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Fool on the planet #1~#5

参考曲:Fool on the planet / The Pillows

#1 神様は気まぐれにトレードする
#2 人類はそれを「フール」と呼んだ
#3 難波環は快活である
#4 森永明治は寡黙である
#5 志摩夕暮は規律に厳しい


#1 神様は気まぐれにトレードする


世界で初めて「その事象」が観測されたのは、19××年、アメリカのニューメキシコ州でのことだった。

5月17日、この日のニューメキシコは朝から晴天に恵まれた。テイラー一家は、この日家族そろってピクニックに出かける予定だった。母イザベラは、朝食の準備を終わらせると、息子二人を起こそうと子ども部屋に向かった。

「おはようテッド! おはようニック! 早く起きて顔を洗って!」

すると、いつもベッドでグズグズする兄テッドは、珍しく飛び起きた。

「おはようテッド。今日はピクニックよ。いつもそれくらい勢いよく起きてくれると嬉しいんだけど」
「おはようママ」

飛び起きたテッドはそのままの姿勢でイザベラをじっと見つめ、不思議そうな顔でこう言った。

「ママ、随分髪が短くなったね?」



イザベラは子どもが生まれてから、ずっと髪を伸ばしていなかった。耳にかかる程度までの長さでいつも過ごしていた。
このときは単にテッドが寝ぼけたんだろうと気にしなかったが、テッドはいつもそわそわしていた。まるで「知らない場所に連れて来られた」みたいな態度だったと、のちにイザベラは証言した。

数日経ったある日、同じように朝起こされたテッドは、イザベラや部屋をきょろきょろと見回してこう言った。

「あれ、ママ、また髪が短くなったね? 昨日まで長かったのに」

さすがに妙だと思い、イザベラがテッドから詳しく話を聞いてみると、テッド曰く「数日前、ママがいきなり髪を伸ばして驚いた。本物の髪だった」「なんだかちょっと現実世界じゃないみたいな生活だった」「なんとなく日々を過ごしていて、ぼんやりとしか覚えてない」「今日になって、急にまたママの髪の毛が短くなった」ということだった。

どうやらこれは「神隠し」の一種ではないかと家族は結論付けた。数日間の間、ここにいたはずのテッドは「別の世界のテッド」あるいは「得体の知れない何者かがテッドに化けていたもの」だったのではないか。テッド本人は、こちらの世界とよく似た別の世界に行っていて、そちらではイザベラがなぜか髪を伸ばしていたようだ。そして、それがなにかのきっかけで、今日急に元に戻ったのではないか。

あの日一緒にピクニックに行ったテッドは偽物だったかもしれない、と不安ではあったが、「まあ、元に戻ったんだからいいじゃないか」ということで一家は安心していた。少し不思議な笑い話にする程度で、あとはすっかり元の生活に戻ることができた。

数日後、たまたまイザベラが友人のゴシップ記者にこの話をしたところ、彼女はとても興味を持ったらしく、こまごまとした細部までイザベラから聞き出した。テッド本人にもインタビューをした。テイラー一家は「発売されたら一冊送るからね」という言葉を楽しみにしていたが、まさかこのゴシップ紙の小さな記事が、歴史に深く名前を残すとは、このときは思いもしなかった。



そのゴシップ紙は、発売後すぐには特に話題にならなかった。
しかしある時期を過ぎると、触発されたかのようにテイラー一家のような経験談が大量に寄せられるようになった。タブロイド紙にも、ラジオ番組にも、警察にも、病院にも。共通していたのは、「数日で元に戻る」ということだった。入れ替わったまま、元に戻らなくなった人は一人もいなかった。

誰が名付けたか、この入れ替わり現象は「神様のトレード」と呼ばれるようになった。アメリカのみならず、世界中で報告されるようになり、片田舎のゴシップ紙から始まったこの話題は、瞬く間に誰もが知る話になった。

「あいつ最近様子が変だな。トレードされてるんじゃないか?」
「ちょっとイライラしてることが多いな。生理かと思ったけど、もしかして入れ替わってんのかな」
「急にタトゥーを入れたかと思ったら数日で消えたやつがいたよ。あいつ、入れ替わってたみたいだな」
「『もう一人の自分』って、ちょっと性格が変わったり見た目が変わったりするみたいだな」
「君は入れ替わっても今のままでも、とっても素敵だよ」

