいないわけじゃない。
しかし、いつもなら行き交う客で賑わう商店街も、小学生や中学生が通る通学路も、がらんとしている。ほとんど人がいない。いつもは店先に出ている店員も、姿が見えない。
「……世界の終わりってやつ?」
空元気で呟いてみるも、ぞっとしてしまい、逆効果だった。
「ちょっとお時間いただきますよ」
「うぉああっ!?」
突然背後から声がかかり、翔馬は文字通り飛び上がって驚いた。
「少し人にはけてもらいました。そこの、猫の額みたいに狭い公園のベンチまでご同行願います」
「オイオイ、そんなガキに丁寧な物言いは逆効果だろ、ビビってんぞそいつ」
「彼がビビってるとしたら君の『ガキ』発言とその高圧的な物言いにだろ」
「んだとコラ」
「いいから、話が進まないじゃないか。引っ込んでろよ」
FCC隊員が二人口喧嘩をしているのを、翔馬は信じられない思いで見つめていた。
「はけてもらった」と言ったのか? 今ここにほとんど人がいないのはこの人たちのせいなのか? まさか友だちがみんな都合が悪くて自分一人で帰る羽目になったことも? いやそれはさすがに違うのでは?
翔馬は混乱する頭で、なんとかFCC隊員に連れられ言われるがまま公園のベンチに座っていた。
「君の名前は?」
「あ……え……筧……翔馬です……」
「君のお父上の名前は?」
「え?」
「あと、おじいさんの名前も」
FCC隊員による質問が続く。
その間も、通りに人気はほとんどないままだった。散歩の主婦や下校の学生、いつもなら公園で遊んでいるはずの幼児や母親も見かけないままだった。
「OK、ちょっと照会するから待っててね」
プシュ
「わ!?」
今まで話をしていた方ではない隊員が、不意打ちで翔馬になにかをスプレーした。
「ちょっとネコ、急すぎるよ!」
「いーんだよ、どっちにしろ黒だろ」
「まだわかんないだろ、そんなの」
「ただのホラ吹きのガキだったとしても、どちらにせよ『処理』させてもらわねーと、なあ?」
スプレーした方の隊員がゆっくりとこちらを向く。
翔馬は姿勢を保とうとするので精いっぱいで、揺れる視界と響く会話の声で朦朧としていた。先ほどのスプレーになにかあるのだろうか。当たり前か。ただの水をかけられたとは思えない。
「オイ、後学のために教えてやる。本当にFCCの関係者だったらなあ、フールの『出現』なんて表現は使わねえんだよ。『発現』だ、覚えときなガキ」
「ちょっと、後学なんて必要ないから!」
「あ? あー、そうか、どうせ忘れるもんな」
「そうだけどそうじゃないよ!」
そして、なんだかよくわからない機械を翔馬の頭に当てた。
「あ、あー、オペレータールーム」
『はいどうぞ』
「使用許可願います。コード745HA02」
『745HA02、はい、受け付けました。30秒以内にお願いします』
「って、わけで、悪いなガキ、これもFCC隊員の『オシゴト』なわけよ」
「おいちょっとネコ、君ねえ、ガラ悪すぎるんだよ。FCCの印象が悪くなるだろ」
「どうせ忘れるんだから細かいこと言うんじゃねえよトカゲ」
ネコ? トカゲ? コードネームかなにかだろうか。
FCCって本名で呼び合わないんだ。やっぱり身元を隠すためなんだ。
もしかしてバレたら困る人たちなのかな。元犯罪者とか? さすがにそれはないか。
「忘れる」って、なにをされるんだろう。殺されるとか……じゃないよな? 記憶を消すのか? そんな技術があるの? でも仮に消されたとしても、目撃者はいなさそうだ……そのために……人を寄せつけなかったのかな……ああ……眠い……。
「悪く思うなよ、お前が調子よく喋り倒してたホラ話、アレな、一部当たってたんだわ。だから二度とあんな話言いふらすんじゃねえぞ。じゃねえとあの友だちみーんな、同じことしなきゃなんねえから。面倒だろ?」
「だから余計なこと言うんじゃないよ。さっさと終わらせてくれ」
「はいよ、じゃあな」
ピピッ
シンプルな電子音とともに、機械からなんらかの衝撃が伝わってきた。
翔馬の視界は、ゆっくりと白く霞みがかり、そして意識を失った。
――――――
「どーしたんショーマ、なんか元気ないやん」
「んー? 別にそんなことないで?」
友だちと下校中、翔馬はFCC隊員が二人並んでこちらを監視しているのに気づいていた。友だちには目もくれない。翔馬だけを見つめている。
居心地が悪くなり、すぐに目を逸らした。
「今日もFCCのこと教えてやー、裏話」
「おーせやな、あ、今まで言うてきた色々、あれ全部嘘な」
「え、まじで!?」
「嘘って言っちゃうん!?」
「FCCのことはだいたいなんも知らん。でもな、市民を守ってくれる立派な組織やで」
自分でも思っていない言葉が口から出た。
しかしそれはなぜか、翔馬の気持ちをスカッとさせた。
「おー、こえーこえー」という呟きが遠くから聞こえた、気がした。
筧翔馬は嘘つきだった。昨日まで。
#13 登坂鶏介はまっすぐである
登坂鶏介(とさかけいすけ)はまっすぐである。
猪突猛進と揶揄されることもあった。集中すると周りが見えなくなると言われたこともあった。まだ若いんだからと窘める大人もいたし、そのよさを伸ばすべきだと褒めてくれる大人もいた。
自分がFCC隊員になったからには、自分がなんでもできるようになって、自分がみんなを救いたいと願った。他の誰でもなく、自分がやるべきだと思ったし、他の誰でもなく、自分が率先してヒーローになりたいと思った。
「登坂、お前は自分の体を顧みなさすぎる」
志摩隊長にそう言われ、落ち込んだことがあった。
「隊長、だけど、オレなら大丈夫です。誰よりも回復速度は速いと自負しています。少々のダメージはないようなものです」
「その戦い方を、改めろと言ってんだ。草村と連携して、もっと落ち着いて戦えばダメージなんか負わねえはずだ」
自分のアイデンティティを否定されたようにも感じた。
もちろん隊長が鶏介自身のことを案じてくれているのはわかっている。それがわからないほど子どもではないつもりだった。それでも。
「鶏介くんは素早いから、左右にもっと振って戦えばフールも翻弄されると思うよ」
「けいちゃんはまっすぐ突っ込みすぎなのよ。私が同じように突っ込もうとしたら止めるくせに」
近江さんにも、ミドリにも、窘められた。訓練でも、実戦でも、鶏介はまだ自分の戦い方を定められないでいる。
――――――
「さて、みゆきちゃんのフール化も安定してきたことだし、そろそろ武器を使っての戦い方を教えていこうね」
近江さんが最近戦術を教えているという、難波隊の新入りと初めて対面した。
なぜかその訓練に鶏介も呼ばれたのだ。
「こちら、志摩隊の登坂鶏介くん。僕と同じ隊だよ。みゆきちゃんよりも年下だけど、いろいろ教わってね」
「あ、はい、よろしくね、鶏介くん」
鶏介は志摩隊でもミドリと並んで最年少、FCC大阪支部でもそうだ。新入りとはいっても、また鶏介よりも年上。いつまで経っても年下の後輩ができない。
ぶすっとしている表情が気になったのか、近江さんがフォローを入れた。
「鶏介くんはとっても素早いから、近接戦闘、あ、ナイフとかの近距離用の武器で戦うことね。それがすごく得意なんだ」
「……別に、普通です」
鶏介はそっけなく謙遜した。
「さて、難波隊のバランスを考えると、みゆきちゃんにはハンドガンから試してもらうのがいいかなと思うんだけど、どうかな?」
近江さんは新入りではなく鶏介の方に話を振る。
「……そうですね、環隊長は超近接戦闘バカだし、明治さんも近距離からの崩し、理子さんは狙撃だし、まあ妥当なのは銃でしょ」
「だよね! じゃあみゆきちゃん、さっそく銃の取り扱い方を教えていくからね」
じゃあなぜ鶏介は呼ばれたのか。鶏介は短剣二本で戦うスタイルだ。ミドリと同じ。
近江さんはショットガン型とはいえ銃型兵器の取り扱いには慣れている。だから鶏介より指導に向いているだろう。スタイル的には志摩隊長が一番向いていると思うが、他隊の新人に指導するよりは自分の隊をきっちり指導する方を優先しそうだ。龍之介さんは……まあ、なしか。相性的に。
やはり鶏介は自分がここに呼ばれた理由がわからないでいた。
「よし、じゃあ、ちょっと鶏介くんを撃ってみようか」
この一言で、鶏介は自分が呼ばれた理由を理解した。
「ひええ、え、この子を撃つんですか!?」
「この子」と言われたことにカチンときた。こっちゃ先輩だぞ。
「顔と心臓以外だったらどこでもどうぞ」
少々ふてくされた声が出たが、鶏介は大真面目にそう言った。
一応短剣を構えて顔と心臓への誤射に備える。さすがに直撃したら鶏介でも危ない。
「はい、じゃ、足を狙ってみて」
「ひ、ひぃぃい」
ぶるぶると震える腕で鶏介の足を狙っている。
そんな緊張して当たるもんか。
バシュン!
最初の弾は足元には来たが、まったく当たらなかった。
バシュン!
二発目もハズレ。
しかし、すぐに引き金を引けた胆力には驚いた。
案外クソ度胸があるのかもしれない。
バシュン!
三発目が一番近かった。つま先の先ほどに着弾。次は当たりそうだ。
「もうちょい、頑張って」
応援する心の余裕も生まれた。
「左手に力込めて。右手は力抜いて」
アドバイスする余裕も生まれた。
自分は銃型をほとんど使ったことがないが、そういう基本は聞いていたから知っていた。
「……はいっ」
バシュン!
四発目でようやく鶏介の左足に着弾。足がはじけ、鶏介はバランスを崩し膝をつく。
「ああああっ! だ、大丈夫!?」
悲鳴を上げる新人に笑いかけながら、鶏介は落ち着いて立ち上がった。
「オレの回復速度はここで一番早いよ。全然大丈夫」
制服は回復しないので素足になる。しかし傷ひとつない。いつものことだ。
これくらいの傷は数秒、いや1秒ほどで元に戻る。膝をついていた時間も一瞬のことだった。
「あ、なーんだ、そっか、よかったぁ~」
しかし新人のその能天気な言葉に、なにかがチクリとした。
なんだ? なにも問題のないやり取りではなかったか?
フール兵器の試し撃ちに使われることは珍しくなかっただろう?
自分でもこの回復速度を売りにしているし、自画自賛してもいるだろう?
「じゃあ、次、みゆきちゃんの番ね」
「え?」
「はい鶏介くん、これで同じように撃ったげて」
近江さんは鶏介にハンドガンを手渡した。
「え? え?」
新人は二人を交互に見て、状況が理解できていないようにおろおろしている。
「……じゃ、同じように、左足に当てるから」
「え? え?」
バシュン!
