
夢魔道士「夢をみたあとで」幕間エピソード集
参考曲:夢みたあとで/GARNET CROW
夢魔道士「夢をみたあとで」①
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-96.html
夢魔道士「夢をみたあとで」②
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-97.html
夢魔道士「夢をみたあとで」③
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-98.html
夢魔道士「夢をみたあとで」④
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-99.html
の合間合間のエピソードです。
読まなくても本編に特に影響ありません。
また、「カクヨム」に投稿した際に一部変更点(黒龍を調理して食べたときの矛盾点など)がありましたが、こちらの本編は修正しません。すみません。
幕間【トカゲの解体】
「魔法で一撃だったやつらは、うろこが綺麗に残っているから解体しやすくて助かる」
ザクザクとトカゲの血抜きを進める勇者を、私は指の隙間から見つめていた。
「内臓は薬師が欲しがっていることが多いし、うろこは素材屋に卸せるし」
魔物だけど血は赤色をしている。
あまり長くは見ていられない。
「睾丸は滋養強壮にいいって話だぞ。食べてみる?」
笑顔で勇者が謎の球体をこちらに差し出す。
うぇっ。
「……いりません」
「そう?」
初日から勇者の目の前で吐くわけにはいかない。
乙女は口から美辞麗句しか吐かない。
「て、手伝いましょうか?」
「……無理でしょ、その様子じゃ」
勇者の手さばきはとてもスムーズで、とても私が手を挟む余地はなかった。
しかしそれでも、なにかしなければ、と思ってしまった。
「じゃあ、味つけて焼いて」
「あ、味!?」
「食事にしよう」
「え、これ食べるんですか!?」
「まだ腹減ってないの?」
「……減ってますけど」
町で慎ましく暮らしていた身としては、こんな大きなトカゲを解体して食べるなんて初体験だった。
「トカゲの身くらい食べたことあっただろう?」
「……たぶん、食べてたと思うんですけど」
町の食堂で色んな肉や野菜を炒めた料理はよく食べていた。
その中に入っていたかもしれない。
「あんまりクセがなくて食べやすいから、ちょっと休憩がてら飯にしよう」
そこまで言うなら。
「煮込み料理でもいいぞ」
「鍋とかあります?」
「調理器具も調味料も、いろいろあるぞ」
「準備いいですね」
「燻製料理でもいいし、発酵料理でもいいぞ」
「無理言わないでください」
少し打ち解けた気がする。
勇者はトカゲをさばきながら、私は肉に適当な味つけを施しながら、話をした。
「まだもう少し魔物を狩りながら、進んでみよう」
「あ、柔らかいですね、この部位」
「君の魔力がどれくらい持つのかも気になるところだけど」
「この香辛料もピリッと辛くてクセになりますね」
「もう少し魔物の素材でも集めて、資金にしたいな」
「そっちのお肉も美味しそうですね、勇者様ちょっとそれもください」
「お前肉の話しかしてねーな!!」
私の冒険の一日目は順調に始まったようだ。
「食いしん坊キャラみたいになってるぞ! 大丈夫かこの先!?」
幕間【龍とお茶会】
泉の守り神である龍さんに、お詫びのしるしとしてお菓子とお酒をお供えした。
先ほど村でいただいてきた逸品だ。
米を甘く調理したものをもとにした菓子だそうで、龍さんはたいそうこれがお好きなんだそうだ。
『ありがたく頂戴しよう』
「ははーっ」
『これまでも花を燃やして回った冒険者や魔物はいたから、そんなに気にするな』
「ははーっ」
『かしこまらなくていい』
「……では、そのお菓子、私もちょっといただいてもいいですか」
『そこまでくだけるのも違うと思う』
小さな村と泉ではあるが、回復効果のある水だということで、訪れる者は多いらしい。
「わ、私の他の不届き者は、どうなったんですか?」
『聞きたいか』
「こ、後学のためにも」
『塵にした』
「ひっ」
『腕試しではなく、ワタシを狩りに来た者だったがな』
「そ、そんな馬鹿もいるんですね……」
わ、私の声は不自然に震えていなかっただろうか。
だい、だい、大丈夫だと、おおお思う。うん、平常心平常心。
あれ、このお菓子美味しいわね。自分用にも買っていこう。
「あ、あの、龍さんはどれくらいの間この泉を守っているんですか?」
『さあ、忘れたな』
「長すぎて、ということですか?」
『ああ、ワタシの寿命と、お前たち人間の寿命は違いすぎるから』
「そうですか……長生きなんですね……」
例えば私がよく滞在する町に毎年毎年ミンミンと泣くセミがいたとして、去年と今年のセミは全員違う個体だとして、「人間さんは長生きですね」と言われたとしても、どういう感情を抱いたらいいのかよくわからない。
そういう感じだろうか。
『お前たちの使う一年という単位は、ワタシには短すぎてあまり実感がわかないのだ』
そっか。
確かに時間という単位は人間が勝手に作ったものかもしれない。
それで測られても、確かにわからないだろう。
セミに「ええ!? 二週間もこの町にいるんですか!? わたしの寿命二周分じゃないですか!? 長いですね!」なんて言われても「はあ、そうですか」ってなもんだ。
『お前はちょくちょくセミで例えるのが趣味なのか?』
思考が漏れ散らかしていたようだった。
恥ずかしい。
『それにしても、お前の魔力はなかなかのものだった、今後の旅の無事を祈っているぞ』
ありがたいお言葉を頂戴した。
私なんかにはもったいない。
『あの勇者も、若いのにいい剣筋だった。期待できそうだ』
勇者にもありがたいお言葉を頂戴した。
聞いた私が嬉しくなってしまう。
「もし無事に魔王を討伐することができたら、また寄らせてもらいますね」
『ああ、楽しみにしている』
「たぶん、龍さんの寿命からしたらあっという間だと思いますよ」
『……だろうな。気楽に待っているぞ』
幕間【俗っぽい魔道士】
「お前は食いしん坊だし金に目がないし、なんだか俗っぽい魔道士だな」
「えへへへ、そうですかあ、それほどでもないですよう」
「褒めてねえんだよ」
クリスタルを欲しがったり宝物庫の鍵を開けてもらおうとしたりしたことを叱られた。
勇者の一行として恥ずかしくない振る舞いをすること、と約束をさせられた。
「旅に必要なものは、なんでも有効活用すべきでは?」
「それは自然物の場合だ」
冒険を安全に効率よく進めるには、なんでも利用すべきという考え方自体は間違っていない。
時には困っている人を助け、恩を売ることも大切だろう。
しかし冒険をうまく進めるためにという欲で動くのは本意ではない。そんな心意気は勇者として持つべきではない。
困っている人を助けた結果、自分たちの旅によいことが起こったり、その人が好意的に接してくれるようになったりすることはいいことだが、見返りを求めて人助けをするのは本末転倒であり、おれはそういう人間ではありたくない。
勇者の言い分は、だいたいそういうことだった。
立派だ。
まっすぐだ。
勇者かくあるべし、を地で行く勇者だ。
だけど私は私で、そういう生き方は息苦しくないのだろうかと心配になってしまったりもするのだ。
「勇者様がまっすぐ誠実すぎるので、私はこれくらいでちょうどいいんですよ」
「お前は悩みがなさそうでいいな」
「いえいえ、私にも人並みに悩みだってありますよ」
まっすぐで眩しい勇者の横で、私が「勇者の一行だ」と胸を張っていられるようにするためには、強い精神力が必要なんだと知った。
「夢で見た魔法をぶっ放す」というたったそれだけの命綱を、太く強いものにしなければいけない。
「勇者のまっすぐさ」「誠実さ」が、いつか人の悪意に飲まれることもあるかもしれない。
そのときは、きっと私が盾になってやろうと決めた。
私は誠実でなくてもいい。勇者以外に対しては。
「勇者様はそのまま、誠実でまっすぐでいてください」
「あん?」
お前はほんとに悩みなんてあんのか? という顔だ。
でもいいんだ。
私はこのままで、この関係で、別に。
「クリスタルを持った困っている人がいたら、どんどん助けましょうね」
「助ける相手の選り好みをするな」
「冗談ですって」
「冗談に聞こえないんだよなあ」
「囚われのお姫様がいたらすぐ助けましょうね」
「それは当然だろ」
「いっそ私がこっそりさらって、勇者様が助けるというプランは……」
「却下だバカ!!」
けらけらと笑い声が宿屋に響く。
「お前はほんとに俗っぽいな。本当に魔道士か?」
「だって、僧侶じゃありませんからね、私」
幕間【ヘンな魔法名】
「いい加減言わせてもらうが、あの魔法名はなんとかならないのか」
いつになく勇者の目がマジだった。
「あ、えっと、魔法名は母が考えてくれたものなので、私にはなんとも……」