そんな会話がそこらじゅうで交わされるようになった。
しかしこの程度の話題で済んでいた頃はよかった。
次第に、この入れ替わり現象の重大なデメリットが知られていくようになる。



#2 人類はそれを「フール」と呼んだ


入れ替わり事象自体が日常の一部になった頃、その入れ替わり自体が大きな危険を孕んでいることが世間に知られることとなった。
歴史上初めての「カテゴリー3フール事件」である。

19××年、8月2日の深夜、中国の天津市のとあるホテルから公安に通報が入った。

「宿泊客の様子がおかしく、暴れ回るのでなんとかしてほしい。すでに何人もけが人が出ている」

その通報を受けホテルに向かった警察官が目にしたのは、「人間の姿を少々逸脱した男」だった。目は赤く光り、筋肉は隆起し、爪は鋭く姿勢は獣のよう。動きは人間とは思えないほど素早く、意思疎通はできず、ひたすらに凶暴。警察官が現場に到着したときにはすでに何人もの宿泊客とホテルスタッフが血を流して倒れていた。

警察官の「ホテルは包囲されている、おとなしく投降せよ」との説得にも聞く耳を持たず、警察官にも襲いかかったためやむを得ず発砲。足を狙った銃弾は確かに容疑者に当たったが、容疑者の足は止まらなかった。さらには銃弾が当たった足が膨れ上がり、人間離れした容姿に変貌していった。パニックに陥った警察官のめちゃくちゃな発砲にも動じず、容疑者は距離を詰めてゆく。
結果、先着した2名の警察官はその鋭い爪の餌食となってしまった。

遅れて到着した警察官たちは、すでに容疑者を射殺することを決定していた。多数で取り囲み、何十発も銃弾を撃ち込んでようやく容疑者は動かなくなった。この映像は一部モザイク処理され、世界中でニュースに載り、市民を恐怖のどん底に叩き落した。動かなくなった容疑者は、少しの時間を経て「元の人間の姿に戻った」のだ。これは「入れ替わり事象」「神様のトレード」の一種ではないかと専門家が皆口をそろえて警告した。

死者12名、負傷者6名の大事件だったが、数字だけでは表せない衝撃がその事件にはあった。「母の髪の毛の長さに驚く息子」なんて小さな事件から始まった話が、「人間離れした姿で無差別に危害を加えまくる異常者」という凶悪事件に繋がってしまったのだ。

これ以降、入れ替わった人間のことを「フール」と呼び、危険度によってカテゴリー分けされるようになった。



【無害認定】のカテゴリー1。入れ替わる期間は数日から1週間程度と長いが、危険はない。性格は穏やか(もちろん元々の本人の性格にもよるが)で、入れ替わり事象のほとんどがこのカテゴリー1だった。

【注意認定】のカテゴリー2。入れ替わる期間は1日から数日程度。少々元の人間よりも凶暴、粗雑になることが多いが、犯罪に走ったり見境なく危害を加えたりするほどではなく、周りの人間が少し注意して接することで十分に対処できる程度のもの。

そして【有害認定】としてのカテゴリー3。姿が変わり、意思疎通は難しく、凶暴。これは早期に制圧することをどの国の政府も奨励していた。そして、銃弾を撃ち込んでも体が変異し簡単には制圧できない事例が続くことで、あっという間に制圧奨励は「射殺推奨」へと変わっていった。

さらに世界中でぽつぽつとカテゴリー3事件が起こるにつれ、単なる警察組織ではフールに対抗できないと見た各国政府は、世界規模でのフール対策組織を発足させた。それが「Fool Countermeasures Committee(フール対策委員会)」である。

フール対策委員会はFCCと略称で呼ばれ、世界各国に組織を拡大させていった。
それから40数年、FCCが世界の平和を守っていた。市民にはその実態をほとんど公にすることなく。

そして現代、日本、大阪―――。



#3 難波環は快活である


ヴィー!! ヴィー!! ヴィー!!