「……え?」
新人が膝をついて茫然とした顔で虚空を見つめている。
「ぁぁああああっ!! い!! いいい痛いぃぃぃぃいい!! ぅうぎぎぃいいい!!」
遅れて痛みを感じたのか、一転叫びながらのたうち回っている。
鶏介よりはずいぶん遅いが、それでも10秒ほどで撃たれた左足は元に戻っていた。
「もう大丈夫だと思うけど?」
「……あれ? ……ほんとだ……治ってる」
すぐに回復するからといって、痛みも感じないわけではない。足が吹っ飛んだのだ。軍人だって叫ぶだろう。それを実感させるために近江さんは鶏介に撃たせたのだろうが、それにしてもやり方が意地悪だ。こんなことをする人だっただろうか?
「ごめんね急にこんなことさせて」
殊勝に謝る近江さん。だがその視線は、新人ではなくこちらを向いていた。
「え?」
「鶏介くん、君のその高い回復能力は、FCCに欠かせない素晴らしい戦力だよ。だけど、それが一般的だと周りに思われることは、回り回って君の為にもFCCの為にもならない」
この温厚な先輩に、ガツンと殴られた気がした。
鶏介の回復を見て、この新人は気が緩んだということか。
「みゆきちゃんは、これからたくさん戦闘をして、経験を積んでいくだろうね。大きなケガをすることもあるだろう。殉職したFCC隊員だって過去にたくさんいるんだから、その可能性も考えておかないといけない。だけど、心のどこかで『ケガをしても回復するから大丈夫』『すぐ回復するからどうせ痛みは一瞬』と考えていたら、痛い目にあうよ」
新人も鶏介も、黙って聞いていた。耳が痛い話だった。
「みゆきちゃんが、『あ、なーんだ』って言ったとき、鶏介くん、腹が立たなかった?」
「それは……えっと……はい」
「『撃たれても大したことないんだ』って思われた気がしたでしょ?」
「……はい」
鶏介の一瞬の揺らぎも、先輩にはお見通しだった。
「それから、もし一般市民が、君の戦いを目にする機会があったとしたらどうだろう。身体を欠損させながら、叫ばず痛がりもせず、敵に立ち向かう。頼もしいヒーローに映るだろうね。応援してもらえるだろうね。だけど、例えばそのあと、みゆきちゃんが今みたいに痛がっていたら、市民はどう思うだろう。『あっちは痛がりもしないで頑張っているのに、情けないやつだ』『あいつは弱いな』『軟弱者だな』と思われてしまわないかな」
「……」
考えたこともなかった。ただ自分が突っ込んで、早く制圧してしまうのが一番だと思っていた。自分の戦う姿が市民に見られるかもなんてことも、考えていなかった。付近は避難指定されるし、ジャミングによって自分たちの姿は撮影されないようになっている、と心のどこかで安心していた。
「さらに言えば、戦う君の姿を見て、『怖い』と思う人もいるかもしれない。手足が吹っ飛んでも、気にせず戦う姿は、『化け物じみてる』ってね。FCCは手足が吹っ飛んでも敵と戦うバトルジャンキーだ、化け物集団だ、そんなふうに言う人もいるかもしれない」
「もう……わかりました……すみません……オレの考えが浅かったってことは……よくわかりました」
鶏介は、自分がここに呼ばれたもっと大きな理由を理解した。
きっと、志摩隊長が言い出したことだったんだろう。
そしてこの人は、優しい先輩は、嫌われ役をあえてやってくれたに違いない。
「ありがとうございます」
「ん、いい顔になったね」
自分の戦闘スタイルを見直そう。確実に攻撃を避ける。まずはそこから。大振りな攻撃だけでなく、細かい、例えば針とかを飛ばしてくるタイプのフールでも、全部避けられるくらいの戦い方を。
「さて、じゃあ次は射撃訓練と、疑似戦闘訓練だね。オペレーターさんに頼んで、過去のカテゴリー3と疑似的に戦ったり、耐久力だけ異様に高い個体を出してもらったりもできるし、いろいろ試していかないとね」
「戦えるようになったら、オレも相手しますよ」
「あ、いいね、ぜひ頼もうかな」
やはりこの人は優しい。
後輩二人を指導して、嫌われ役もこなして、近江さんこそ志摩隊のバランサーとして欠かせない素晴らしい戦力だ。いつかこんな風になれたら。
「じゃ、オレ、ちょっと試したいことできたんで、『ルーム』借りて一人で訓練してきます!!」
二人に一礼し、鶏介は訓練室のうち一番大きな「Dホール」を飛び出した。今からでも他の小さな訓練室「ルーム」のどれかを借りて個人的に訓練をしよう。オペレーターさん、空いてるかな。
「彼の一番のよさは、あのまっすぐさだよね」
そう近江がしみじみと呟いたことを、鶏介は知らない。
#13.5 教えて! 志摩隊長!
あー、FCC大阪支部、志摩隊隊長、志摩夕暮だ。
今日はぁ、えー、大阪支部のつくりとか、オペレーターのこと、話すぞ。
地下に7つ、仮想訓練室があるんだが、最近佐原が難波隊の新入りに稽古つけてんのがDホールってとこだな。一番大きくて、いろんなことができる。町中風にしたり山の中みたいにしたりすることもできる。仮想空間だから、過去のカテゴリー3フールを模したデータと戦うこともできるぞ。義務付けられている訓練は特にないんだが、わりとみんな自主的に訓練に励んでいるようだ。
Aルーム、Bルーム、Cルームは少し細長くて小さめの訓練室だ。
個人的な訓練に使う連中は、だいたいここを使う。射撃訓練をはじめとしたフール兵器の使用訓練が多いな。二人で使うには狭いというわけではないんだが、やはり二人以上で訓練室を使うとなると、Dホールを使うことが多いな、うん。
Eルーム、Fルーム、Gルームも同じく小さめの訓練室だ。ABCとほとんど同じなんだが、あとから増設されたので割り振られたアルファベットが離れている、ってだけだな。
ただ、訓練室を使用するにはオペレーターのサポートがいる場合が多いな。フール兵器はじめ、いろいろな備品とか装備品を出したり、部屋の設定を変えたり、隊員のデータを取ったりとやることが多いんだ。筋トレで強くなるわけじゃないが、フール体で訓練を重ねれば強くなることができる。どれだけ能力が伸びたかってことも、オペレーターがいれば調べてもらえる。ああそうそう、うちの支部にはめちゃくちゃ強いジジイやババアもいるんだ。年齢で衰えるってことを知らねえベテランたちだな。おれももう若くねえって思ってるんだが、あの人たちが現役はってる以上、おれもやれるだけやろうと思えるな。いいお手本だぜ。
えーと、あとオペレーターはそれぞれコードネームみてえなもんがあるんだ。いざというときの通信で呼びやすいようにな。チーフオペを担うことが多いのは最近だとオレンジとピーチだな。オレンジは下の名前が「未果」だから、ミカンを連想してついたコードネームだな。ピーチは「百瀬」だから、そのまま桃だな。そんな感じで、適当に呼びやすくて短い単語が使われるみてえだ。他にも何人かチーフ経験者がいるが、大阪支部はわりと若手にどんどんチーフをやらせる方針だから、一線を退いてたりする。サブにも何人か若手がいるし、大阪支部は人口比的に忙しいところだから、他所から結構新人が放り込まれて鍛えられてるみたいだな。
カテゴリー3が出たときみたいな非常時には、チーフ一人、サブ一人が必ず付くんだが、それ以外の時も訓練のサポート、各地監視カメラの見張り、データの解析、といろいろ忙しいようだな。おれにゃあできない仕事だから、いつも尊敬してんだ。ほんとだぜ?
えー、そんなもんか?
あ、各支部には地下通路が必ずある。ただの通路じゃなくて、「フール体」もしくは「フール体を有した物を身につけた人間」を移動させるワープみたいな装置があるんだ。それで現場近くへあっという間に飛べる。カテゴリー3が発現してから暴れ出すまで、だいたい1分くらいだ。だから、できるだけ早く現場に着かなくちゃいけねえからな。
あと、例えば大阪支部から別の支部、東京本部、とかにも飛べる。一応県をまたぐときは申請がいるんだが、めちゃくちゃな非常時(例えばカテゴリー3が同時に10体出た、とか)ならその手順はすっ飛ばされる。そんな事例はほとんどないけどな。一応。
やっくん(墓石八雲)が和歌山支部に実技指導に行ったときも、それを使ったはずだ。だから、和歌山まで行くのも一瞬だ。便利なもんだぜ。FCCに入るまではそんな移動手段は知らなかったもんだから、和歌山だって遠いと思ってたのによ。
えー、じゃあ、これで終わり。
おれはこういうの一番向いてねえんだよ。次はもうちょっと喋るのがうまい隊員に頼みたいところだな。
#14 百瀬縁はおせっかいである
百瀬縁(ももせゆかり)はおせっかいである。
『志摩隊の佐原です。難波隊の茅野隊員とともに、Aルームを使いたいのですが、お手すきのオペレーターさんはいますか?』
「はいはーい、本日のサポートはピーチでーす。Aルーム使用を許可しまーす。どうぞー」
『あ、ありがとうございます』
「連日大変ですねえ。本日の第一出動は斎藤隊、第二出動は墓石隊。志摩隊も難波隊もオフなのにご苦労様でーす」
FCC大阪支部のオペレータールームに勤めて3年目。キャリアは短いものの、広い視野での指示、避難誘導に優れるという上からのお墨付きをもらい、チーフを務めることも多い。
「近江くん近江くん、最近志摩隊長はどんな感じ? 元気にしてる? なんかさー、オレンジが志摩さんと飲みに行きたそうにしてるんだけど、なかなか誘えないってぼやいててさー」
『いやー、はは、そういうことは本人に聞いてもらった方が……』
近江の苦笑いが音声からも伝わってくる。
『八雲さんとか、明治さんとかと飲みに行っていることが多いみたいなんで、そちらに聞いてもらった方がいいんじゃないですかね。志摩隊長、結構いつもべろべろになるまで飲んでますし、本音もポロっと出ているかもしれませんよ』
なるほど。明治ちゃんから聞き出す手があるか。難波隊にはときどき理子に会いに行くこともあるし、そのついでに……。
「ありがとー! 明治ちゃんとはときどき喋るし、そっちから聞いてみる!」
『あ、あの、私この話聞いてても大丈夫だったんでしょうか?』
「大丈夫大丈夫! たぶん!」
難波隊の新人、茅野隊員は、今日も佐原隊員と訓練か。
オフの過ごし方は基本的に自由とはいえ、ここの支部の人たちはよく自主的に訓練をする。墓石隊の隊員は全員が自主練好きだし、志摩隊の草原隊員と登坂隊員もよく訓練室に籠っている。ベテラン揃いの宮城隊ですら、「さぼってるとなまる気がする」とか言って短時間ずつだがものすごい集中力で鍛錬していたりする。
「で、近江くん、今日はなにをするのかね?」
『あ、はい、えっと今日は、茅野隊員の装備を登録したいと思っていまして』
「あ、オッケーオッケー、じゃあ『リング』渡さないとねー!」
『そうですね、お願いします』
『リング? ですか?』
「転送しまーす。ほいこれ、足首にはめてねー。できたら右足がいいかな?」
手元でちょちょいと操作し、Aルームに「ワープリング」を転送する。
「茅野さん、右利きだったよね? なら右足を引いて構えることが多いと思うから、右足に装着してみて」
『あ、はい!』
「詳しい説明は……近江くんからの方がいいかな?」
『はい、わかりました』
いそいそと武骨なリングを装着する茅野隊員に、佐原隊員がレクチャーしている。
簡単に言えば、「フール体を異次元に消し飛ばすワープホールを作り出すためのマーカー」である。シンプルな見た目のわりに恐ろしい兵器である。
そもそも「カテゴリー4」が初めて観測されたあと生み出された技術であり、その神髄は「もしまたカテゴリー4が発現したら、速やかに消し飛ばす」ことである。たった15分の攻防で甚大な被害を出したカテゴリー4。というかカテゴリー3では測り切れないレーダー反応と攻撃力、被害規模だったから「カテゴリー4」と内密に呼ばれているだけで、FCCはアレを正しく分析できていないというのが現状だ。実際、過去二度目の発現は記録されていない。つまり、このリングが実際に現場で使用されたことは、まだない。
『まあ、だから、これが正しく機能するかはわからないんだけどね』
その通り。カテゴリー3に対して使用することも禁じられている。理論上、4人のマーカーで囲んだ正方形の空間にあるフール細胞、フール体を消し飛ばすことができる、ということになっている。その発動には支部長の指示とオペレータールームの起動操作が必須である。
つまり、起動すればその範囲にあるFCCの管轄の監視カメラやジャミング装置は全部おしゃかだし、右足のマーカーを前に出していたら消し飛ぶのは足だけだが、右足を引いていたらその隊員の全身が消し飛ぶ。発現したカテゴリー4が機動力に優れるなら数隊が同時に制圧に当たるだろうから、運よく正方形を結べた4人の隊員の内側にいる隊員はすべて消し飛ぶ。だからそう簡単に使えるものではないのである。