魔導書にもしっかり載っている。
「どこかから怒られたりしそうだが」
「どこかって、どこですか?」
「……」
なにかマズいのだろうか。
どんな効果なのかわかりやすくていいと思うんだけど。
「なんにせよ、【風立ち~ぬ】はどうもマズいと思うんだが」
「そうですか? 【風と共に去り~ぬ】という案もあったそうですが」
「それもダメだろ」
母のネーミングセンスに文句を言われても、私にはなんともできない。
「他の魔法も、全部同じような雰囲気の魔法名か?」
「そうですね、だいたいは」
おっとりした母らしいネーミングセンスで、私は気に入っているのだけれど。
「まだ私は夢に見たことはないんですけど、美味しいお菓子を出す魔法もあるんですよ」
「へえ?」
「【まどれ~ぬ】っていうんですけど」
「バカじゃないの?」
「バカにしないでください! 母の出したマドレーヌはめちゃくちゃおいしいんですよ!?」
「それでどうやって魔物と戦うんだよ!」
「おやつにいただくんですよ!!」
母のお菓子は絶品だった。
もう食べられないことが、急に悲しくなった。
「【しろのわ~る】というのもおいしかったなあ」
「おやつに食うには重いんだよ!!」
「あ、虫を寄せつけなくなる魔法っていうのもありましたね」
「もう嫌な予感しかしない」
「たしか【かとり~ぬ】って言うんですけど」
「もうただの駄洒落じゃねえか!」
「蚊が寄ってこないんですよ?」
「だからどうした!!」
「暑い季節にはすごく便利なんですよ!?」
「お前その夢見た日はもう一回すぐ寝ろよ!!」
どうも勇者は私の夢魔法を軽んじている気がする。
「【こりとれ~る】はどうですか? 疲れた肩や腰を癒しますよ?」
「医薬品か!!」
「【はらくだ~す】なら! 便秘に困ったとき役立ちます!」
「タチの悪い医薬品か!!」
幕間【死相が見えます】
魔物に襲われることはときどきある。
魔物に襲われている人を見かけることもときどきある。
だけどそれによって死人が出ることはまれだ。
そこまで踏み込もうとする人間はほとんどいないからだ。
縄張りを荒らすような真似を進んでする人間はほとんどいないからだ。
運悪く魔物を見たら逃げる、もしくはとにかく身を守る。
ほとんどの場合、誰も戦おうとなんてしない。
なのに昼間に見かけたあの人には、死相が見えた。
はっきりと死の匂いを感じた。
冒険者だろうか。
無謀にも魔物に挑むタイプの人だろうか。
連れのほわほわした魔道士は、多くの災難に見舞われそうな雰囲気を持っていたが、それでも死相は見えなかった。
あの男は危険だ。
なんて頭の片隅に留めていたら、その二人がわたしの店へやってきた。
「今後の旅の運勢を占っていただきたいのですが」
純真無垢な目で(おバカっぽい、と言いかえてもいい)わたしの手元の占い道具に興味を示している少女。
「はあ、なんでこう、女ってのは占いが好きかね」
後ろでため息を吐く冒険者風の男。
すでに未来は少し見えてしまっているが、それを正直に伝えるべきか。
当たり障りのないことを言って安心させるか。
わたしのプロ意識が混乱している。
「これからの旅で、なにか問題は起こるでしょうか」
「あ、もっと言えば、私たちは魔王を倒せるでしょうか」
「未来は、平和な世の中になっていますかね?」
重すぎる依頼だった。
そんなはっきりと未来予知をする店じゃないんだけど。
ていうかそんなことができる占い師だったら、もっとでかい店を構えてるわ!
「あ、そうなんですか……」
「じゃ、じゃあ、今後の運勢だけでも、ちらっと、さわりだけ」
一気に謙虚になった。
見た目どおりほんわかした少女だ。
こんな子が、魔王を倒すだって?
勇者の一行だってことよね?
二人で!? こんなゆるいノリで!?
……俄然応援してあげたくなってしまった。
カードをめくりながら、説明をしていく。
「……あなたは、多くの災難に見舞われるでしょうが、それを乗り越えていける前向きさがあります」
「……強く望み、誠実さを貫き、油断をしなければ、大願も成就されるでしょう」
「ラッキーカラーはパープル」
「夜間に暴飲暴食をしないことをお勧めします」
「後半うさん臭くなったな」
男が呟く。
わたしもそう思う。
「じゃあ、とにかく今日から、クリームの盗み食いは禁止だからな」
「えーっ!?」
そんなことしてたのか、この子。
占いなんてなくても禁止にしておいてほしい。
「……そしてあなた、あなたは」
「え? おれはいいよ」
「そう言わず、聞いてください」
別に料金を二倍取るつもりもない。
「死相が出ています」
「え?」
「近いうちに命の危険にさらされるでしょう」
あれ? しかし、これは……
「もちろん、未来は不確定です」
「あなたの強運が勝つかもしれません」
「しかし、ゆめゆめ気を抜かれないこと」
「ラッキーカラーはバーガンディ」
「寝る前には必ずトイレに行くことをお勧めします」
「子どもか!」
見えた死相が揺らいだ。
もしかしたら、回避するかもしれない。
しかし、半端なことは言えない。
わたしの占いなんて、その程度のものだ。
「ま、気をつけよう」
「ありがとうございましたあ!」
少女はきちんと二人分の料金を払って行った。
気持ちのいい人たちだ。
店を出ていこうとしながら、二人が話している声が聞こえてきた。
「ねえ勇者様、バーガンディってどんな色ですか?」
「なんだよお前、知らねえのか?」
「教えてください」
「えーと、ほら、葉っぱの、鮮やかじゃない感じの色だよ」
「へえー、そうなんですかあ」
違うよ!!
全然違うよ!!
「か、渇きかけた血の色ですよ!!」
二人に向かって叫んだあとで気づいた。
ちょっと不吉だったかもしれない。
幕間【勇者の父の話】
「勇者様の剣技は、どこで習得されたのですか?」
旅の途中、木陰で休みながら私は勇者に尋ねてみた。
あまり大きな魔物も出ず、比較的楽な道中だった。
「親父に習ったんだ」
「へえ、お父上に」
意外だった。
勇者というのは父というよりも「師匠」「マスター」みたいな立場の人に師事しているものと思っていた。
「お父上は、名のある剣豪だったのですか?」
「いいや、ただの鍛冶屋だよ」
鍛冶屋?
鍛冶職人が剣技を教えた?
「自分が打った剣を適当に扱われたらいやだ、という理由で自分でも剣技を磨いた人だったんだ」
「はああ~、それは高い志ですね」
じゃがいもを育てた農民が一番じゃがいもをおいしく調理できるようになるようなものだろうか。
ちょっと違うか。
「では、お父上が勇者の洗礼を受けてもよかったのでは?」
「いや、そこまでの気概はなかったみたいだ」
勇者は生まれついてのものではなく、戦闘における素養と、人柄や野心などを総合的に見て、教会や城で洗礼を受けることでなれる職業だ。
だから、やろうと思えば私も勇者になれるのだ。
「お気楽な思考といやしさで落とされると思う」
「な、なんてこと言うんですか!!」
「親父は背後の敵に敏感だった」
「敵には腹を見せるな、腹を刺される」
「背中を見せるな、背中を刺される」
「そう教わったよ」
確かに勇者は、囲まれたときも冷静に立ち回るのがうまい。
「では、敵にはどう向き合うのですか?」
「側面だけ見せろ、そう口酸っぱく言われたな」
半身になって敵と向き合う、ということか。
そう言われてみれば、今までの勇者の立ち合いで敵に正面を向けている姿が思い浮かばない。
「私も参考にしますね」
「お前は前衛じゃないから別にいいんだよ」
「いやいや、そうは言われましても、私も敵に囲まれたとき気をつけておくに越したことはないでしょう?」
「余計なこと考えずにおれの後ろで魔力を練っててくれたらいいんだよ」
「むうう」
まあ、近接戦闘はからっきしなので、勇者の言うとおりではある。
「そもそもが少人数パーティなんだから、得意を生かす立ち回りでいいんだよ」
まあ、そうよね。
無理に私が勇者の真似をする必要もないか。
「そういえば、鍛冶を教わったわけではなかったんですか?」
鍛冶屋の息子なら、跡を継がせたいと思われていたのでは?
「そうだな、特にそういうことを言われたことはなかったな」
「へえ、なんか、珍しい気もしますね」
「好きに育てばいいと言ってくれていたし、勇者をめざしたいと言ったときも応援してくれたし」
「いいお父上じゃないですか」
「……そうだな」
勇者が少し遠い目をした。
あれ、今少し間があったような気もするし。
あまり触れるべきではない話題だったのだろうか。
まさかすでに故人だったりとか……
「おれが初めに使っていた剣、親父が打ってくれたやつだったんだ」
それは……
私が魔法を纏わせてボロボロにしてしまったやつでは……
お父上の遺作をあんな荒い使い方させてしまった責任を感じる。
「まさか魔法を纏って使うなんて思ってなかったから」
「う……」
「ばれたら怒られちまうな」
「え?」
「『魔法を纏うなら先に言っとけ! それ専用で作ってやったのに!』とかどやされちまう」
生きてんのかい!