FCC大阪支部の施設内にけたたましい警報の音が鳴り響いている。

「場所どこ!!」

難波環(なんばたまき)の声がオペレータールームに届く。

『北摂地域より通報! カテゴリー3と判断して出動要請!』
「北摂ってまたちょっと遠いな! 山の中とかちゃうやろな!」

環は叫びながらも一番近い連絡通路に向かう。
隊が全員揃わなければ出撃はできないが、難波隊は全員大阪支部待機の日だったので、すぐに全員揃うだろう。

『フール細胞反応確認! 周辺マップに反映済み!』
「何番が一番近い!?」
『16番です』
「ほな1番から16番! 繋げといて!」
『はい、全員揃い次第飛び込んでください』
「りょ!!」



難波環は快活である。

若くしてFCC大阪支部の難波隊を率い、治安維持に努めている。
笑顔を絶やさず、人当たりはよく、口が悪い(というか口調が荒い)。
大阪支部の人間としては珍しく関西弁である。

『綾式、D連絡通路!』

と、隊の仲間から連絡が入る。

「オッケー! 理子ちゃんそのまま入って! うちBから入るから!」

言いながら環の手はもう連絡通路の扉を開けていた。

『森永、Aです』

さらに連絡が入る。環の顔に笑顔が広がる。

「よっしゃ揃った! 行くで難波隊! 1番目指して走れー!!」
『了解!』
『了解です』



FCCが発足してから40数年。フール、とりわけカテゴリー3の恐ろしさは多くの人類が認識していた。
カテゴリー3が発現した地点から周囲1㎞は避難区域となり、シェルターに避難する勧告がなされる。公共交通機関も止まり、多くの建物や地下鉄がシェルターとしての機能を発揮する。避難区域は強力なジャミング装置が起動し、FCC隊員の戦闘行為は記録として残されない。一般に公開されるのはごく一部の限られた部分だけである。

FCC支部からは多くの専用地下道が伸びており、様々な場所へ通じている。現在環たちが現場へ急行するために使っているのもこの地下道である。



「16番から出て、うちらはここ向かうで」
「現場は学校?」
「みたいやね」
「あーじゃあ学生かあ、ちょっとやだなあ」
「理子ちゃんはここな、あんま高い建物ないっぽいから、しっかり射線通るとこ探してな」
「やだなあやだなあ」
「めいちゃんはうちと一緒に、避難最優先で、それから戦闘な」
「わかった」
「訓練通り、基本的には四肢狙って。最後はうちがぶん殴るから」

カテゴリー3のフールが発現した場合、FCC支部から基本的には2隊以上が派遣される。

「他、どこが出るの?」
「たぶん志摩さんとこちゃうかな」
「そっか、それは安心」
「あかんで、うちらでちゃんと制圧するからな!」

ライバル意識や縄張り意識を持つ隊員もいる。県境でフールが発現したときにはさらに大変である。

「もう着くよ」

森永のぼそっとした一言で、二人の顔つきが変わる。

「ほな、さっきの感じでよろしく!」
「いつも通り臨機応変で行こうね」
「はい」

そして3人は16番出口から飛び出した。



#4 森永明治は寡黙である


森永明治(もりながめいじ)は寡黙である。

「あ! 危ないよ!」とか「その服、似合ってないと思うよ」とか「その考え方、やめた方がいいよ」とかいった言葉も、たくさん飲み込んできた。「そのキーホルダー、可愛いね」とか「私たち、友だちだよね」とか「いつでも相談に乗るよ」とか、そんな言葉も飲み込んできた。そのせいで、友人は少なかった。心の中ではよく喋るのに、それが外に出ないせいで周りから勝手に「深窓の令嬢」「高嶺の花」キャラを定着させられていたときは、がっかりしたものだった。自分はそんな人間じゃないのに。

「めいちゃん、って呼んでええ?」

難波環に隊長が替わったとき、唐突にそう言われた。
「明治」なんて女の子らしくない名前を気に入っていなかった彼女だったが、それからは自分の名前を少し好きになった気がした。
あれからもう3年になる。環はあの頃より、ずっとずっと隊長らしくなったと思う。明治よりも年下だが、今のメンバーで言えば環が一番隊長らしい。だから、明治は環が隊長になることに、まったく反対しなかった。ただ、それは伝わっていただろうか。賛成の意志も、積極的に示さなかったのではないだろうか。



「めいちゃんは陽動! 目標の注意引き続けて!」

「めいちゃん、そっちに追い込むから! タイミング合わせてや!」

環はいつも明確な指示をくれる。
明治は黙って、その指示に忠実に従う。

「シッ!!」

シュン、と刀が空を切る。すべての斬撃を当てる必要はない。
空を切ることで相手の行動を制限する。
当てるための斬撃と、相手をコントロールするための斬撃を、明治は使い分けている。