『だから、いざというときはさっと右足を前に出さないといけないんだ』
その判断をとっさにできる隊員がどれくらいいるだろう。
普段はリングごと足を欠損させないため、引きで使う足に装着するが、いざというときには足を逆にしろと言うのは……
「難しいよねー。実地訓練もできないし」
『そうですね』
「それにさー、そのリングさー、見た目がごつくてちょっとねー。茅野さん、ピンク色とかにもできるけどどうする?」
『ピ、ピンク色ですか!? いえ別にこのままで……』
「そう? マーブルとかヒョウ柄とかもできるよ? どう?」
『え、えっと……大丈夫です』
「遠慮しないでいいのにー、気が変わったらいつでも言ってね? カスタマイズしたげるから!」
『は、はいぃ……』
それからしばらく、右足を正しい位置に置いて正方形を描く訓練に励んでいた。
カテゴリー3と戦闘をしながら所定の位置に4人がつくというのは相当難しいはずなのに、それをカテゴリー4相手にやれる隊員というものがいったい日本にどれだけいるのかといつも百瀬は思っていた。
「カテゴリー4なんて、二度と出て来なくていいんだけどなあ……」
これは音声をオフにして呟いた。
実際にフールと相対して戦闘するのは彼らなのだ。そのモチベーションをくじくようなことは、別に聞かせなくていい。
『あ、だから難波隊が4人揃った! って環隊長は喜んでたんですね?』
「そうそう、4人揃わないと、いざというときマーカーで正方形を結べないからね」
『あれ、でも、私がフール化したとき、難波隊が出動したって聞いたんですけど?』
「あー、それね、そういうときのために、便利なフリーの隊員がいるのよ。フリー入れて4人いれば、出動できるの。あのときは野庭(のば)さんが出動したんじゃなかったかな?」
『野庭さん……』
「茅野さんはまだ会ったことないか。あっちこっち出張してるからね、あの人」
野庭隊員はベテランのフリー隊員である。隊長を退いてからはその特別な技術を買われ、他県の支部に指導に行くことも多い。「戦闘技術」を買われている墓石隊長とはまた違った意味で、貴重な存在である。
「あ、そうだ、野庭さんの話題で思い出した。『シールド』も渡しといたほうがいいよね? 近江くん?」
『ああ、そうですね。使わない人もいるけど、みゆきちゃんには必要かと』
百瀬は話しながらもう操作を終え、先ほどの「リング」よりもずっと小さな輪っかを訓練室に転送した。
『今度は指輪ですか?』
「そそ、それね、野庭シールドって言うの。ノヴァシールド、って呼んでもいいよ」
『なんですかそれ!』
「スーパーノヴァって呼ぶ人もいるね」
『ぶふっ』
野庭隊員は、FCC全体でも珍しく「自分の体を硬化させる」技術がとても高い人である。至近距離でフールと殴り合ってもほとんど傷を負わない。当時は隊長でありながら隊員の楯になるような戦い方を得意としていたらしい。
「野庭さんのフール体の情報が入っててね。念じれば任意の場所に楯が出せるってわけ」
『へええ、便利ですね!』
「ただ時間は短いし、あまり遠くにも出せないけどね。それでも戦闘が少し楽になるはず」
『遠距離攻撃をしてくるカテゴリー3もいるからね、いざというときのためにも持っていようか』
『はい!』
『シールドの大きさはだいたいね、Mサイズピザくらいかな』
『ぶふっ、ふふふっ、Mサイズピザ……』
『僕Mサイズじゃ足りないんだよね、ピザ。みゆきちゃんはMサイズで足りるタイプ?』
『ぶふぅっ! ピ、ピザって一人で食べるものじゃ……ないですよっ!』
うんうん、茅野隊員は初めの頃こそ佐原隊員を怖がっていたようだが、最近ではずいぶん慣れた様子だ。笑顔もよく見られるし、堅苦しい感じがない。新人が支部に馴染んできていることを、百瀬は自分のことのようにうれしく思った。
「あ、そういえば思い出した。ねえ茅野さん、一般市民の橘くんって子は、どんな子なの?」
『え? え?』
「詳しいことは聞いてないんだけどー、君のイイヒトらしいね? ちょっと詳しくお姉さんに教えてみ?」
『え? え? ちょ、ちょっと今はその……』
「あ、じゃあ難波隊の隊室で! 今度オフが重なったときにお邪魔するからさー、聞かせて? ね? いい話!」
『あ、あぅ』
『ピーチさん強引なところもあるけど、ミーハーなところもあるけど、悪い人じゃないよ』
「聞こえてるぞ近江くん!」
茅野隊員は真っ赤になっている。いいなー、青春だなー。
なんて思いながらも、百瀬は決してからかうつもりはない。応援一筋である。若者の恋路はすべてうまくいってほしいし、そのためなら自分はなんだって協力してあげたい。
「早くオフ被んないかなー。明治ちゃん和菓子好きって聞いたから、お土産におすすめの和菓子持ってくねー。あー楽しみー」
百瀬縁はおせっかいである。が、ゆえに友だちも多い。
ちなみに、百瀬はこのあと「専用の回線で個人的な話をし過ぎだバカ」と先輩オペレーターに頭をはたかれた。
#15 牧野雨音はツイている
牧野雨音(まきのあまね)はツイている。
「はいリーチ!」
「うおー、マキさんマジかよ」
「早すぎるって!」
「うるさいうるさい聞こえなーい。早く振り込めオラオラ!」
かつて自分自身にフールが発現したことも、別に不運だとは思っていなかった。目立った被害者も出ていなかったし、たくさん被害を出してしまった元フールに比べれば自分はずいぶんツイていると思ったものだった。
この年になるまで結婚しなかったことも、特に気にしていなかった。最愛の男は牧野がフール化してしまうよりも前に死んでしまっていたし、その男に操を立ててというつもりでもなかったが、その男以外の誰かと結婚する気になれなかったというのが本音だ。
「それ! ローン! リー、タン、ピン、ドラ4!」
「ぎゃああああああ!!」
「ドラ4!? マキさんツキすぎやろさっきから!!」
「はっはっはー、ハコらすぞー!」
FCC隊員は支部に部屋が与えられるが、いつからか牧野は小さなアパートで暮らすようになった。正当な権利なのだが、牧野自身はこの町で住民と共に生活する方を選んだのだった。「いつまでもババアが部屋埋めとったら、若いもんが暮らしにくいだろう? 老人ホームでもあるまいし。あたしはあの町でせせこましく生きているのが性に合ってんだよ」と言って、オフにはこうやって小さな雀荘で常連をカモにしたり、昼間から将棋を指して楽しんだりしている。
「はっはー、ツイてる!!」
牧野は人生を謳歌していた。
――――――
「お、初めましてだねえ新人ちゃん」
「マキさん! 今日はこの子の初出動と言える日やねん! 花持たしたってやぁ!」
「バッカ、まだまだ若いもんにいいところ譲ったげるほど老け込んでもないし優しくもないわい!」
支部待機で第一出動となったのは、牧野の所属する宮城隊だった。
「この子が入ったから、野庭(のば)のボーヤのサポートがなくても出動できるようになったんだねえ難波隊は。おめでとさん」
「ありがと! ってそうじゃなくて! ほんまにええ経験積ましてやりたいねんって!」
「はいはい、でもあたしらが手ぇ抜いて一般市民に被害が出るのは本末転倒だよ。経験積ましてやりたいってんなら、あんたがうまく立ち回りなタマキ。それが隊長だろ?」
そう言って牧野は加速した。現場に着くまで無駄話を続ける気はなかった。なにより早期決着。そして一般市民への被害ゼロ。それがいつも心がけている牧野のこだわりだった。
「はっや」
「すごい人ですね……」
「宮城隊は大阪支部最年長やけど、ああ見えてめっちゃ強いから。マキさんだけじゃなくて全員鬼のように強いから」
「あ、あの、最初の頃に写真で見せてもらった人たち……」
「そうそう。特に今のマキさんは志摩隊のケースケとかミドリちゃんに足さばき教えた人やし。うちも昔ずいぶんしごかれたし」
「昔って言うんじゃないよ! あんたにとっての3年前は昔かもしれないけど、あたしにとっちゃつい最近だよ!」
「ほんで地獄耳でもある」
タマキのやりたいことは理解できる。
訓練室でいくら練習をしようが、実際にフールを目の前にすると「ビビッて」しまう隊員は珍しくない。自分だって、何度も現場を経験して、失敗もして、先輩に叱られながら自信をつけていったものだ。
「まあ、若い隊員が増えるのは悪いことじゃないけどねえ」
かつての自分を思い出しながらしみじみと呟く。
「でも難波隊の出番はねえよ。おれたちで十分だ」
隊長である宮城がむきになっている。
「わかってるって隊長」
まず大事なのは避難が終わっていること、一般市民に被害が出ないこと。
フールを誰が倒すか、なんてのは些細なことだ。
――――――
現場はデパートの屋上だった。
小さなステージに楽器が散乱している。ヒーローショーのようなものではなく、音楽の演奏があったらしい。
ベンチや屋台、商品がめちゃくちゃに散らばっているその中央で、上半身が大きく隆起したフールが周囲を威嚇していた。元客だろうか。元店員だろうか。
『こちら進藤、配置に付いたぞ』
「了解、でかい一発は勘弁しろよ」
『了解、崩れると被害が広がるからな。屋上から逃がさないためだけに撃つわ』
「OKOK、そうしてくれ」
「宮城隊よりオペレータールームへ、デパートの内部の避難状況確認を難波隊に頼んでくれ」
『オペレータールーム、了解』
「宮城隊、これより戦闘に入る。サポートよろしくっ」
牧野を含め宮城隊の戦闘員は年配ばかりだが、フールとの戦闘においてまったく戦闘力が劣っているとは思わない。難波隊は若くて強いが、いざというときの冷静な判断がまだまだ甘い。到着する前に決着がつくだろう。
――――――
「うあぁっ! 遅かった!」
タマキの叫び声が聞こえた。
「遅かったね、難波隊。もう仕舞いさ」
牧野のウィップはすでにフールの体を拘束していたし、進藤の弾丸はフールの足を数度貫いたあとだった。宮城は得意のフットワークでいつものようにフールを翻弄していたし、寺沼は序盤に両腕を落としてフールを消耗させたあとはヒマそうにしていた。
「隊長、ボコって終わりにしてくれ」
「ちょちょちょ! ちょっと待って!」
「なんだい、あんたたちは後ろで指くわえて見てたら……」
「一発! 一発だけ! この新入りに撃たしたって!」
「バカ言ってんじゃないよ! このフールだって苦しんでるんだ! 新入りの体験学習に実験体として使わせろってのかい!?」
「う……」
これだからタマキは甘いのだ。
隊長として隊を率いている意識が優先されて、FCCの一員であるという自覚がない。
「まあまあマキさん、一発入れるくらい、いいんじゃないか? 新人の初舞台なんだろ? おれの初出動の時も、マキさんはいいところをおれに譲ってくれたじゃねえか」
「ちょっとジョーさん、甘いこと言わないでくれよ」
寺沼が軽口を叩く。
「……一般市民への被害はゼロ、周囲に飛行機やヘリはなし、見られてねえうちにさっさとしな」
「隊長! あんたまで! 難波隊の出番はねえなとか言ってたくせに!」
隊長の宮城まで甘いことを言い出した。
「ええの? マジで? マジで!? ヤギさんほんまありがとう! ほらほらみゅっち、一発撃てたら慣れるから! 足な! 急所はあかんで! 急げ! ほれ!」
「は、はぃぃ!!」
あーあーあー、結局撃つことになっちまった。どいつもこいつも甘いんだから。
牧野は顔をしかめてそっぽを向く。
「落ち着いて、訓練通りに、な」
「……はい!」
新人とはいえ、緊張しながらも様になっている。
ちゃんと誰かに教わったのだろう。
が、牧野はふと嫌な予感を感じた。
フールはほぼ制圧できている。宮城隊も難波隊もフールを取り囲んでいる。
力を抑え込むまであとわずかなダメージのはずだ。
周囲に高い建物はひとつしかないし(そこに進藤がいる)、飛行機もヘリも見えない。一般市民の目はない。ジャミングもいつも通り効いているとオペレーターが言っていた。
なのに、なぜだろう。嫌な予感が消えない。
牧野は自分のこういう勘をアテにしていた。
すーっ、はーっ。
新入りの深い呼吸。
腕、指にわずかに力がこもる。
もう撃つ。
その瞬間まで、牧野はフールの挙動に注視していた。
ほんの少し、ぶるっとフールの体が震えた。そして……。
「みゅっち、待っ……」
タマキが叫ぶがおそらくわずかに遅かった。
フールの体が小さくなる。隆起が元に戻る。
牧野のウィップをすり抜ける。
バシュン!!