「……なんか失礼なこと思ってねえか」
口に出なくてよかった! でも伝わってそう!
「親父がもう死んでてあの剣が遺作だとか勘違いしてたんじゃないのか?」
ほぼばれてる!
「さ、さあ、そろそろ出発しましょう!」
「あんまり長居してると、魔物が寄ってくるかもしれませんし!」
私は慌てて立ち上がる。
「もう休憩はいいのか?」
「はい! 回復しました!」
「おやつまだ残ってんぞ」
「い、いいですいいです、残りは勇者様が食べちゃってください」
「珍しいな、卑しさの権化みたいなお前が残すなんて」
言い返したかったけど、そっぽを向いた。
いつか私の母の話をしよう。
勇者のお父上の話を聞かせてもらったお返しに。
「さ、行きますよ!」
私は顔を見られないように、ずんずん進んだ。
ため息がほんのり聞こえた気がしたが、気にしないことにした。
幕間【おそろいの人形】
「あ! これ! すっごく可愛くないですか?」
町の露店で、とても可愛らしい人形を見かけた。
魔道士をかたどった人形だった。
手のひらに収まる程度の大きさだが、細かいところまでよく刺繍されている。
「ねえ、ねえ、これ買ってもいいですか?」
勇者におねだりする。
基本的には「無駄な買い物をするな」と怒られるが、気前よく買ってくれるときもある。
だから私は、欲しいと思ったものがあったらできるだけ遠慮なく言うようにしている。
「……そんなもの買って、どうするんだ」
無駄と一刀両断されたわけではなかった。
「カバンにぶら下げたら可愛いと思いませんか?」
よく見ると、戦士のような人形や商人のような人形もある。
踊り子や、農民や、よくわからない派手なものや地味なものや……
勇者の姿によく似たやつもあるかもしれない。
「お前それ、どういうものかわかってて言ってんのか?」
「え? どういうものかって……?」
「それ、呪い人形だぞ」
「……なんですか、それ」
名前がちょっと怖い。
「お客様、お目が高い」
若い女店主が声をかけてきた。
「そいつにはアタシの魔法がかかってる」
「背中のポケットに『ヒトの一部』を入れておけば、そのヒトとリンクする」
「ヒトが傷つけば人形も傷がつき、元気になれば直る」
「ま、そんだけの子ども騙しだけどね」
「ひひ、人の一部を入れる!?」
グロくないですか、それ。
「馬鹿、髪の毛とか、血の一滴とか、そんなんでいいんだよ」
あ、そっか。
それなら……まあ……いいか。
ときどきこういうものを作る魔道士がいるらしい。
難しい魔法というより、それぞれの地域に伝わる民間魔法の一種で、個性が出るらしい。
魔法の個性という意味では、私の使う夢魔法もその一種だろう。
なにしろ母と私しか使ってない。
「もしかして、その人形が壊れたら私が同じように壊れるとか、そういう……」
「いや、それは大丈夫」
そういう魔法もあるが、それだと人形を後生大事にしなければいけなくなるので、だいたいは人間から人形への一方通行らしい。
それでなにか旅が快適になるかというとそんなことはなさそうだが、それだけのギミックが、なぜか私の心をつかんだ。
「ねえ、ねえ、勇者様、買いましょうこれ!」
……
可愛らしい魔道士のもの、勇者の装備になんとなく似ている気がするもの、二つを購入した。
「これ、おれに似てるか?」
勇者は少し不満そうだったが、あの中で一番似ていると思ったものを選んだ。
「リンクさせると、少しずつ本人に似ていったりもするんで、お楽しみに」
店主さんはそんなふうに言って笑った。
二人でそれぞれ髪の毛を一本入れて、準備完了。
「じゃあ、勇者様、こちらを」
「あ? これはお前の方じゃねえのか」
「いえいえ、こちらを勇者様に持ってもらって、私はこちらを」
カバンにくくりつけるためのひもも、鮮やかな糸を織り合わせてあっておしゃれだ。
私はすっかり気に入ってしまった。
この、勇者っぽい方の人形が。
「……」
勇者は魔道士っぽい可愛い人形を持って少し固まっていたが、ため息をつきながらカバンに仕舞った。
「大事にしてくださいね、ふふふ」
「お前こそな」
勇者とおそろい。
というか交換。
ちょっと嬉しい。
「すぐ汚したり腕もげたり、させないでくれよ」
「そんなことしませんよ!」
大事にしよう。
私はそっと人形をなでた。
なんだか少し、温かい気がした。
幕間【瞬間移動の代償】
「ゆ、勇者様!! 凄い夢をみました!! 起きてください!!」
「んー、もうちょっと寝かせろ……」
「起きてくださいよう!! 早く早く!!」
「んん……」
私がこんなにも必死に勇者を起こすのにはわけがある。
昨日の夢はレアだ。大当たりだ。
スーパー・スペシャル・スゴイやつだ。
「S級魔法なんですよ!! 今日の魔法!!」
……
勇者はまだ少し眠そうにしているが、私の言葉を聞いて一応起きてくれた。
「で、なんだって、S級? いつものやつよりも強力なのか?」
「はい、そうです! 格別ですよ! 別格ですよ!」
この旅で、はじめて見た夢だ。
例外を除いて、ほぼすべての夢魔法には「S級」がある。
いつもの夢魔法よりもずっと強力だ。
もちろん、魔力を練るのもずっと難しいが。
しかしそれでも、私がこの魔法を使える日が来たということが、素直に嬉しかった。
「で、なんの魔法?」
「身が軽くなる魔法です!」
【軽な~る(かろな~る)】という名前だ。
俊敏性を大きく上げる魔法だ。
しかもS級だ。
いったいどれほど素早く動けるようになるんだろう。
「頭痛薬の名前か?」
「違いますよ!」
手早く朝食を取って、私は勇者を引っぱって広い草原まで出た。
「ま、まずはですね、普通の夢魔法をかけてみます」
いきなりS級では怖い。
慣らし運転だ。
千年の眠り。
ひとかけらの斥力。
浮雲と羽毛、消えゆく泡沫。
光を背に一寸先は闇。
時満ち足りて疾風の如し。
【夢魔法 軽な~る】
杖を勇者に向け、魔力で全身を覆う。
シュウン……
「お、おお……!?」
「どうですか?」
「すごい、自分の体の重さをほとんど感じない」
鎧を着ていても、腕の動かし方がやけに軽そうだ。
「ほっ」
勇者が消えた。
「え!?」
と、驚いている間に、目の前にまた現れた。
「ど、どうやったんですか? 今の」
「いや、単純に真上に飛んでみただけだ。でも着地も楽でいいな、これ」
「どれくらい飛べました?」
「風の魔法でお前が木の実を落としてたときくらいの高さじゃねえかな」
着地の音もほとんどなかった。
身軽というか、重力に反しているような動きだった。
なかなか使えそうだ。
「じゃ、じゃあ、S級いきますよ?」
「おう、楽しみだ」
S級魔法は詠唱がいつもより長い。
間違えないように、一度おさらいしてから、唱え始めた。
千年の眠りでは飽き足らず。
ひとかけらの斥力を掻き集め。
浮雲と羽毛、消えゆく泡沫。
光を背に一寸先は闇。
スーパー・スペシャル・スゴイやつ。
居住まいを正し括目せよ。
時満ち足りて疾風の如し。
【S級夢魔法 スゴイ・軽な~る】
「おいなんか途中ふざけてないかその詠唱」
シュゥゥウウウン……
「……ど、どうですか?」
「……」
勇者は体を少し動かして確認するのみだ。
肘を曲げたり、手を握ったり開いたり。
「……軽いですか?」
ふっと勇者がこちらを見る。
そしてにやりと笑った。
「え?」
「どっち見てんだよ、こっちだよ、こっち」
「ひっ!!」
背後から声がして、私は文字通り飛び上がって驚いた。
「はっはっは、それはおれの残像だ」
悪役みたいな台詞を吐きながら、勇者が笑って立っていた。
「え? え?」
前にも勇者がいる。
「すごい高速で動きながら、行ったり来たりしたら、残像が残るんだな」
「いや、すごいな、これ」
「まあおれの技術があってこそだが」
「これなら魔物を惑わしながら楽に戦闘ができそうだ」
前後の勇者が交互に喋る。
いったいどうやっているんだろう。
「S級魔法、なかなか……」
そこまで喋って、急に勇者が倒れ込んだ。
背後の勇者は消えていた。
「え! ど、どうしたんですか、勇者様!」
「……」
なぜか息も絶え絶えだ。
体力が持たなかったのだろうか?