こんな戦い方は、剣道を習っていた頃にはあり得なかった。すべてはFCCに入隊してから身につけた技術だった。

相手はすでに人間離れした容姿になっているとはいえ、もとは高校生の女子だ。目は赤く染まり、爪が武器になってはいるが、制服に身を包んだ女子だ。ぶった切るには少し心を殺しきれない。

睨みあいながら、一定の距離を取りながら、明治は目標の注意を引こうとしている。周囲には散乱した机といすが大量に転がっている。みなあわてて避難したのだろう。しかし学生のものと思われる血痕はない。けが人や死者は出ていないようだ。よほどここの教師は避難誘導がうまかったとみえる。



「めいちゃん! 迷いが出とる!」

環が叫ぶ。

「四肢狙ってくれたらいいから! とどめはうちが!」
「……了解」

FCC隊員はフールに対処するのが仕事だが、殺すことが仕事ではない。昔は殺害もやむなしとされていたが、あるときから瀕死にすることが目標とされてきた。瀕死に追い込むことで、フールとしての異能を抑え込むことができる。そういう研究が進んだことで、カテゴリー3のフールは瀕死に追い込み制圧するということが暗黙の了解になった。
そして、環の武器はそれに適している。

「フッ!!」

シュン、シュン、と刀が空を切る。窓際に追い込む。理子先輩も狙っているはずだ。本当はこんな狭い教室内でなんか戦うべきではないのだろうけど、校庭に引きずり出すのは骨が折れる。志摩隊の到着も遅れている。ここで素早く制圧してしまいたい。こういうところで戦うのなら、志摩隊の前衛二人にいてほしいのに。



と、そのとき難波隊の通信に連絡が入った。

『オペレータールームから難波隊へ。志摩隊は避難に遅れた市民の救助により現場到着が遅れる模様。目標を現場から外に出さないことを最優先!』

ああ、弱音を吐いたとたんこれだ。
環は「うちらでちゃんと制圧する」と気を吐いていたのに。

「あっちゃあ、ま、志摩さんなら逃げ遅れた市民を見捨てて現場に急ぐなんて、死んでもせえへんやろな」
『仕方ない。その教室から出さないようにしよう。外に逃げても私が足止めする!』

環と理子先輩が返事をする。私も、と明治は思ったが、なんと言っていいのかわからなかった。なので簡潔に、意思だけ伝える。

「ここで仕留めます。短期決戦で行きましょう」



環がハッとしてこちらを見る。普段あまり意思表示をしないものだから、驚いたのだろうか。

「私が左腕を落とす。理子先輩、目標の右側面を狙ってください。環は、とどめ、お願い」

倒す算段は考える前に口から出た。言い切ったらもう足が動いていた。目標は怪物だが、誰が悪いわけでもない。望んで破壊行動をしているわけでもない。これは病気だ。あるいは災害だ。早く終わらせてあげよう。苦しませず、終わらせてあげよう。

「シッ!!」

明治の斬撃が目標を襲う。
左側面だけを狙う。そう考えを絞ると、驚くほど相手がのろく見えた。

「だぁっ!!」

最後の一閃。左腕を根元から斬り落とす。どんぴしゃのタイミングで、遠く離れた理子先輩からの弾丸が右側面にプレゼントされる。目標は大きくバランスを崩し、叫び声をあげる。再生する前に、とどめを。

後ろを見なくても、もう環が突っ込んできているのが分かった。



「あとはよろしく」
「まかせとけええええええええ!!」

環の絶叫とともに、重い重い一撃がぶち込まれた。



#5 志摩夕暮は規律に厳しい


志摩夕暮(しまゆうぐれ)は規律に厳しい。

自分の言動や見かけが優等生でないことを十二分に理解したうえで、自分にも他人にも厳しい。「似合わないな」と言われながらも、自分のそういう厳しさが組織には必要だと思っていた。隊長になる前も、隊長になってからも、そのスタンスは大きく変わらなかった。

「うぉい、婆さん、避難命令出てんぞ。なんでまだこんなとこにいる?」

カテゴリー3のフールが発現し、通報があった時点で周囲1㎞圏内は避難地域となる。避難用シェルターは多数準備されており、頑丈な建物や地下が住民の避難場所となる。FCC隊員にも戦闘員でない者がたくさんおり、避難誘導に全力を尽くす。もちろん警察も、だ。