無情にも新入りの弾丸が発射された。
――――――
「あんたらそろいもそろって甘ちゃんだ。隊長、あんたも含めて、だよ」
宮城は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「『信じる』ってのは『諦める』ってことと似ていてね。未来をひとつに絞って想像することは案外怖いものなんだよ。失敗したときにどうフォローするか、リカバリーするか、隠蔽するのか、糧にするのか。データも信頼も楽観的観測も大事かもしれないが、うまくいくはずの未来が『なかった』ときにどうするか、事前に考えておくことはもっと大事だと思うね。麻雀と同じさ」
新入りの弾丸は、牧野の展開したシールドによって防がれていた。先ほどまで拘束されていたフールは、人の姿を取り戻していた。
「やっぱ、あたし、ツイてたな」
シールドを出すタイミングもギリギリだった。
出す場所もぴったりだった。
人の姿に戻った状態であの弾丸を食らっていたら、無事では済まなかったかもしれない。
「そして、あんたも、ツイてたな」
牧野は、気を失いかけているバンドマン風の青年にも、そう声をかけた。
墓石八雲(はかいしやくも)は後輩想いである。
しかし、本人は清潔感を大事にし、言葉遣いにも気をつけているのだが、後輩に怖がられてしまう見た目をしているらしい。最近入隊した難波隊の新入りにはまだ会わせられないと陰口を叩かれているらしい。まったく不本意である。目つきの悪さを気にして、コンタクトではなく眼鏡をかけているが、それも逆効果だと後輩に言われたことがある。甚だ遺憾である。
同期入隊ではないが、志摩夕暮とは同い年である。気も合い、お互い隊長ということもあって一緒に酒を飲むことも多い。志摩のお気に入りの居酒屋や焼鳥屋なんかが大阪支部の近くにあるため、ときどき誘い合っては飲みに繰り出す。八雲は自我が保てる程度にしか酒をたしなまないが、志摩はべろんべろんになるまで飲む。普段FCC隊員として活動しているときに自分を堅く律している反動なのではないかと八雲は考えている。もちろん非番の日にどれだけ飲もうが前後不覚になろうが、他人や店に迷惑をかけるのでないなら、とやかく言われることではない。だから八雲はうるさく言わず、志摩の好きなように飲ませている。
しかし、後輩がいる前でその失態を見せるのは止めてやりたいとも思っている。
「志摩さぁん、グラス空ですよー」
「あー、おー、じゃあ同じのもう一杯」
「はい。店員さん! これ、同じのください。濃い目で」
「濃くしなくていいんだよぉ明治よぉ」
明治は普段はあまり喋らないが、八雲と志摩と飲むときはわりと饒舌になる。この姿を難波隊のやつらは知っているのだろうか。八雲自身も、初めて見たときは驚いたものだ。
「八雲さぁん、グラス減ってないですよー」
「おれはこのペースでいいんだよ、ゆっくり飲ませろ」
「はぁい、あ、このからあげ、もらいますよー」
「食え食え、若者」
「おれの……からあげ……」
「ゆうくんの言うことは無視していいから」
年の離れた野郎二人に挟まれて、堂々と、そしてマイペースに飲むこの後輩を、八雲は不思議がっている。同隊の綾式はあまり飲まないと聞いているが、それでも女同士で飲みに行ったりしないのだろうか。なぜわざわざ八雲と志摩の飲みについてくるのだろうか。
かといって別に邪険に思っているわけでもない。男二人のむさくるしい飲み会よりもずいぶん楽しい。べろべろになった志摩を運ぶのも、明治と二人でなら容易い。
「明治、お前はどうするんだ、次」
明治のグラスがもうすぐ空きそうだ。
「あ、私は同じのにします、また」
「気に入ってるな、その焼酎」
「ええ、最近はこればっかり、ふふふ」
20歳の飲みっぷりじゃねえな、と八雲は苦笑する。「やわらぎ」とかいう焼酎をいろいろな割り方で飲み続けている。
「お前の飲みっぷりを見ていると気持ちがいいぜ」
「えへへ、ありがとうございます」
たいして酔っているようにも見えない。この3人の中でも、一番の酒豪だろう。
志摩がテーブルに突っ伏してしばらくが経ち、明治のグラスも八雲のグラスも空いたタイミングで、店を出ることにした。いつもと同じくらいの時間だ。
「大将、お会計」
「あいよっ! いつもどうもね!」
すっかり顔も覚えられている。店が少ないわけではないが、この辺でこのメンバーで行く店と言えば限られている。だいたいが志摩のお気に入りの店だ。
「いつもごちそうさまです」
「おう」
「志摩さんも、ありがとうございます」
「……ぉぅ」
返事が返ってくるとは珍しい。今日の志摩はまだ意識があるらしい。
「どうします? もう帰ります?」
「んー、もう一軒行きたい気分なんだけどな、おれは」
「……近江君、呼びましょう」
明治のこういう話の早さが、無駄のなさが、八雲には心地よく感じる。
「あ、いいですね、じゃあ私もご一緒します。だけど、志摩さんどうしましょう。もう飲めそうにないですよね。ていうか歩けそうにないですよね。置いていくわけにもいかないし……同じ隊の近江君を呼び出して志摩さんを運ばせましょうか」という流れを一言で完結させた。
「うちの隊長が、いつもすみません」
「いやいや、悪いが部屋まで頼む」
志摩隊の佐原がすぐに駆けつけてきた。身体が大きくて大人の余裕がある男だが、明治よりも年下だ。
「近江君、20歳になったら一緒に飲もうね」
「あ、はい! ぼくきっと強いですよ。両親とも酒豪でしたから」
それはそれは頼もしい。
年の離れた後輩がどんどん20歳になっていくのは嬉しい反面、自分がどんどん歳をとっていくのが寂しい気持ちもある。
「じゃ! お疲れ様です! お二人も飲みすぎないでくださいよ」
「わかってるわかってる」
「ありがとねー」
佐原が軽々と志摩を担ぎ、FCC大阪支部へ帰っていった。よほどの事情がある者以外は、基本的に大阪支部に部屋がある。八雲と明治も、結局帰る場所は同じである。
「私たちの戸籍ってすでにいじられてて架空のものなんだから、年齢もごまかしてくれたらいいのに」
明治は今20歳だ。居酒屋で年齢確認をされることもある。
「そしたら近江君ともすぐ飲みに行けるのに」
実際の年齢よりも年上に偽造した免許証や身分確認証、やろうと思えば作れるだろうな。なにせすでに世間的に死んでいるはずの八雲や明治の戸籍がちゃんとあるのだから。
「未成年者に早まって酒を飲ませるメリットはねえよ。20になるまで気長に待ってやろうや」
「……そうですね。私の時もちゃんと待ってくれましたもんね」
「待ったのは、お前だろ」
明治は八雲と志摩が時々飲みに出かけていると知った瞬間、自分も行きたいと言った。物静かで他者に寄っていくタイプではないと思っていた八雲は、ポカンとしたものだった。
「20歳まで待てたらな」そう言って、八雲と志摩は断った。しかし明治はその約束をきちんと守り、今はこうして飲み仲間となった。八雲が言った通り、待ったのは明治の方だった。
「いらっしゃい、おう、久しぶり」
八雲が選んだ店は、ときどき一人でも使っていた餃子がメインの小さな居酒屋だった。
「二人で」
「あいよ、珍しい」
カウンター席に明治と座る。
あんまり焼酎は置いていないし、メニューは餃子ばかりでバラエティに富んでいないし、明治は気に入るだろうかと心配だった。
「わ、この餃子、気になります」
「えびのやつな。うまいぞそれ」
「あー、迷うなー、いろんな種類をちょっとずつ頼みましょうよ」
「……いいなそれ」
「この黒のやつとー、えびのやつとー、あ、辛いやつもいいですね」
一人ではできない頼み方だ。明治のテンションは高いままだったので一安心する。
「二度目のかんぱーい」
二人してビールのジョッキをぶつける。明治は焼酎好きだが、こういうところでは普通のビールも飲むのだと知った。
「八雲さん、そういえば和歌山遠征、どうでしたか」
「ん? 楽しかったよ」
「ゆずさん、会えました?」
「ああ、元気そうだった。また強くなってたぞ、あいつ」
明治の言う「ゆずさん」は、難波隊の前身、日野隊の頃の明治のチームメートだ。今は和歌山で柏木隊を率いている。いわゆるヘッドロック、じゃない、ヘッドハントされて和歌山へ異動になった隊員だ。
「八雲さんが和歌山行ってた間、龍君も虎君も寂しそうでしたよ」
「んなことないだろ、あいつらが」