それともなにか、副作用が……?
「……熱い……」
「え?」
「全……身が……熱いぃぃぃぃいいいいい!!!!」
「ええええええ!?」
「暑い! 熱い! 暑い! 熱い! うがああああああああああ!!!!」
……
近くの小川に勇者を放り込んで、ようやく勇者は落ち着いた。
「ほんとお前、おれを、勇者と思ってない扱いするよね、ね」
全身に水をかぶった勇者は、恨みがましい目で私を睨みつけていた。
「いやあ、あはは、あはあは」
「笑ってごまかすな」
つまり、目で追えないくらい素早く動くことで、空気と体の摩擦が一瞬で起きてしまったと。
そしてそれをくり返したものだから、全身が熱くなってしまったと。
どうやらそういうことらしい。
風の魔法で空を飛んだときも「空気の圧力」は全身で感じていたから、イメージできる。
むしろ空気の刃で切り刻まれなくてよかったくらいだ。
「で、この魔法で、どうやって魔物を倒す?」
「え、ええっと……」
「相手にかけて、調子に乗らせて、全身を熱くさせる?」
「そ、そんな都合よくいかないかと……」
使い方がとても難しい。
「魔物に魔法をかけて、すぐに勇者様が蹴り飛ばし、そのすきに逃げるというのはどうでしょう?」
「すごい速さで追いかけてきたらどうすんだよ」
「あ、そっか」
なにかいい使い方を思いつかないと、せっかくのS級魔法が宝の持ち腐れになってしまう。
「相手の頭にだけ魔法をかけて、頭を斬り飛ばすというのは」
「普通に斬り落とすのとどう違うんだ」
「むむ……」
いろいろ考えた結果、「勇者の鎧と剣を軽くする」という使い道に落ち着いた。
「地味! はじめてのS級魔法、すごい地味!」
「いいじゃねえか、戦いやすいぜ?」
かっこつかないなあ。
いつかまたS級魔法が使える日がきたら、もっと頑張ろう、と心に誓った。
「普通の方でいいぞ? S級、なんか強力すぎて逆に使いづらい」
「んんー!! 悔しい!!」
幕間【ハープの歌姫】
その小さな集落には、音楽家たちが立ち寄っていた。
そこかしこから、きれいな歌声や、珍しい楽器の音色が聴こえてくる。
「心地よい響きですね」
「ああ、お前のいびきとは雲泥の差だ」
「ちょ、ちょ、なんで私のいびきと比べて言うんですか!」
「おれが普段聴く音楽はそれくらいしかないからだよ」
私たちがハープを弾いている女性に近寄ったとき、ちょうど曲が終わったところだった。
「素晴らしい!」
「素敵!」
「ありがとうございます」
近くの人たちが口々に褒め称えている。
よほどいい歌だったようだ。
集まっている人数は少ないが、みな惜しみない拍手を送っている。
「残念、聴きたかったですね」
「まあ、まだやってくれるんじゃないか」
と、その女性がこちらを向いた。
「あら、もしかして、旅の勇者様では?」
「知り合いですか、勇者様?」
「いや、ハープ奏者に知り合いはいないはずだが」
まあ、こんな美人を忘れるはずはないだろう。
「いえ、お噂はかねがね」
噂になっていたのか。
照れるわね。
「噂になってるのはおれだろ、お前は照れる必要ないだろ」
「い、いいじゃないですか! ちょっとくらい有名人気分を味わったって!」
顔が熱くなる。
きっと赤くなっている。
照れとは違う感情で。
「ご一緒の魔道士様も、たいそう強くて可愛らしいと、噂になっていましたよ」
「ほ、ほら! 私も噂になってるらしいですよ!」
私は得意げになって言った。
「可愛い」というところが特に気になった。
「調子に乗るんじゃない」
勇者は冷静に私をたしなめる。
美人に褒められてこの冷静さ、普通じゃないわね。
僧なのかしら。
そんなふうに勇者を冷ややかに見ていたら、美人がとんでもない申し出をしてきた。
「勇者様、もしよろしければお二人の歌を作らせてはいただけませんか?」
私たちの歌を!? ただで!? え、そんな、逆にいいんですか!?
「ああ、景気のいいやつを、頼むよ」
だからなんでそんなにクールなんですか。
バラでも背負ってそうな顔してなんでそういうこと言えるんですか。
私なんて「うひょー! 私の可愛さを存分に褒め称える曲をよろしくお願いしまあああああす!!」とか言ってしまいそうなのに。平伏して土下座してお金払いそうなのに。
……
しばらく考え込んだ後、彼女はハープを弾き始めた。
ポロン
ポロン
ポロロロロン
「即興で歌いますので、細かいところはご容赦ください」
ポロン
ポロン
ポロロロロン
拍手が起こる。
私たちの歌を即興で作ってもらうなんて初めての経験だ。
とてもドキドキしている。
『その剣は 闇を切り裂く』
『その魔法で 世界に 光が射す』
『怯えよ 異形よ』
『称えよ 偉業を』
『さあ 時は来た 命を燃やせ』
『民衆よ 喜べ 平和はすぐそこに』
『その剣は 闇を切り裂く』
『その魔法で 世界に 光が射す』
「ぶ、ぶらぼー!!」
私は精いっぱいの拍手をした。
これが私たちの歌だなんて、なんて嬉しいのだろうか。
気づけば、みんなも同じように拍手を送っていた。
勇者も心なしか頬が紅潮している。
「い、い、いい歌でしたね!! 素敵でしたね!!」
「……ああ、嬉しいもんだな」
「頑張って魔王倒して、みんなを喜ばせたいって! そう思いましたよね!」
「……ああ、そうだな」
「この歌が色んな町で歌い継がれて、誰でも知っている歌になったら、嬉しいですよね!」
「……ああ」
「子どもも大人もお爺さんもお婆さんも、この歌を聴いて涙している姿が思い浮かびます……」
「……ああ……お前が全部喋ってくれるおかげで楽だわ」
興奮する私の横で、あくまで勇者は冷静さを保とうとしていたが、それでもやっぱり嬉しそうな様子がにじみ出ていた。
「ありがとうございます! 素敵な歌でした! きっと私たち、魔王を倒しますからね!」
ハープの歌姫も、なんだか嬉しそうだった。
それから、勇者は機嫌がいいときにはこの歌を鼻歌で歌っていることが多かった。
「~♪」
ちょっとへたくそだったけど、それは言わないでおいた。
私も、嬉しくなっていっしょに歌った。
「その剣は~闇を~切り裂く~う~♪」
「お前、下手だな」
「そ、そ、そんなことないです!!」
私も下手だったらしい。悔しい。
幕間【変な卵料理】
旅の途中で立ち寄った町は、なんだか陽気な雰囲気が漂っていた。
明るいというか。
浮かれているというか。
熱に浮かされているというか。
「ねえ、勇者様、なんだかこの町、陽気ですね?」
「そうだな、妙に、な」
おかしな雰囲気ではないが、今まで見てきた町とは少し様子が違うようだ。
「住民におかしな様子があるわけでもないのに……なんだか……んん?」
勇者が反応した目線の先、私もつられて目をやると……
「んん? え?」
身体が硬直した。
勇者も戸惑いながら剣に手をかけていた。
「……あれ、魔物ですよね?」
普通に服を着て、普通に談笑しながら買い物をする魔物がいた。
魔物……だと思う。しかし、周りの誰も気に留めていない。
緑の肌に、ギラついた目、長い爪。
フードをかぶってはいるが、明らかに異質だった。
「……いや、この町はそういう町なのかもしれない」
「そういう町とは?」
「人と魔物が共存している町だ。早まって部外者のおれたちが町中で襲いかかるわけにはいかない」
「……様子を見ましょうか」
見回してみても、別に魔物がたくさんいるわけではない。
彼が特殊なのかもしれない。
ただちょっと顔色が悪くて、目つきが鋭くて、爪の手入れをしていないだけの人かもしれない。
「いやそれはさすがに無理がある」
その人(?)は、普通に買い物を済ませ、ふらふらと歩いて行った。
「つけますか?」
「……一応、目を離さないようにしておこうか」
旅人が珍しくなさそうな町だ。
彼も旅人なのかもしれないし、この町に差別的な考えを持つ人が少ないのかもしれない。
「しかし結構買い込んでいたぞ」
「日持ちのしなさそうな食材が多かったですね」
「この町に住んでいる可能性が高い」
「じゃあ、やっぱりちょっと顔色の悪い、ただの人かも……」
「それはない」
「とも言い切れないじゃないですか?」
「うーん……」
ゆっくり歩くその人は、やがて小さな料理屋に入っていった。
「……別に悲鳴が上がるわけでもありませんね」
「すれ違う人も、普通の反応だったしな」
「そういえば、小腹が空きませんか?」
「おれはお前ほど食いしん坊では……」
言いかけて、ぐぅっと勇者の腹の虫が鳴いた。
「……ちょうどいいので、ここで食事にしませんか?」
「……反対する理由はないな」
私は躊躇なくその扉を開いた。
「いらっしゃい」
気持ちのよい挨拶が迎えてくれる。
「……2名で」
「あいよ、奥のテーブルにどうぞ」
きょろきょろと見回しながら、席に着く。
「店主さんは普通の顔色でしたね」
「あんま見るな」
先ほどの緑色の人は見当たらない。
客ではなかったのだろうか。となると店員か?