しかし……。

「……腰を……抜かしてしもてねえ……」
「まじかよ……ったく、災難だったな、婆さん」

避難に遅れる住民がいることもある。多くは子どもや老人だった。
今現在近辺にフールの気配はないが、大きく移動するタイプだった場合はここも危険だ。他にFCC隊員も見えない。すでに避難はほとんど完了しているということなのだろう。

「佐原ぁ! 避難に遅れた一般市民をおぶって退却!」
「了解」

志摩はとっさに判断し、隊で一番大柄な佐原に老人の避難を任せた。

「地下道に潜って待機しとけ!」
「了解!」

佐原はすでに駆け出していた。見かけほど鈍重ではないのだ。だからこそ、志摩は彼に任せたとも言える。この会話は大阪支部のオペレータールームにも届いている。志摩隊がばらけたことは、すでに伝わっただろう。



「隊長!」
「現場……どうします?」

年少の二人が隊長である志摩に尋ねる。
現場経験は少ないとはいえ、この二人の連携はかなりのレベルだ。このまま現場に行って戦闘に参加しても大丈夫だと思える。だが。

「他に逃げ遅れた市民がいないか確認しながら現場へ向かう」

先に難波隊が出てくれていてよかった。うちが現着一番乗りだった場合、避難と戦闘を天秤にかけなければいけないところだった。志摩はこっそりとため息を吐いた。

「……現場は学校だ。遠巻きに囲って、目標が飛び出して来ない限りは待機」
「そんな!」
「隊が揃わねえ状態で不用意に参戦することはできねえよ」
「でも! 難波隊はもともと3人じゃないですか! だったらオレたちも!」
「けいちゃん! やめなって!」
「うるせえ! 隊長命令だ、勝手な行動は許さねえ」

志摩だって現場で戦いたいと思っている。そのために日々訓練をしているのだから。しかし隊長がそのような私情を挟めば、そしてその私情のせいで甚大な被害が出てしまったら、その責任はどうやって取ればいい? そう思うと、ストップをかけられるようになった志摩は、自分が大人になったなと感じる。今まさにキャンキャン吠えている登坂のように、自分も血気盛んなころがあったなと思い出す。



「オペレータールーム、今日のチーフは誰だ?」
『こちらオペレータールーム、チーフはオレンジ』
「おう、オレンジか。こっちの会話は聴いてたな? オペは難波隊のサポートをメインで頼む。おれたちは保険程度に思っといてくれ」
『了解、難波隊はすでに戦闘を開始しています』
「はえーな、さすが」



「……」

登坂がぶつぶつ言っている。まだ納得がいっていないのだろう。しかし逆上して勝手に単独行動をするほど馬鹿でもない。いずれこの決断が必要だったと分かるときが来るだろう。

「……! 静かに! 誰かの声が聞こえませんか?」

と、もう一人の隊員、草村が叫んだ。
今は車も通っていない。シンと静まり返った街角に、耳を澄ませる。

「……子どもの声だ」
「登坂! 草村! 確保して避難!」
「了解!」
「了解です!」

志摩の指示を聞くが早いか、二人とも恐ろしいスピードで駆けていく。FCC隊員、とりわけ前線に立つ戦闘員は人間離れした身体能力を持つ。だがその中でも、あの二人の機動力は抜群だ。

「……頼りになる隊員たちだぜ」

将来有望な若者たちだからこそ、規則違反なんかでケチがついてほしくない。志摩も急いで後を追った。



「志摩隊からオペレータールームへ、おれたちのいるポイントへ一般の隊員を寄こしてくれ。特に先に佐原のいるポイントへ。市民を預けてから4人揃って現場へ向かう」

『こちらオペレータールーム、了解。いつも思いますけど、そういうところきっちりしてますよね、志摩さん』

「うるせえ、無駄口叩くな」

志摩夕暮は規律に厳しい。
しかしそれを自認していることと、他人から茶化されることは別問題だ。

『他人だなんてよそよそしいですね。私たちそんな関係ですか?』

「うるっせえ、正式な回線でいらんことを言うな。ていうか独り言を拾うな」

オレンジ、帰ったらしばく。
志摩は深いため息を吐いた。

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モルフェ

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ここでのSSとは、主に既存のキャラを使わないショートストーリー、ショートショートのことです。
タイトルに歌詞を引用することが多いですが、歌の世界をそのままストーリーにしているという訳ではありません。

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