「沙尋ちゃんも寂しそうでしたよ」
「それが一番嘘だろ、あいつしれっといつも通り訓練室こもって過ごしてただけだろ。今日も『あ、隊長、いつの間にか帰ってきてたんですね。おみやげないんですかおみやげ』とか言われたぞ」
八雲の隊は全員が独立志向というか、それぞれが個別に戦える実力がある。八雲がひとり和歌山支部に戦術指導に行っていても、問題なく3人で戦えるだろう。制度上そういったことはできないことになっているが。
「墓石隊って、みんなそれぞれ強いですよね」
「ん……まあ、そうだな」
八雲がいなくても、それぞれ訓練して勝手に腕を上げていることだろう。
「私も八雲さんに戦術指導してほしいです、また」
「……お前はもう十分強いじゃないか」
「……まだです。まだ、全然足りない」
明治がジョッキを置いた。
「新隊員のみゆきちゃんは近江君に指導されてぐんぐん伸びてる。フール化も、もう1時間を超えたって聞きました。環はミスしない、ミスしてもリカバリーが早い。理子先輩は一番欲しいタイミングで一番欲しいアシストをくれる。でも私は……」
うつむきながら明治が心情を吐露している。八雲は黙って、次の言葉を待つ。
「私はまだ、迷ってる。一瞬の躊躇が命を左右するってわかっているはずなのに。新隊員の命を危険にさらすわけにはいかない。連携の精度も上げないといけない。年長の私が頑張らないといけない。なのに……一瞬の躊躇が、迷いが、なくせない」
この間の出動のことを言っているのだろうか。八雲が和歌山へ行っていた間に大阪で起きたカテゴリー3事件のことだ。そのときの明治に、なにかそう思わせることがあったのか。
「市民に被害はなかったんだろ」
「……はい」
「環も、理子も、無傷なんだろ」
「……はい」
「で、そのとき倒したフールが今の新人なんだろ」
「はい」
「なにが問題なんだ?」
八雲には明治の迷いがよくわからなかった。もっと自分の言葉で語らせないといけない。自分にできることはしてやりたいが、最終的に解決するのは明治自身だし、おそらく難波隊の仕事だ。
「剣道をやっていたとき、相手と1対1で向きあって、余計な思考が入る隙はなかったんです。自分が勝つことだけに集中できていたというか。負けてしまっても自分の責任で、自分が悔しいだけで。誰にも迷惑はかけなくてよかった。でも、FCCの戦いは市民や隊の仲間を守るための戦いでもあって、そして相手を殺すのではなく救う戦いで……だから……私は戦闘におけるキャパが少ないんですよね、きっと。だから迷いが出る。環にも言われました。『迷いが出てる』って」
これが明治の迷いか。相手に勝つための戦いではないことに、まだ慣れることができないでいる。よく言えば慎重で冷静。だが環のような直情型から見れば、優柔不断に見えるかもしれない。
「……よし、これ食え。食って元気出せ」
残っている餃子の皿を押しやる。
「こっちはおれが食う」
一部は自分で平らげる。そしてビールで一気に流し込む。
「八雲さん?」
真剣な相談を適当に聞いていたと思われたかもしれない。だが八雲には、他に励まし方がわからないのでこう言った。
「すぐ帰って訓練室で特訓だ。オペに無理言うことになるが、まあ、特別に許してもらおうぜ。悩むヒマないくらいしごいてやるから」
「……はいっ!!」
明治が嬉しそうな顔でいい返事をした。
墓石八雲は後輩想いである。その範囲は隊の垣根を越える。
#12 筧翔馬は嘘を吐く
筧翔馬(かけいしょうま)は嘘を吐く。
それが友だちへの話題提供のひとつだったし、それで誰が傷つくわけでもない。嘘の自慢をすることはあっても、誰かを悪く言うような嘘はほとんど吐いてこなかった。友だちも「それは嘘やろー」なんて言いながら、翔馬の嘘を楽しんでくれていたと思う。
「おれのおとん、FCCの隊員やねんで」
はじめに言い出したのはいつのことだっただろう。
「だけど誰にも秘密やから、言いふらしたらあかんで」
「お前が言うてるやんけ!」
もちろん嘘だった。
だけど、そう言うことで自分の父を感じられる気がしたのだった。
「ほんなら家に制服あんの?」
「ないねん、基本泊まり込みやから、うちにはなんも置いてないねん」
「嘘っぽー」
本当のFCCがどんな風に働いているのか、翔馬は知らない。
町中をパトロールしている姿くらいしか見たことがない。
「そもそも大阪支部でもないねん」
「え、なんでなんで?」
「FCC隊員の素性って内緒にしとかなあかんから、住んでるとこと別の支部に入るねん」
「へえ、そうなんや。って今まさに素性晒しまくっとるやんけ!」
翔馬の周りは楽しいやつらばかりだ。
翔馬の嘘を楽しみながらぎゃははと笑ってツッコんでくれる。
ただ自分は会話を楽しみたいだけ。友だちを笑わせたいだけ。そのためにどんな適当なことも言ったし、それで自分の立場がどうなるかなんて、考えていなかった。
――――――
「知ってる? カテゴリー4のフールの話」
「え、なにそれなにそれ」
「カテゴリーって3までちゃうん?」
その日も翔馬は、学校からの帰り道、思いついたでたらめを友だちに披露していた。
「あんな、歴史上一回だけ出たらしいねん、カテゴリー4」
「うっそやー!!」
「さすがにそれは嘘やん」
「ほんまやねんて! 都合の悪いことやから大人が隠してるだけでな、だいぶ昔に一回だけあったんやて」
「じゃあなんでショーマはそれ知ってんねん」
「おじいちゃんがFCC隊員やった頃の話、おとんから聞いてん」
「FCCなんはおとんやろ?」
「おじいちゃんもやってん」
「都合ええなあほんま」
「嘘ちゃうって!!」
翔馬の話の中では、いない父親も、死んでしまった祖父も、英雄になれる。
「アメリカでな、なんか地下通路が陥没した事故があってんけど、実はそれは、一瞬だけ出現したカテゴリー4のフールやったらしいねん」
「一瞬だけ?」
「うん、でもその一瞬でな、でっかい穴が道路に開くくらいの被害が出たんやて」
「でもただの事故扱いになってるってこと?」
「そうそう、だってカテゴリー4もおるなんて知られてみ? パニックになるやん」
「まーなあ、3よりもっとやばいやつなんやろ? 逃げるヒマもないわ」
「おれらみんな塵にされるで」
「怖っ」
「あっはっは」
厳密に言えば完全な翔馬オリジナルの嘘というわけではない。ネットで拾った都市伝説を混ぜて喋っている。眉唾物の話ばかりだが、翔馬には信憑性などどうでもいいことだった。
「ほんでなんでそれをショーマのじいちゃんが知ってんねん」
「そんときアメリカ勤務やったらしいで」
「んなアホなwww」
ふとそのとき、視界の端に映ったFCC隊員が、翔馬たちの方を見ていたような気がした。
「?」
そちらに目を向けると、もう逸らしていた。
FCC隊員に聞かれるような場所でFCCのホラ話をするのは危ないかもしれないな、と翔馬は少し反省した。
――――――
その日の帰り道は、なんだか変だった。
いつも一緒に帰る友だちも、みんな用事があるとか迎えがあるからとかで、翔馬は一人で帰っていた。楽しく話す相手のいない帰り道は、ずいぶん寂しいものだった。その帰り道、異様に人が少なかったのだ。
「……なんか人少なくない?」
独り言も、どこか寂しく響いた。
誰もいないわけじゃない。
しかし、いつもなら行き交う客で賑わう商店街も、小学生や中学生が通る通学路も、がらんとしている。ほとんど人がいない。いつもは店先に出ている店員も、姿が見えない。
「……世界の終わりってやつ?」
空元気で呟いてみるも、ぞっとしてしまい、逆効果だった。
「ちょっとお時間いただきますよ」
「うぉああっ!?」
突然背後から声がかかり、翔馬は文字通り飛び上がって驚いた。
「少し人にはけてもらいました。そこの、猫の額みたいに狭い公園のベンチまでご同行願います」
「オイオイ、そんなガキに丁寧な物言いは逆効果だろ、ビビってんぞそいつ」
「彼がビビってるとしたら君の『ガキ』発言とその高圧的な物言いにだろ」
「んだとコラ」
「いいから、話が進まないじゃないか。引っ込んでろよ」
FCC隊員が二人口喧嘩をしているのを、翔馬は信じられない思いで見つめていた。
「はけてもらった」と言ったのか? 今ここにほとんど人がいないのはこの人たちのせいなのか? まさか友だちがみんな都合が悪くて自分一人で帰る羽目になったことも? いやそれはさすがに違うのでは?