「ご注文は?」
いつの間にかそばに立つ別の店員の存在に気づくのが遅れ、私はひゃっと声を上げた。
「あ、す、すみません、まだ……」
メニューもなにも見ていなかったので、と謝ろうとしたとき、店員の手が四本あることに気づいた。
「ぎゃー!」
「わっ」
狭い店内で大声を上げてしまった。
店員も私の声に驚く。
「あ、す、すみません、失礼を……」
しどろもどろになる私に、その店員さんは優しく答えてくれた。
「あはは、よく驚かれます。旅の方ですね?」
「あ、ええ、まあ」
「私は魔物ですが、人を襲ったりはしませんので、ご安心ください」
「はあ……」
ウェイターとしては便利そうだな、と思いながら勇者の方を見ると、彼もまた戸惑った顔をしていた。
魔物は基本的に倒してきたので、気まずいものがあるのかもしれない。
「おすすめは、なにかあるかな」
気を取り直して勇者が尋ねる。
「そうですね、この店でしか食べられない珍しいものというと、こちらがおすすめですね」
四本腕の店員さんが指し示したのは、「激辛・魔物の卵とじ」だった。
「……」
「……頼むのに勇気のいる料理名ですね」
魔物が激辛なのか?
卵とじのあとの味付けが激辛なのか?
ていうか魔物の店員さんが魔物料理を薦めてくるのは笑った方がいいのだろうか。
私が「人間の煮込み料理がおすすめですよ」とか言うようなものじゃないか?
「ちょっと珍しいニワトリスの卵を使ってましてね」
「ニワ……?」
「ニワトリスです」
「コカトリスじゃなくて?」
「ニワトリスです」
聞いたことがない。
「ちょっとだけ魔物化したニワトリでね、家畜化に成功したんです」
怪しい。しかし気になる。
「じゃあそれと、あとパンとスープを」
「あいよ、少々お待ちを」
ほかに客もあまりいないので、先ほどの店員さんを呼んで聞いてみた。
「さっき肌が緑色の人がこの店に入っていったんですが、彼も店員ですか?」
「ああ、あいつね、うちのコックの一人ですよ」
「ここは、彼やあなたのような、その、魔物が……普通に暮らしている町なんですか?」
「ええ、みな受け入れてくれています」
彼が言うには、「魔王の支配を逃れる魔物」がときどきいるそうだ。
あるとき急に、「人間と同じように暮らしたい」「人間を襲うのはもう嫌だ」と感じたらしい。
そういった人たち(魔物たち)が、この町に集まるそうだ。
「……今まで魔物と見ればすべて敵だと思っていたので、意外でした」
「……すみません、あなたの仲間を、たくさん倒してきて……」
謝る私に、彼はなんでもないことのように笑って言った。
「人間と見れば見境なく襲っていった魔物が悪いのです、お気になさらず」
「でも、私たちのように普通に生活をする魔物もいることを、知ってもらえれば嬉しいですね」
「この町以外では、やはり異質な目で見られますから」
今までたくさんの差別があったのだろう。
私だって、説明がなければ襲いかかっていたかもしれない。
周りの反応を見て、「ああ、別に凶暴な人ではないのだろう」と判断しただけに過ぎない。
「……認識を改めます」
泉の守り神だった龍さんの花を燃やして回ったころを思い返していた。
あのときの自分だったら、問答無用で町中にもかかわらず魔法をぶっ放していたかもしれない。
いくらかの旅の経験で、私は少し寛容になれたのだろうか。冷静になれたのだろうか。
これからももっと、魔物や人間について、深く考えていった方がいいのだろうか。
「お待ち!」
感傷にふけっていると、料理が運ばれてきた。
早いわね。
「おお、これはまた旨そうだな」
見た目から「激辛!」って感じはしないが、程よい量の肉や野菜が卵でとじられている。
匂いも食欲をそそる。
「いただきます!」
「声がでかい」
この肉は、魔物? こりこりしていて食感が面白い。
野菜は、うん、普通の野菜だ。
卵は黄色いけど、ニワトリではなくニワトリスの……
「かっらぁ!!!!」
つい叫んでしまった。
あわてて水を飲む。
勇者も声には出さないが、その顔が物語っていた。
「こういう……辛さか……」
舌がしびれる。
変な汗が出る。
トウガラシや香辛料をきかせた料理とはまた違う、舌にくる辛さだった。
「あ、でも慣れてくると美味しい」
「いや、うん、旨いのは確かだ」
調味料が辛いのではなく、卵が辛いのだった。
「魔物化してるから卵に辛みが出るんですかね」
「ニワトリの卵とは全然別物だな」
「もしかしてこれ、弱めの毒では?」
「おい、やめろ」
ひいひい言いながらぺろりと平らげた。
会計を済ませたとき、店の奥にあの店員さんがいた。
最初の印象よりもずっと、温厚そうな表情に見えた。
「ごちそうさまでした」
「お口にあいましたか?」
「ええ、とっても美味しかったです」
いい店だ。
魔王を倒したら、またこの町に寄りたいと思った。
そして当然、同じメニューをまた頼みたいと思った。
「また今度来たときも、あの激辛卵とじを注文したいです」
「店員さんも、あの料理がお好きなんですか?」
おすすめしてくれたんだからきっと、と思った。
しかし四本腕の店員さんは、気まずそうにこう言った。
「ぼく、魔物料理食べられないんですよね」
人生で一番、表情をコントロールするのが難しい瞬間だった。
幕間【夢魔道士全裸待機】
人気のない谷間に、その場所はあった。
「わ! わ! 温泉ですよ、勇者様!」
立ち上る湯気。
かすかなツンと鼻にくる香り。
これが俗に言う、温泉というものか。
「私初めてです! は、早く入りましょう! ね!」
「バカ、無防備に裸を晒して、魔物に襲われたらどうするつもりだ」
「そんなこと言われましても! これを目の前にして我慢しろだなんて意地悪ですよ!」
周りは岩場でごつごつしているが、人気もないし魔物の気配もない。
正直なところ、私だったら裸でも魔法で戦えるし。
「お前、今日は雷の魔法使ってただろうが」
「感電したらどうすんだ、バカ」
あ、そうだった。
うっかり使ったら自爆攻撃になってしまう。
「で、でも……」
私はあきらめきれず、温泉のそばから離れない。
「交代で、ね、交代で入りましょう! 片方は見張り役で……」
「当ったり前だろうが!! 一緒に入れるか!!」
「え、どうしてですか? 布切れで隠せば問題ないじゃないですか」
「問題あるわ!!」
……
先に勇者に入ってもらうことにした。
一応、「一番風呂」を譲ったという形だ。
「あー、これは、いいな……」
とろける勇者の独り言が聞こえる。
私は岩の裏で、魔物が出て来ないか見張りをしている。
「一生ここにいたい……」
なにやら物騒な独り言だ。
「酒があったらなお良い……」
おじさんみたいなことを言っている。
でも、温泉でお酒を飲みたい気持ち、わかる。
「交代したくない……」
「ダメです! 次は私です! 待ってるんですからね!」
「ぎゃー! 覗くんじゃねえ!!」
「乙女みたいなこと言わないでください!!」
続いて私が二番風呂だ。
「足元がごつごつしてて痛いですね……」
「足切っちゃいそう……」
ちゃぽん
「あ、いい感じの温度ですね? これはもう……」
バッシャン!
「んあー!! 気持ちいい!! 気持ちが良すぎるぅ!!」
「飛び込むな、風情のない」
「いいじゃないですかー。私たちしかいないんだしっ」
お湯につかると、疲れが吹っ飛ぶ気がした。
私は肩まで、いや鼻くらいまで、ゆっくりと湯につかった。
「勇者様ー、そこにいますよね?」
「ああ、いるいる」
「ここ、絶対また来ましょうね」
「魔王を倒したらな」
「私たちで温泉宿を運営してもいいですねえ」
「バカ、人が来ねえよこんな辺鄙なところ」
「こんな最高な場所、私たちだけの秘密にしておくにはもったいないですよお……」
「っ」
私たちはのんきに喋っていたが、突然勇者が言葉を切った。
「……勇者様?」
「魔物だっ! お前は出るなっ!!」
「え? え?」
ドシュッ!