翔馬は混乱する頭で、なんとかFCC隊員に連れられ言われるがまま公園のベンチに座っていた。
「君の名前は?」
「あ……え……筧……翔馬です……」
「君のお父上の名前は?」
「え?」
「あと、おじいさんの名前も」
FCC隊員による質問が続く。
その間も、通りに人気はほとんどないままだった。散歩の主婦や下校の学生、いつもなら公園で遊んでいるはずの幼児や母親も見かけないままだった。
「OK、ちょっと照会するから待っててね」
プシュ
「わ!?」
今まで話をしていた方ではない隊員が、不意打ちで翔馬になにかをスプレーした。
「ちょっとネコ、急すぎるよ!」
「いーんだよ、どっちにしろ黒だろ」
「まだわかんないだろ、そんなの」
「ただのホラ吹きのガキだったとしても、どちらにせよ『処理』させてもらわねーと、なあ?」
スプレーした方の隊員がゆっくりとこちらを向く。
翔馬は姿勢を保とうとするので精いっぱいで、揺れる視界と響く会話の声で朦朧としていた。先ほどのスプレーになにかあるのだろうか。当たり前か。ただの水をかけられたとは思えない。
「オイ、後学のために教えてやる。本当にFCCの関係者だったらなあ、フールの『出現』なんて表現は使わねえんだよ。『発現』だ、覚えときなガキ」
「ちょっと、後学なんて必要ないから!」
「あ? あー、そうか、どうせ忘れるもんな」
「そうだけどそうじゃないよ!」
そして、なんだかよくわからない機械を翔馬の頭に当てた。
「あ、あー、オペレータールーム」
『はいどうぞ』
「使用許可願います。コード745HA02」
『745HA02、はい、受け付けました。30秒以内にお願いします』
「って、わけで、悪いなガキ、これもFCC隊員の『オシゴト』なわけよ」
「おいちょっとネコ、君ねえ、ガラ悪すぎるんだよ。FCCの印象が悪くなるだろ」
「どうせ忘れるんだから細かいこと言うんじゃねえよトカゲ」
ネコ? トカゲ? コードネームかなにかだろうか。
FCCって本名で呼び合わないんだ。やっぱり身元を隠すためなんだ。
もしかしてバレたら困る人たちなのかな。元犯罪者とか? さすがにそれはないか。
「忘れる」って、なにをされるんだろう。殺されるとか……じゃないよな? 記憶を消すのか? そんな技術があるの? でも仮に消されたとしても、目撃者はいなさそうだ……そのために……人を寄せつけなかったのかな……ああ……眠い……。
「悪く思うなよ、お前が調子よく喋り倒してたホラ話、アレな、一部当たってたんだわ。だから二度とあんな話言いふらすんじゃねえぞ。じゃねえとあの友だちみーんな、同じことしなきゃなんねえから。面倒だろ?」
「だから余計なこと言うんじゃないよ。さっさと終わらせてくれ」
「はいよ、じゃあな」
ピピッ
シンプルな電子音とともに、機械からなんらかの衝撃が伝わってきた。
翔馬の視界は、ゆっくりと白く霞みがかり、そして意識を失った。
――――――
「どーしたんショーマ、なんか元気ないやん」
「んー? 別にそんなことないで?」
友だちと下校中、翔馬はFCC隊員が二人並んでこちらを監視しているのに気づいていた。友だちには目もくれない。翔馬だけを見つめている。
居心地が悪くなり、すぐに目を逸らした。
「今日もFCCのこと教えてやー、裏話」
「おーせやな、あ、今まで言うてきた色々、あれ全部嘘な」
「え、まじで!?」
「嘘って言っちゃうん!?」
「FCCのことはだいたいなんも知らん。でもな、市民を守ってくれる立派な組織やで」
自分でも思っていない言葉が口から出た。
しかしそれはなぜか、翔馬の気持ちをスカッとさせた。
「おー、こえーこえー」という呟きが遠くから聞こえた、気がした。
筧翔馬は嘘つきだった。昨日まで。
#13 登坂鶏介はまっすぐである
登坂鶏介(とさかけいすけ)はまっすぐである。
猪突猛進と揶揄されることもあった。集中すると周りが見えなくなると言われたこともあった。まだ若いんだからと窘める大人もいたし、そのよさを伸ばすべきだと褒めてくれる大人もいた。
自分がFCC隊員になったからには、自分がなんでもできるようになって、自分がみんなを救いたいと願った。他の誰でもなく、自分がやるべきだと思ったし、他の誰でもなく、自分が率先してヒーローになりたいと思った。
「登坂、お前は自分の体を顧みなさすぎる」
志摩隊長にそう言われ、落ち込んだことがあった。
「隊長、だけど、オレなら大丈夫です。誰よりも回復速度は速いと自負しています。少々のダメージはないようなものです」
「その戦い方を、改めろと言ってんだ。草村と連携して、もっと落ち着いて戦えばダメージなんか負わねえはずだ」
自分のアイデンティティを否定されたようにも感じた。
もちろん隊長が鶏介自身のことを案じてくれているのはわかっている。それがわからないほど子どもではないつもりだった。それでも。
「鶏介くんは素早いから、左右にもっと振って戦えばフールも翻弄されると思うよ」
「けいちゃんはまっすぐ突っ込みすぎなのよ。私が同じように突っ込もうとしたら止めるくせに」
近江さんにも、ミドリにも、窘められた。訓練でも、実戦でも、鶏介はまだ自分の戦い方を定められないでいる。
――――――
「さて、みゆきちゃんのフール化も安定してきたことだし、そろそろ武器を使っての戦い方を教えていこうね」
近江さんが最近戦術を教えているという、難波隊の新入りと初めて対面した。
なぜかその訓練に鶏介も呼ばれたのだ。
「こちら、志摩隊の登坂鶏介くん。僕と同じ隊だよ。みゆきちゃんよりも年下だけど、いろいろ教わってね」
「あ、はい、よろしくね、鶏介くん」
鶏介は志摩隊でもミドリと並んで最年少、FCC大阪支部でもそうだ。新入りとはいっても、また鶏介よりも年上。いつまで経っても年下の後輩ができない。
ぶすっとしている表情が気になったのか、近江さんがフォローを入れた。
「鶏介くんはとっても素早いから、近接戦闘、あ、ナイフとかの近距離用の武器で戦うことね。それがすごく得意なんだ」
「……別に、普通です」
鶏介はそっけなく謙遜した。
「さて、難波隊のバランスを考えると、みゆきちゃんにはハンドガンから試してもらうのがいいかなと思うんだけど、どうかな?」
近江さんは新入りではなく鶏介の方に話を振る。
「……そうですね、環隊長は超近接戦闘バカだし、明治さんも近距離からの崩し、理子さんは狙撃だし、まあ妥当なのは銃でしょ」
「だよね! じゃあみゆきちゃん、さっそく銃の取り扱い方を教えていくからね」
じゃあなぜ鶏介は呼ばれたのか。鶏介は短剣二本で戦うスタイルだ。ミドリと同じ。
近江さんはショットガン型とはいえ銃型兵器の取り扱いには慣れている。だから鶏介より指導に向いているだろう。スタイル的には志摩隊長が一番向いていると思うが、他隊の新人に指導するよりは自分の隊をきっちり指導する方を優先しそうだ。龍之介さんは……まあ、なしか。相性的に。
やはり鶏介は自分がここに呼ばれた理由がわからないでいた。
「よし、じゃあ、ちょっと鶏介くんを撃ってみようか」
この一言で、鶏介は自分が呼ばれた理由を理解した。
「ひええ、え、この子を撃つんですか!?」
「この子」と言われたことにカチンときた。こっちゃ先輩だぞ。
「顔と心臓以外だったらどこでもどうぞ」
少々ふてくされた声が出たが、鶏介は大真面目にそう言った。
一応短剣を構えて顔と心臓への誤射に備える。さすがに直撃したら鶏介でも危ない。
「はい、じゃ、足を狙ってみて」
「ひ、ひぃぃい」
ぶるぶると震える腕で鶏介の足を狙っている。
そんな緊張して当たるもんか。
バシュン!
最初の弾は足元には来たが、まったく当たらなかった。
バシュン!
二発目もハズレ。
しかし、すぐに引き金を引けた胆力には驚いた。
案外クソ度胸があるのかもしれない。
バシュン!
三発目が一番近かった。つま先の先ほどに着弾。次は当たりそうだ。
「もうちょい、頑張って」
応援する心の余裕も生まれた。
「左手に力込めて。右手は力抜いて」
アドバイスする余裕も生まれた。
自分は銃型をほとんど使ったことがないが、そういう基本は聞いていたから知っていた。
「……はいっ」
バシュン!
四発目でようやく鶏介の左足に着弾。足がはじけ、鶏介はバランスを崩し膝をつく。
「ああああっ! だ、大丈夫!?」
悲鳴を上げる新人に笑いかけながら、鶏介は落ち着いて立ち上がった。
「オレの回復速度はここで一番早いよ。全然大丈夫」
制服は回復しないので素足になる。しかし傷ひとつない。いつものことだ。
これくらいの傷は数秒、いや1秒ほどで元に戻る。膝をついていた時間も一瞬のことだった。
「あ、なーんだ、そっか、よかったぁ~」
しかし新人のその能天気な言葉に、なにかがチクリとした。
なんだ? なにも問題のないやり取りではなかったか?
フール兵器の試し撃ちに使われることは珍しくなかっただろう?
自分でもこの回復速度を売りにしているし、自画自賛してもいるだろう?
「じゃあ、次、みゆきちゃんの番ね」
「え?」
「はい鶏介くん、これで同じように撃ったげて」
近江さんは鶏介にハンドガンを手渡した。
「え? え?」
新人は二人を交互に見て、状況が理解できていないようにおろおろしている。
「……じゃ、同じように、左足に当てるから」
「え? え?」
バシュン!
「……え?」
新人が膝をついて茫然とした顔で虚空を見つめている。
「ぁぁああああっ!! い!! いいい痛いぃぃぃぃいい!! ぅうぎぎぃいいい!!」
遅れて痛みを感じたのか、一転叫びながらのたうち回っている。
鶏介よりはずいぶん遅いが、それでも10秒ほどで撃たれた左足は元に戻っていた。
「もう大丈夫だと思うけど?」
「……あれ? ……ほんとだ……治ってる」
すぐに回復するからといって、痛みも感じないわけではない。足が吹っ飛んだのだ。軍人だって叫ぶだろう。それを実感させるために近江さんは鶏介に撃たせたのだろうが、それにしてもやり方が意地悪だ。こんなことをする人だっただろうか?
「ごめんね急にこんなことさせて」
殊勝に謝る近江さん。だがその視線は、新人ではなくこちらを向いていた。
「え?」
「鶏介くん、君のその高い回復能力は、FCCに欠かせない素晴らしい戦力だよ。だけど、それが一般的だと周りに思われることは、回り回って君の為にもFCCの為にもならない」
この温厚な先輩に、ガツンと殴られた気がした。
鶏介の回復を見て、この新人は気が緩んだということか。
「みゆきちゃんは、これからたくさん戦闘をして、経験を積んでいくだろうね。大きなケガをすることもあるだろう。殉職したFCC隊員だって過去にたくさんいるんだから、その可能性も考えておかないといけない。だけど、心のどこかで『ケガをしても回復するから大丈夫』『すぐ回復するからどうせ痛みは一瞬』と考えていたら、痛い目にあうよ」
新人も鶏介も、黙って聞いていた。耳が痛い話だった。
「みゆきちゃんが、『あ、なーんだ』って言ったとき、鶏介くん、腹が立たなかった?」
「それは……えっと……はい」
「『撃たれても大したことないんだ』って思われた気がしたでしょ?」
「……はい」
鶏介の一瞬の揺らぎも、先輩にはお見通しだった。
「それから、もし一般市民が、君の戦いを目にする機会があったとしたらどうだろう。身体を欠損させながら、叫ばず痛がりもせず、敵に立ち向かう。頼もしいヒーローに映るだろうね。応援してもらえるだろうね。だけど、例えばそのあと、みゆきちゃんが今みたいに痛がっていたら、市民はどう思うだろう。『あっちは痛がりもしないで頑張っているのに、情けないやつだ』『あいつは弱いな』『軟弱者だな』と思われてしまわないかな」
「……」
考えたこともなかった。ただ自分が突っ込んで、早く制圧してしまうのが一番だと思っていた。自分の戦う姿が市民に見られるかもなんてことも、考えていなかった。付近は避難指定されるし、ジャミングによって自分たちの姿は撮影されないようになっている、と心のどこかで安心していた。
「さらに言えば、戦う君の姿を見て、『怖い』と思う人もいるかもしれない。手足が吹っ飛んでも、気にせず戦う姿は、『化け物じみてる』ってね。FCCは手足が吹っ飛んでも敵と戦うバトルジャンキーだ、化け物集団だ、そんなふうに言う人もいるかもしれない」
「もう……わかりました……すみません……オレの考えが浅かったってことは……よくわかりました」
鶏介は、自分がここに呼ばれたもっと大きな理由を理解した。
きっと、志摩隊長が言い出したことだったんだろう。
そしてこの人は、優しい先輩は、嫌われ役をあえてやってくれたに違いない。
「ありがとうございます」
「ん、いい顔になったね」
自分の戦闘スタイルを見直そう。確実に攻撃を避ける。まずはそこから。大振りな攻撃だけでなく、細かい、例えば針とかを飛ばしてくるタイプのフールでも、全部避けられるくらいの戦い方を。
「さて、じゃあ次は射撃訓練と、疑似戦闘訓練だね。オペレーターさんに頼んで、過去のカテゴリー3と疑似的に戦ったり、耐久力だけ異様に高い個体を出してもらったりもできるし、いろいろ試していかないとね」
「戦えるようになったら、オレも相手しますよ」
「あ、いいね、ぜひ頼もうかな」
やはりこの人は優しい。
後輩二人を指導して、嫌われ役もこなして、近江さんこそ志摩隊のバランサーとして欠かせない素晴らしい戦力だ。いつかこんな風になれたら。
「じゃ、オレ、ちょっと試したいことできたんで、『ルーム』借りて一人で訓練してきます!!」
二人に一礼し、鶏介は訓練室のうち一番大きな「Dホール」を飛び出した。今からでも他の小さな訓練室「ルーム」のどれかを借りて個人的に訓練をしよう。オペレーターさん、空いてるかな。
「彼の一番のよさは、あのまっすぐさだよね」
そう近江がしみじみと呟いたことを、鶏介は知らない。
#13.5 教えて! 志摩隊長!
あー、FCC大阪支部、志摩隊隊長、志摩夕暮だ。
今日はぁ、えー、大阪支部のつくりとか、オペレーターのこと、話すぞ。
地下に7つ、仮想訓練室があるんだが、最近佐原が難波隊の新入りに稽古つけてんのがDホールってとこだな。一番大きくて、いろんなことができる。町中風にしたり山の中みたいにしたりすることもできる。仮想空間だから、過去のカテゴリー3フールを模したデータと戦うこともできるぞ。義務付けられている訓練は特にないんだが、わりとみんな自主的に訓練に励んでいるようだ。
Aルーム、Bルーム、Cルームは少し細長くて小さめの訓練室だ。
個人的な訓練に使う連中は、だいたいここを使う。射撃訓練をはじめとしたフール兵器の使用訓練が多いな。二人で使うには狭いというわけではないんだが、やはり二人以上で訓練室を使うとなると、Dホールを使うことが多いな、うん。
Eルーム、Fルーム、Gルームも同じく小さめの訓練室だ。ABCとほとんど同じなんだが、あとから増設されたので割り振られたアルファベットが離れている、ってだけだな。
ただ、訓練室を使用するにはオペレーターのサポートがいる場合が多いな。フール兵器はじめ、いろいろな備品とか装備品を出したり、部屋の設定を変えたり、隊員のデータを取ったりとやることが多いんだ。筋トレで強くなるわけじゃないが、フール体で訓練を重ねれば強くなることができる。どれだけ能力が伸びたかってことも、オペレーターがいれば調べてもらえる。ああそうそう、うちの支部にはめちゃくちゃ強いジジイやババアもいるんだ。年齢で衰えるってことを知らねえベテランたちだな。おれももう若くねえって思ってるんだが、あの人たちが現役はってる以上、おれもやれるだけやろうと思えるな。いいお手本だぜ。
えーと、あとオペレーターはそれぞれコードネームみてえなもんがあるんだ。いざというときの通信で呼びやすいようにな。チーフオペを担うことが多いのは最近だとオレンジとピーチだな。オレンジは下の名前が「未果」だから、ミカンを連想してついたコードネームだな。ピーチは「百瀬」だから、そのまま桃だな。そんな感じで、適当に呼びやすくて短い単語が使われるみてえだ。他にも何人かチーフ経験者がいるが、大阪支部はわりと若手にどんどんチーフをやらせる方針だから、一線を退いてたりする。サブにも何人か若手がいるし、大阪支部は人口比的に忙しいところだから、他所から結構新人が放り込まれて鍛えられてるみたいだな。
カテゴリー3が出たときみたいな非常時には、チーフ一人、サブ一人が必ず付くんだが、それ以外の時も訓練のサポート、各地監視カメラの見張り、データの解析、といろいろ忙しいようだな。おれにゃあできない仕事だから、いつも尊敬してんだ。ほんとだぜ?
えー、そんなもんか?
あ、各支部には地下通路が必ずある。ただの通路じゃなくて、「フール体」もしくは「フール体を有した物を身につけた人間」を移動させるワープみたいな装置があるんだ。それで現場近くへあっという間に飛べる。カテゴリー3が発現してから暴れ出すまで、だいたい1分くらいだ。だから、できるだけ早く現場に着かなくちゃいけねえからな。
あと、例えば大阪支部から別の支部、東京本部、とかにも飛べる。一応県をまたぐときは申請がいるんだが、めちゃくちゃな非常時(例えばカテゴリー3が同時に10体出た、とか)ならその手順はすっ飛ばされる。そんな事例はほとんどないけどな。一応。
やっくん(墓石八雲)が和歌山支部に実技指導に行ったときも、それを使ったはずだ。だから、和歌山まで行くのも一瞬だ。便利なもんだぜ。FCCに入るまではそんな移動手段は知らなかったもんだから、和歌山だって遠いと思ってたのによ。
えー、じゃあ、これで終わり。
おれはこういうの一番向いてねえんだよ。次はもうちょっと喋るのがうまい隊員に頼みたいところだな。
#14 百瀬縁はおせっかいである
百瀬縁(ももせゆかり)はおせっかいである。
『志摩隊の佐原です。難波隊の茅野隊員とともに、Aルームを使いたいのですが、お手すきのオペレーターさんはいますか?』
「はいはーい、本日のサポートはピーチでーす。Aルーム使用を許可しまーす。どうぞー」
『あ、ありがとうございます』
「連日大変ですねえ。本日の第一出動は斎藤隊、第二出動は墓石隊。志摩隊も難波隊もオフなのにご苦労様でーす」
FCC大阪支部のオペレータールームに勤めて3年目。キャリアは短いものの、広い視野での指示、避難誘導に優れるという上からのお墨付きをもらい、チーフを務めることも多い。
「近江くん近江くん、最近志摩隊長はどんな感じ? 元気にしてる? なんかさー、オレンジが志摩さんと飲みに行きたそうにしてるんだけど、なかなか誘えないってぼやいててさー」
『いやー、はは、そういうことは本人に聞いてもらった方が……』
近江の苦笑いが音声からも伝わってくる。
『八雲さんとか、明治さんとかと飲みに行っていることが多いみたいなんで、そちらに聞いてもらった方がいいんじゃないですかね。志摩隊長、結構いつもべろべろになるまで飲んでますし、本音もポロっと出ているかもしれませんよ』
なるほど。明治ちゃんから聞き出す手があるか。難波隊にはときどき理子に会いに行くこともあるし、そのついでに……。
「ありがとー! 明治ちゃんとはときどき喋るし、そっちから聞いてみる!」
『あ、あの、私この話聞いてても大丈夫だったんでしょうか?』
「大丈夫大丈夫! たぶん!」
難波隊の新人、茅野隊員は、今日も佐原隊員と訓練か。
オフの過ごし方は基本的に自由とはいえ、ここの支部の人たちはよく自主的に訓練をする。墓石隊の隊員は全員が自主練好きだし、志摩隊の草原隊員と登坂隊員もよく訓練室に籠っている。ベテラン揃いの宮城隊ですら、「さぼってるとなまる気がする」とか言って短時間ずつだがものすごい集中力で鍛錬していたりする。
「で、近江くん、今日はなにをするのかね?」
『あ、はい、えっと今日は、茅野隊員の装備を登録したいと思っていまして』
「あ、オッケーオッケー、じゃあ『リング』渡さないとねー!」
『そうですね、お願いします』
『リング? ですか?』
「転送しまーす。ほいこれ、足首にはめてねー。できたら右足がいいかな?」
手元でちょちょいと操作し、Aルームに「ワープリング」を転送する。
「茅野さん、右利きだったよね? なら右足を引いて構えることが多いと思うから、右足に装着してみて」
『あ、はい!』
「詳しい説明は……近江くんからの方がいいかな?」
『はい、わかりました』
いそいそと武骨なリングを装着する茅野隊員に、佐原隊員がレクチャーしている。
簡単に言えば、「フール体を異次元に消し飛ばすワープホールを作り出すためのマーカー」である。シンプルな見た目のわりに恐ろしい兵器である。
そもそも「カテゴリー4」が初めて観測されたあと生み出された技術であり、その神髄は「もしまたカテゴリー4が発現したら、速やかに消し飛ばす」ことである。たった15分の攻防で甚大な被害を出したカテゴリー4。というかカテゴリー3では測り切れないレーダー反応と攻撃力、被害規模だったから「カテゴリー4」と内密に呼ばれているだけで、FCCはアレを正しく分析できていないというのが現状だ。実際、過去二度目の発現は記録されていない。つまり、このリングが実際に現場で使用されたことは、まだない。
『まあ、だから、これが正しく機能するかはわからないんだけどね』
その通り。カテゴリー3に対して使用することも禁じられている。理論上、4人のマーカーで囲んだ正方形の空間にあるフール細胞、フール体を消し飛ばすことができる、ということになっている。その発動には支部長の指示とオペレータールームの起動操作が必須である。
つまり、起動すればその範囲にあるFCCの管轄の監視カメラやジャミング装置は全部おしゃかだし、右足のマーカーを前に出していたら消し飛ぶのは足だけだが、右足を引いていたらその隊員の全身が消し飛ぶ。発現したカテゴリー4が機動力に優れるなら数隊が同時に制圧に当たるだろうから、運よく正方形を結べた4人の隊員の内側にいる隊員はすべて消し飛ぶ。だからそう簡単に使えるものではないのである。
『だから、いざというときはさっと右足を前に出さないといけないんだ』
その判断をとっさにできる隊員がどれくらいいるだろう。
普段はリングごと足を欠損させないため、引きで使う足に装着するが、いざというときには足を逆にしろと言うのは……
「難しいよねー。実地訓練もできないし」
『そうですね』
「それにさー、そのリングさー、見た目がごつくてちょっとねー。茅野さん、ピンク色とかにもできるけどどうする?」
『ピ、ピンク色ですか!? いえ別にこのままで……』
「そう? マーブルとかヒョウ柄とかもできるよ? どう?」
『え、えっと……大丈夫です』
「遠慮しないでいいのにー、気が変わったらいつでも言ってね? カスタマイズしたげるから!」
『は、はいぃ……』
それからしばらく、右足を正しい位置に置いて正方形を描く訓練に励んでいた。
カテゴリー3と戦闘をしながら所定の位置に4人がつくというのは相当難しいはずなのに、それをカテゴリー4相手にやれる隊員というものがいったい日本にどれだけいるのかといつも百瀬は思っていた。
「カテゴリー4なんて、二度と出て来なくていいんだけどなあ……」
これは音声をオフにして呟いた。
実際にフールと相対して戦闘するのは彼らなのだ。そのモチベーションをくじくようなことは、別に聞かせなくていい。
『あ、だから難波隊が4人揃った! って環隊長は喜んでたんですね?』
「そうそう、4人揃わないと、いざというときマーカーで正方形を結べないからね」
『あれ、でも、私がフール化したとき、難波隊が出動したって聞いたんですけど?』
「あー、それね、そういうときのために、便利なフリーの隊員がいるのよ。フリー入れて4人いれば、出動できるの。あのときは野庭(のば)さんが出動したんじゃなかったかな?」
『野庭さん……』
「茅野さんはまだ会ったことないか。あっちこっち出張してるからね、あの人」
野庭隊員はベテランのフリー隊員である。隊長を退いてからはその特別な技術を買われ、他県の支部に指導に行くことも多い。「戦闘技術」を買われている墓石隊長とはまた違った意味で、貴重な存在である。
「あ、そうだ、野庭さんの話題で思い出した。『シールド』も渡しといたほうがいいよね? 近江くん?」
『ああ、そうですね。使わない人もいるけど、みゆきちゃんには必要かと』
百瀬は話しながらもう操作を終え、先ほどの「リング」よりもずっと小さな輪っかを訓練室に転送した。
『今度は指輪ですか?』
「そそ、それね、野庭シールドって言うの。ノヴァシールド、って呼んでもいいよ」
『なんですかそれ!』
「スーパーノヴァって呼ぶ人もいるね」
『ぶふっ』