ズバッ!
勇者の剣が魔物を切り裂く音がする。
ドシュッ!
「え? ちょ」
ズババンッ!!
「ギャアアアアアアアアッ!!」
え? 勇者の声じゃないよね? 魔物の断末魔だよね?
「……ふぅっ」
今の声が勇者だよね?
大丈夫だよね?
「おい、無事か?」
「きゃー!! きゃー!! いきなり出てくるのはダメですっ!」
「バカ、お前なんでまだ裸なんだよっ!!」
人気のない温泉に無防備に入り込む人間を狙う魔物もいるらしい。
たまたま勇者が見張ってくれていたからなんともなかったが、一緒に入っていたらダメだったかもしれない。
「いや、一緒に入る選択肢はなかったから」
「布で隠せば大丈夫ですって」
「お前叫んでただろうが」
「だからあれは、なにも隠してなかったから……」
「隠せよ!」
「だっていきなり覗きこんでくるなんて思わなかったから……」
「魔物が来てるって言ってんのに、なんで全裸で待ってたんだよ!」
なにも言い返すことができなくなった。
勇者が倒してくれるだろうと期待して、温泉を満喫しながら無防備に待っていたお供の魔道士だった。
「今度温泉を見つけても、スルーだから」
「そんな殺生な!」
幕間【ギャンブル勝負】
「あれ、勇者様、なんですかそれ」
旅の途中、休憩しているときに勇者が取り出したのは、見慣れないさいころだった。
「たまに雑貨屋で買い集めてたんだよ」
「そんなの、どうするんですか?」
「見つめる」
「それ正しい使い方じゃないのでは?」
「転がして遊ぶ」
「……正しい使い方ですけど意味あります?」
たいして場所を取るものでもない。
高いものでもない。
だけど、そんなものを集めていて、しかも結構な量になっていることを私は知らなかった。
「そんな趣味があること、今まで知りませんでした」
唇を尖らせて、少し抗議の意味を込めて言う。
「お前のいないときに買ってたから……」
「どうしてですか?」
「だって、ほら、無駄遣いだとか言うだろ?」
言うかも。
でも、別に内緒にしなくってもいいじゃないか。
「ね、それで遊びましょうよ、せっかくだから」
骨で作ったようなもの、ガラスのようなもの、装飾の見事なもの、いろいろあった。
だけど、使い道は同じだ。
「私が子どもの頃やってた遊びがあるんですけど」
「どんな?」
「倉庫番って遊びなんですけど」
「知らないな」
子どもの頃、なかなか勝てないままに母とよく勝負していた。
それを思い出しながら、勇者にルールを教える。
「さいころを6個振るんです」
「で、ダブらなかった目だけ取り除きます」
「それから、残りをまた振って、ダブらなかった目だけ同じように取り除きます」
「このとき、さっきすでに取り除いた目はダメです」
「で、3回振って、結局何種類取り除けたかで勝負します」
「たくさん取り除けた方が勝ちです」
たったこれだけのルールだ。
子どもでも簡単だ。
「3回のうちで6種類そろえたら必ず勝ち?」
「いや、そういう訳じゃないです。そろわなかったら、数が多い方。一番強いのは1回目に6種類そろうことです」
「そんな偶然あるか?」
「たまーに、ごくまれーに、ありますよ」
1回でそろえたら、大貴族という役。
2回でそろえたら、貴族。
3回目でそろえたら、大商人。
3回目でそろわなかったら、商人。
まあ、だいたい商人しか出せない。
「まあいいや、やってみるか」
まずは勇者がやってみることに。
「お、これだと……4と5と6が取れるってことだな?」
「そうですね、2が3個あるのはダメです」
「で、もう一回振ると……これは?」
「2,2,5なのでどれも取れません」
「ううむ、ダメか」
「もう一回振ってください」
「せいっ」
ころころ……
「4,4,6なのでこれもダメですね」
「難しくない? これ」
結局3個しかそろわなかった。
でも、だいたいこんなものだ。
「じゃあ次は私ですね」
「あ、そういえば勝負なんだよな?」
「あ、ええ、そうですね、一応」
「なにを賭けるか決めてなかった」
勇者の目がキラキラしている。
賭け事、意外と好きなのかしら。
ていうか、さいころを集めてる時点で結構ギャンブル好きなのかも。
「負けた方は、恥ずかしい秘密を話す」
「うわああああ、大丈夫ですかそんな危ないもの賭けちゃって」
「この旅でだいたいお互いのことわかってるんだから、大した罰じゃないだろ?」
「知りませんよー、私強いですよ? 一番最近のおねしょのエピソード用意しといてくださいよ」
「最近なんてしてねえよ!!」
罰も決めて、私が振る番だ。
「とうっ」
ころころ……
「だいぶダブってんな」
「1だけですね、取れるの」
幸先悪い。
「せいっ」
ころころ……
「お、4と5か」
「1と、2のダブりは取れませんね」
「これで今、同点か?」
「そうですね、さあ、鮮やかに逆転しますよー」
実は同じ個数だったら、目の合計が大きい方が勝ちなんだけど、それを言うと私が負ける可能性が高くなるので、引き分けということにしておこう。
「ていっ」
ころころ……
「……」
「……」
「6来たー!!」
「ぐっ……」
「私4個! 私の勝ちですね!」
「くそう」
「さあ、さあさあ、勇者様の恥ずかしい話、おひとついただきます!」
対して強い役でもなかったけど、勝てちゃった。
母が強すぎたんだわ、たぶん。
「…………毒ミミズを食って唇が倍に膨れ上がったことがある」
「そのエピソード知ってますー!!!!」
「ダメです、許可できません」
「ぐっ」
「自分から罰を決めておいてそれは……ねえ……?」
「……10歳までぬいぐるみと寝ていた」
「ん~~~~いいでしょう!」
恥ずかしいというより可愛い話だが、勇者の珍しい一面が知れたのでよし。
「次だ次! お前の恥ずかしい話も聞かなきゃわりに合わん!」
その発言自体がけっこう恥ずかしい気がしたけどつっこむのはやめておく。
……
「よし! 5個だぞ!」
「んぐぅ!」
「ほらほら、今度はお前の恥ずかしい話を聞かせろ!」
「えーと、えーと、両乳首のそばに泣きぼくろがそろってます」
「バカ野郎! 飛ばし過ぎだ!」
……
「やったー! 勇者様2個! 負け! 大負け!」
「むぐぐ……」
「じゃあまた勇者様の恥ずかし……」
「地面から這い出てきた魔物に股間を頭突きされて気絶したことがある!」
「よく生きてましたね!?」
……
「さっきのぬいぐるみの話、本当は12歳まで! ちょっと控えめに言ってた!」
「背中をなでられるとぞくぞくして力が抜けちゃいます!」
「裁縫ができない!」
「イカが食べられません!」
「同じ日に2回、鳥にフンを落とされた!」
「ローブに躓いてすっ転んで、全部脱げたことがあります!」
「はじめて酒を飲んだ日は、全裸で教会の前で目覚めた!」
「私も一緒です! はじめてお酒を飲んだ日は、全裸で川で目覚めました!」
……
お互い恥ずかしい話も出尽くしたようだ。
変な笑いが出て、どちらからともなく、お開きになった。
「さ、行くか」
「行きますか」
もう間もなく魔王城だ。
くだらない話を楽しむ余裕も、なくなるだろう。
「なにか言い残しておくことは?」
「それは死ぬことが決まっているときに言うやつです」
死ぬつもりはない。
もちろん勇者を死なせるつもりはもっとない。
「無事終わったら、またくだらない話をしたいですね」
「ああ、そうしよう」
ロマンティックな話もしたい。
身の上話もちゃんとしたい。
「行くか」
「行きましょう」
旅が、もうすぐ終わる。
【幕間 ここまで】
夢魔道士「夢をみたあとで」①
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-96.html
夢魔道士「夢をみたあとで」②
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-97.html
夢魔道士「夢をみたあとで」③
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-98.html
夢魔道士「夢をみたあとで」④
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-99.html
の合間合間のエピソードです。
読まなくても本編に特に影響ありません。
また、「カクヨム」に投稿した際に一部変更点(黒龍を調理して食べたときの矛盾点など)がありましたが、こちらの本編は修正しません。すみません。
幕間【トカゲの解体】
「魔法で一撃だったやつらは、うろこが綺麗に残っているから解体しやすくて助かる」
ザクザクとトカゲの血抜きを進める勇者を、私は指の隙間から見つめていた。
「内臓は薬師が欲しがっていることが多いし、うろこは素材屋に卸せるし」
魔物だけど血は赤色をしている。
あまり長くは見ていられない。
「睾丸は滋養強壮にいいって話だぞ。食べてみる?」
笑顔で勇者が謎の球体をこちらに差し出す。
うぇっ。
「……いりません」
「そう?」
初日から勇者の目の前で吐くわけにはいかない。
乙女は口から美辞麗句しか吐かない。
「て、手伝いましょうか?」
「……無理でしょ、その様子じゃ」
勇者の手さばきはとてもスムーズで、とても私が手を挟む余地はなかった。
しかしそれでも、なにかしなければ、と思ってしまった。
「じゃあ、味つけて焼いて」
「あ、味!?」
「食事にしよう」
「え、これ食べるんですか!?」
「まだ腹減ってないの?」
「……減ってますけど」
町で慎ましく暮らしていた身としては、こんな大きなトカゲを解体して食べるなんて初体験だった。
「トカゲの身くらい食べたことあっただろう?」
「……たぶん、食べてたと思うんですけど」
町の食堂で色んな肉や野菜を炒めた料理はよく食べていた。
その中に入っていたかもしれない。
「あんまりクセがなくて食べやすいから、ちょっと休憩がてら飯にしよう」
そこまで言うなら。