野庭隊員は、FCC全体でも珍しく「自分の体を硬化させる」技術がとても高い人である。至近距離でフールと殴り合ってもほとんど傷を負わない。当時は隊長でありながら隊員の楯になるような戦い方を得意としていたらしい。
「野庭さんのフール体の情報が入っててね。念じれば任意の場所に楯が出せるってわけ」
『へええ、便利ですね!』
「ただ時間は短いし、あまり遠くにも出せないけどね。それでも戦闘が少し楽になるはず」
『遠距離攻撃をしてくるカテゴリー3もいるからね、いざというときのためにも持っていようか』
『はい!』
『シールドの大きさはだいたいね、Mサイズピザくらいかな』
『ぶふっ、ふふふっ、Mサイズピザ……』
『僕Mサイズじゃ足りないんだよね、ピザ。みゆきちゃんはMサイズで足りるタイプ?』
『ぶふぅっ! ピ、ピザって一人で食べるものじゃ……ないですよっ!』
うんうん、茅野隊員は初めの頃こそ佐原隊員を怖がっていたようだが、最近ではずいぶん慣れた様子だ。笑顔もよく見られるし、堅苦しい感じがない。新人が支部に馴染んできていることを、百瀬は自分のことのようにうれしく思った。
「あ、そういえば思い出した。ねえ茅野さん、一般市民の橘くんって子は、どんな子なの?」
『え? え?』
「詳しいことは聞いてないんだけどー、君のイイヒトらしいね? ちょっと詳しくお姉さんに教えてみ?」
『え? え? ちょ、ちょっと今はその……』
「あ、じゃあ難波隊の隊室で! 今度オフが重なったときにお邪魔するからさー、聞かせて? ね? いい話!」
『あ、あぅ』
『ピーチさん強引なところもあるけど、ミーハーなところもあるけど、悪い人じゃないよ』
「聞こえてるぞ近江くん!」
茅野隊員は真っ赤になっている。いいなー、青春だなー。
なんて思いながらも、百瀬は決してからかうつもりはない。応援一筋である。若者の恋路はすべてうまくいってほしいし、そのためなら自分はなんだって協力してあげたい。
「早くオフ被んないかなー。明治ちゃん和菓子好きって聞いたから、お土産におすすめの和菓子持ってくねー。あー楽しみー」
百瀬縁はおせっかいである。が、ゆえに友だちも多い。
ちなみに、百瀬はこのあと「専用の回線で個人的な話をし過ぎだバカ」と先輩オペレーターに頭をはたかれた。
#15 牧野雨音はツイている
牧野雨音(まきのあまね)はツイている。
「はいリーチ!」
「うおー、マキさんマジかよ」
「早すぎるって!」
「うるさいうるさい聞こえなーい。早く振り込めオラオラ!」
かつて自分自身にフールが発現したことも、別に不運だとは思っていなかった。目立った被害者も出ていなかったし、たくさん被害を出してしまった元フールに比べれば自分はずいぶんツイていると思ったものだった。
この年になるまで結婚しなかったことも、特に気にしていなかった。最愛の男は牧野がフール化してしまうよりも前に死んでしまっていたし、その男に操を立ててというつもりでもなかったが、その男以外の誰かと結婚する気になれなかったというのが本音だ。
「それ! ローン! リー、タン、ピン、ドラ4!」
「ぎゃああああああ!!」
「ドラ4!? マキさんツキすぎやろさっきから!!」
「はっはっはー、ハコらすぞー!」
FCC隊員は支部に部屋が与えられるが、いつからか牧野は小さなアパートで暮らすようになった。正当な権利なのだが、牧野自身はこの町で住民と共に生活する方を選んだのだった。「いつまでもババアが部屋埋めとったら、若いもんが暮らしにくいだろう? 老人ホームでもあるまいし。あたしはあの町でせせこましく生きているのが性に合ってんだよ」と言って、オフにはこうやって小さな雀荘で常連をカモにしたり、昼間から将棋を指して楽しんだりしている。
「はっはー、ツイてる!!」
牧野は人生を謳歌していた。
――――――
「お、初めましてだねえ新人ちゃん」
「マキさん! 今日はこの子の初出動と言える日やねん! 花持たしたってやぁ!」
「バッカ、まだまだ若いもんにいいところ譲ったげるほど老け込んでもないし優しくもないわい!」
支部待機で第一出動となったのは、牧野の所属する宮城隊だった。
「この子が入ったから、野庭(のば)のボーヤのサポートがなくても出動できるようになったんだねえ難波隊は。おめでとさん」
「ありがと! ってそうじゃなくて! ほんまにええ経験積ましてやりたいねんって!」
「はいはい、でもあたしらが手ぇ抜いて一般市民に被害が出るのは本末転倒だよ。経験積ましてやりたいってんなら、あんたがうまく立ち回りなタマキ。それが隊長だろ?」
そう言って牧野は加速した。現場に着くまで無駄話を続ける気はなかった。なにより早期決着。そして一般市民への被害ゼロ。それがいつも心がけている牧野のこだわりだった。
「はっや」
「すごい人ですね……」
「宮城隊は大阪支部最年長やけど、ああ見えてめっちゃ強いから。マキさんだけじゃなくて全員鬼のように強いから」
「あ、あの、最初の頃に写真で見せてもらった人たち……」
「そうそう。特に今のマキさんは志摩隊のケースケとかミドリちゃんに足さばき教えた人やし。うちも昔ずいぶんしごかれたし」
「昔って言うんじゃないよ! あんたにとっての3年前は昔かもしれないけど、あたしにとっちゃつい最近だよ!」
「ほんで地獄耳でもある」
タマキのやりたいことは理解できる。
訓練室でいくら練習をしようが、実際にフールを目の前にすると「ビビッて」しまう隊員は珍しくない。自分だって、何度も現場を経験して、失敗もして、先輩に叱られながら自信をつけていったものだ。
「まあ、若い隊員が増えるのは悪いことじゃないけどねえ」
かつての自分を思い出しながらしみじみと呟く。
「でも難波隊の出番はねえよ。おれたちで十分だ」
隊長である宮城がむきになっている。
「わかってるって隊長」
まず大事なのは避難が終わっていること、一般市民に被害が出ないこと。
フールを誰が倒すか、なんてのは些細なことだ。
――――――
現場はデパートの屋上だった。
小さなステージに楽器が散乱している。ヒーローショーのようなものではなく、音楽の演奏があったらしい。
ベンチや屋台、商品がめちゃくちゃに散らばっているその中央で、上半身が大きく隆起したフールが周囲を威嚇していた。元客だろうか。元店員だろうか。
『こちら進藤、配置に付いたぞ』
「了解、でかい一発は勘弁しろよ」
『了解、崩れると被害が広がるからな。屋上から逃がさないためだけに撃つわ』
「OKOK、そうしてくれ」
「宮城隊よりオペレータールームへ、デパートの内部の避難状況確認を難波隊に頼んでくれ」
『オペレータールーム、了解』
「宮城隊、これより戦闘に入る。サポートよろしくっ」
牧野を含め宮城隊の戦闘員は年配ばかりだが、フールとの戦闘においてまったく戦闘力が劣っているとは思わない。難波隊は若くて強いが、いざというときの冷静な判断がまだまだ甘い。到着する前に決着がつくだろう。
――――――
「うあぁっ! 遅かった!」
タマキの叫び声が聞こえた。
「遅かったね、難波隊。もう仕舞いさ」
牧野のウィップはすでにフールの体を拘束していたし、進藤の弾丸はフールの足を数度貫いたあとだった。宮城は得意のフットワークでいつものようにフールを翻弄していたし、寺沼は序盤に両腕を落としてフールを消耗させたあとはヒマそうにしていた。
「隊長、ボコって終わりにしてくれ」
「ちょちょちょ! ちょっと待って!」
「なんだい、あんたたちは後ろで指くわえて見てたら……」
「一発! 一発だけ! この新入りに撃たしたって!」
「バカ言ってんじゃないよ! このフールだって苦しんでるんだ! 新入りの体験学習に実験体として使わせろってのかい!?」
「う……」
これだからタマキは甘いのだ。
隊長として隊を率いている意識が優先されて、FCCの一員であるという自覚がない。
「まあまあマキさん、一発入れるくらい、いいんじゃないか? 新人の初舞台なんだろ? おれの初出動の時も、マキさんはいいところをおれに譲ってくれたじゃねえか」
「ちょっとジョーさん、甘いこと言わないでくれよ」
寺沼が軽口を叩く。
「……一般市民への被害はゼロ、周囲に飛行機やヘリはなし、見られてねえうちにさっさとしな」
「隊長! あんたまで! 難波隊の出番はねえなとか言ってたくせに!」
隊長の宮城まで甘いことを言い出した。
「ええの? マジで? マジで!? ヤギさんほんまありがとう! ほらほらみゅっち、一発撃てたら慣れるから! 足な! 急所はあかんで! 急げ! ほれ!」
「は、はぃぃ!!」
あーあーあー、結局撃つことになっちまった。どいつもこいつも甘いんだから。
牧野は顔をしかめてそっぽを向く。
「落ち着いて、訓練通りに、な」
「……はい!」
新人とはいえ、緊張しながらも様になっている。
ちゃんと誰かに教わったのだろう。
が、牧野はふと嫌な予感を感じた。
フールはほぼ制圧できている。宮城隊も難波隊もフールを取り囲んでいる。
力を抑え込むまであとわずかなダメージのはずだ。
周囲に高い建物はひとつしかないし(そこに進藤がいる)、飛行機もヘリも見えない。一般市民の目はない。ジャミングもいつも通り効いているとオペレーターが言っていた。
なのに、なぜだろう。嫌な予感が消えない。
牧野は自分のこういう勘をアテにしていた。
すーっ、はーっ。
新入りの深い呼吸。
腕、指にわずかに力がこもる。
もう撃つ。
その瞬間まで、牧野はフールの挙動に注視していた。
ほんの少し、ぶるっとフールの体が震えた。そして……。
「みゅっち、待っ……」
タマキが叫ぶがおそらくわずかに遅かった。
フールの体が小さくなる。隆起が元に戻る。
牧野のウィップをすり抜ける。
バシュン!!
無情にも新入りの弾丸が発射された。
――――――
「あんたらそろいもそろって甘ちゃんだ。隊長、あんたも含めて、だよ」
宮城は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「『信じる』ってのは『諦める』ってことと似ていてね。未来をひとつに絞って想像することは案外怖いものなんだよ。失敗したときにどうフォローするか、リカバリーするか、隠蔽するのか、糧にするのか。データも信頼も楽観的観測も大事かもしれないが、うまくいくはずの未来が『なかった』ときにどうするか、事前に考えておくことはもっと大事だと思うね。麻雀と同じさ」
新入りの弾丸は、牧野の展開したシールドによって防がれていた。先ほどまで拘束されていたフールは、人の姿を取り戻していた。
「やっぱ、あたし、ツイてたな」
シールドを出すタイミングもギリギリだった。
出す場所もぴったりだった。
人の姿に戻った状態であの弾丸を食らっていたら、無事では済まなかったかもしれない。
「そして、あんたも、ツイてたな」
牧野は、気を失いかけているバンドマン風の青年にも、そう声をかけた。
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