「煮込み料理でもいいぞ」
「鍋とかあります?」
「調理器具も調味料も、いろいろあるぞ」
「準備いいですね」
「燻製料理でもいいし、発酵料理でもいいぞ」
「無理言わないでください」
少し打ち解けた気がする。
勇者はトカゲをさばきながら、私は肉に適当な味つけを施しながら、話をした。
「まだもう少し魔物を狩りながら、進んでみよう」
「あ、柔らかいですね、この部位」
「君の魔力がどれくらい持つのかも気になるところだけど」
「この香辛料もピリッと辛くてクセになりますね」
「もう少し魔物の素材でも集めて、資金にしたいな」
「そっちのお肉も美味しそうですね、勇者様ちょっとそれもください」
「お前肉の話しかしてねーな!!」
私の冒険の一日目は順調に始まったようだ。
「食いしん坊キャラみたいになってるぞ! 大丈夫かこの先!?」
幕間【龍とお茶会】
泉の守り神である龍さんに、お詫びのしるしとしてお菓子とお酒をお供えした。
先ほど村でいただいてきた逸品だ。
米を甘く調理したものをもとにした菓子だそうで、龍さんはたいそうこれがお好きなんだそうだ。
『ありがたく頂戴しよう』
「ははーっ」
『これまでも花を燃やして回った冒険者や魔物はいたから、そんなに気にするな』
「ははーっ」
『かしこまらなくていい』
「……では、そのお菓子、私もちょっといただいてもいいですか」
『そこまでくだけるのも違うと思う』
小さな村と泉ではあるが、回復効果のある水だということで、訪れる者は多いらしい。
「わ、私の他の不届き者は、どうなったんですか?」
『聞きたいか』
「こ、後学のためにも」
『塵にした』
「ひっ」
『腕試しではなく、ワタシを狩りに来た者だったがな』
「そ、そんな馬鹿もいるんですね……」
わ、私の声は不自然に震えていなかっただろうか。
だい、だい、大丈夫だと、おおお思う。うん、平常心平常心。
あれ、このお菓子美味しいわね。自分用にも買っていこう。
「あ、あの、龍さんはどれくらいの間この泉を守っているんですか?」
『さあ、忘れたな』
「長すぎて、ということですか?」
『ああ、ワタシの寿命と、お前たち人間の寿命は違いすぎるから』
「そうですか……長生きなんですね……」
例えば私がよく滞在する町に毎年毎年ミンミンと泣くセミがいたとして、去年と今年のセミは全員違う個体だとして、「人間さんは長生きですね」と言われたとしても、どういう感情を抱いたらいいのかよくわからない。
そういう感じだろうか。
『お前たちの使う一年という単位は、ワタシには短すぎてあまり実感がわかないのだ』
そっか。
確かに時間という単位は人間が勝手に作ったものかもしれない。
それで測られても、確かにわからないだろう。
セミに「ええ!? 二週間もこの町にいるんですか!? わたしの寿命二周分じゃないですか!? 長いですね!」なんて言われても「はあ、そうですか」ってなもんだ。
『お前はちょくちょくセミで例えるのが趣味なのか?』
思考が漏れ散らかしていたようだった。
恥ずかしい。
『それにしても、お前の魔力はなかなかのものだった、今後の旅の無事を祈っているぞ』
ありがたいお言葉を頂戴した。
私なんかにはもったいない。
『あの勇者も、若いのにいい剣筋だった。期待できそうだ』
勇者にもありがたいお言葉を頂戴した。
聞いた私が嬉しくなってしまう。
「もし無事に魔王を討伐することができたら、また寄らせてもらいますね」
『ああ、楽しみにしている』
「たぶん、龍さんの寿命からしたらあっという間だと思いますよ」
『……だろうな。気楽に待っているぞ』
幕間【俗っぽい魔道士】
「お前は食いしん坊だし金に目がないし、なんだか俗っぽい魔道士だな」
「えへへへ、そうですかあ、それほどでもないですよう」
「褒めてねえんだよ」
クリスタルを欲しがったり宝物庫の鍵を開けてもらおうとしたりしたことを叱られた。
勇者の一行として恥ずかしくない振る舞いをすること、と約束をさせられた。
「旅に必要なものは、なんでも有効活用すべきでは?」
「それは自然物の場合だ」
冒険を安全に効率よく進めるには、なんでも利用すべきという考え方自体は間違っていない。
時には困っている人を助け、恩を売ることも大切だろう。
しかし冒険をうまく進めるためにという欲で動くのは本意ではない。そんな心意気は勇者として持つべきではない。
困っている人を助けた結果、自分たちの旅によいことが起こったり、その人が好意的に接してくれるようになったりすることはいいことだが、見返りを求めて人助けをするのは本末転倒であり、おれはそういう人間ではありたくない。
勇者の言い分は、だいたいそういうことだった。
立派だ。
まっすぐだ。
勇者かくあるべし、を地で行く勇者だ。
だけど私は私で、そういう生き方は息苦しくないのだろうかと心配になってしまったりもするのだ。
「勇者様がまっすぐ誠実すぎるので、私はこれくらいでちょうどいいんですよ」
「お前は悩みがなさそうでいいな」
「いえいえ、私にも人並みに悩みだってありますよ」
まっすぐで眩しい勇者の横で、私が「勇者の一行だ」と胸を張っていられるようにするためには、強い精神力が必要なんだと知った。
「夢で見た魔法をぶっ放す」というたったそれだけの命綱を、太く強いものにしなければいけない。
「勇者のまっすぐさ」「誠実さ」が、いつか人の悪意に飲まれることもあるかもしれない。
そのときは、きっと私が盾になってやろうと決めた。
私は誠実でなくてもいい。勇者以外に対しては。
「勇者様はそのまま、誠実でまっすぐでいてください」
「あん?」
お前はほんとに悩みなんてあんのか? という顔だ。
でもいいんだ。
私はこのままで、この関係で、別に。
「クリスタルを持った困っている人がいたら、どんどん助けましょうね」
「助ける相手の選り好みをするな」
「冗談ですって」
「冗談に聞こえないんだよなあ」
「囚われのお姫様がいたらすぐ助けましょうね」
「それは当然だろ」
「いっそ私がこっそりさらって、勇者様が助けるというプランは……」
「却下だバカ!!」
けらけらと笑い声が宿屋に響く。
「お前はほんとに俗っぽいな。本当に魔道士か?」
「だって、僧侶じゃありませんからね、私」
幕間【ヘンな魔法名】
「いい加減言わせてもらうが、あの魔法名はなんとかならないのか」
いつになく勇者の目がマジだった。
「あ、えっと、魔法名は母が考えてくれたものなので、私にはなんとも……」
魔導書にもしっかり載っている。
「どこかから怒られたりしそうだが」
「どこかって、どこですか?」
「……」
なにかマズいのだろうか。
どんな効果なのかわかりやすくていいと思うんだけど。
「なんにせよ、【風立ち~ぬ】はどうもマズいと思うんだが」
「そうですか? 【風と共に去り~ぬ】という案もあったそうですが」
「それもダメだろ」
母のネーミングセンスに文句を言われても、私にはなんともできない。
「他の魔法も、全部同じような雰囲気の魔法名か?」
「そうですね、だいたいは」
おっとりした母らしいネーミングセンスで、私は気に入っているのだけれど。
「まだ私は夢に見たことはないんですけど、美味しいお菓子を出す魔法もあるんですよ」
「へえ?」
「【まどれ~ぬ】っていうんですけど」
「バカじゃないの?」
「バカにしないでください! 母の出したマドレーヌはめちゃくちゃおいしいんですよ!?」
「それでどうやって魔物と戦うんだよ!」
「おやつにいただくんですよ!!」
母のお菓子は絶品だった。
もう食べられないことが、急に悲しくなった。
「【しろのわ~る】というのもおいしかったなあ」
「おやつに食うには重いんだよ!!」
「あ、虫を寄せつけなくなる魔法っていうのもありましたね」
「もう嫌な予感しかしない」
「たしか【かとり~ぬ】って言うんですけど」
「もうただの駄洒落じゃねえか!」
「蚊が寄ってこないんですよ?」
「だからどうした!!」
「暑い季節にはすごく便利なんですよ!?」
「お前その夢見た日はもう一回すぐ寝ろよ!!」
どうも勇者は私の夢魔法を軽んじている気がする。
「【こりとれ~る】はどうですか? 疲れた肩や腰を癒しますよ?」
「医薬品か!!」
「【はらくだ~す】なら! 便秘に困ったとき役立ちます!」
「タチの悪い医薬品か!!」
幕間【死相が見えます】
魔物に襲われることはときどきある。
魔物に襲われている人を見かけることもときどきある。
だけどそれによって死人が出ることはまれだ。
そこまで踏み込もうとする人間はほとんどいないからだ。
縄張りを荒らすような真似を進んでする人間はほとんどいないからだ。
運悪く魔物を見たら逃げる、もしくはとにかく身を守る。
ほとんどの場合、誰も戦おうとなんてしない。
なのに昼間に見かけたあの人には、死相が見えた。
はっきりと死の匂いを感じた。
冒険者だろうか。
無謀にも魔物に挑むタイプの人だろうか。
連れのほわほわした魔道士は、多くの災難に見舞われそうな雰囲気を持っていたが、それでも死相は見えなかった。
あの男は危険だ。
なんて頭の片隅に留めていたら、その二人がわたしの店へやってきた。
「今後の旅の運勢を占っていただきたいのですが」
純真無垢な目で(おバカっぽい、と言いかえてもいい)わたしの手元の占い道具に興味を示している少女。
「はあ、なんでこう、女ってのは占いが好きかね」
後ろでため息を吐く冒険者風の男。
すでに未来は少し見えてしまっているが、それを正直に伝えるべきか。
当たり障りのないことを言って安心させるか。
わたしのプロ意識が混乱している。
「これからの旅で、なにか問題は起こるでしょうか」
「あ、もっと言えば、私たちは魔王を倒せるでしょうか」
「未来は、平和な世の中になっていますかね?」
重すぎる依頼だった。
そんなはっきりと未来予知をする店じゃないんだけど。
ていうかそんなことができる占い師だったら、もっとでかい店を構えてるわ!
「あ、そうなんですか……」
「じゃ、じゃあ、今後の運勢だけでも、ちらっと、さわりだけ」
一気に謙虚になった。
見た目どおりほんわかした少女だ。
こんな子が、魔王を倒すだって?
勇者の一行だってことよね?
二人で!? こんなゆるいノリで!?
……俄然応援してあげたくなってしまった。
カードをめくりながら、説明をしていく。
「……あなたは、多くの災難に見舞われるでしょうが、それを乗り越えていける前向きさがあります」
「……強く望み、誠実さを貫き、油断をしなければ、大願も成就されるでしょう」
「ラッキーカラーはパープル」
「夜間に暴飲暴食をしないことをお勧めします」
「後半うさん臭くなったな」
男が呟く。
わたしもそう思う。
「じゃあ、とにかく今日から、クリームの盗み食いは禁止だからな」
「えーっ!?」
そんなことしてたのか、この子。
占いなんてなくても禁止にしておいてほしい。
「……そしてあなた、あなたは」
「え? おれはいいよ」
「そう言わず、聞いてください」
別に料金を二倍取るつもりもない。
「死相が出ています」
「え?」
「近いうちに命の危険にさらされるでしょう」
あれ? しかし、これは……
「もちろん、未来は不確定です」
「あなたの強運が勝つかもしれません」
「しかし、ゆめゆめ気を抜かれないこと」
「ラッキーカラーはバーガンディ」
「寝る前には必ずトイレに行くことをお勧めします」
「子どもか!」
見えた死相が揺らいだ。
もしかしたら、回避するかもしれない。
しかし、半端なことは言えない。
わたしの占いなんて、その程度のものだ。
「ま、気をつけよう」
「ありがとうございましたあ!」
少女はきちんと二人分の料金を払って行った。
気持ちのいい人たちだ。
店を出ていこうとしながら、二人が話している声が聞こえてきた。
「ねえ勇者様、バーガンディってどんな色ですか?」
「なんだよお前、知らねえのか?」
「教えてください」
「えーと、ほら、葉っぱの、鮮やかじゃない感じの色だよ」
「へえー、そうなんですかあ」
違うよ!!
全然違うよ!!
「か、渇きかけた血の色ですよ!!」
二人に向かって叫んだあとで気づいた。
ちょっと不吉だったかもしれない。
幕間【勇者の父の話】
「勇者様の剣技は、どこで習得されたのですか?」
旅の途中、木陰で休みながら私は勇者に尋ねてみた。
あまり大きな魔物も出ず、比較的楽な道中だった。
「親父に習ったんだ」
「へえ、お父上に」
意外だった。
勇者というのは父というよりも「師匠」「マスター」みたいな立場の人に師事しているものと思っていた。
「お父上は、名のある剣豪だったのですか?」
「いいや、ただの鍛冶屋だよ」
鍛冶屋?
鍛冶職人が剣技を教えた?
「自分が打った剣を適当に扱われたらいやだ、という理由で自分でも剣技を磨いた人だったんだ」
「はああ~、それは高い志ですね」
じゃがいもを育てた農民が一番じゃがいもをおいしく調理できるようになるようなものだろうか。
ちょっと違うか。
「では、お父上が勇者の洗礼を受けてもよかったのでは?」
「いや、そこまでの気概はなかったみたいだ」
勇者は生まれついてのものではなく、戦闘における素養と、人柄や野心などを総合的に見て、教会や城で洗礼を受けることでなれる職業だ。
だから、やろうと思えば私も勇者になれるのだ。
「お気楽な思考といやしさで落とされると思う」
「な、なんてこと言うんですか!!」
「親父は背後の敵に敏感だった」
「敵には腹を見せるな、腹を刺される」
「背中を見せるな、背中を刺される」
「そう教わったよ」
確かに勇者は、囲まれたときも冷静に立ち回るのがうまい。
「では、敵にはどう向き合うのですか?」
「側面だけ見せろ、そう口酸っぱく言われたな」
半身になって敵と向き合う、ということか。
そう言われてみれば、今までの勇者の立ち合いで敵に正面を向けている姿が思い浮かばない。
「私も参考にしますね」
「お前は前衛じゃないから別にいいんだよ」
「いやいや、そうは言われましても、私も敵に囲まれたとき気をつけておくに越したことはないでしょう?」
「余計なこと考えずにおれの後ろで魔力を練っててくれたらいいんだよ」
「むうう」
まあ、近接戦闘はからっきしなので、勇者の言うとおりではある。
「そもそもが少人数パーティなんだから、得意を生かす立ち回りでいいんだよ」
まあ、そうよね。
無理に私が勇者の真似をする必要もないか。
「そういえば、鍛冶を教わったわけではなかったんですか?」
鍛冶屋の息子なら、跡を継がせたいと思われていたのでは?
「そうだな、特にそういうことを言われたことはなかったな」
「へえ、なんか、珍しい気もしますね」
「好きに育てばいいと言ってくれていたし、勇者をめざしたいと言ったときも応援してくれたし」
「いいお父上じゃないですか」
「……そうだな」
勇者が少し遠い目をした。
あれ、今少し間があったような気もするし。
あまり触れるべきではない話題だったのだろうか。
まさかすでに故人だったりとか……
「おれが初めに使っていた剣、親父が打ってくれたやつだったんだ」
それは……
私が魔法を纏わせてボロボロにしてしまったやつでは……
お父上の遺作をあんな荒い使い方させてしまった責任を感じる。
「まさか魔法を纏って使うなんて思ってなかったから」
「う……」
「ばれたら怒られちまうな」
「え?」
「『魔法を纏うなら先に言っとけ! それ専用で作ってやったのに!』とかどやされちまう」
生きてんのかい!
「……なんか失礼なこと思ってねえか」
口に出なくてよかった! でも伝わってそう!
「親父がもう死んでてあの剣が遺作だとか勘違いしてたんじゃないのか?」
ほぼばれてる!
「さ、さあ、そろそろ出発しましょう!」
「あんまり長居してると、魔物が寄ってくるかもしれませんし!」
私は慌てて立ち上がる。
「もう休憩はいいのか?」
「はい! 回復しました!」
「おやつまだ残ってんぞ」
「い、いいですいいです、残りは勇者様が食べちゃってください」
「珍しいな、卑しさの権化みたいなお前が残すなんて」
言い返したかったけど、そっぽを向いた。
いつか私の母の話をしよう。
勇者のお父上の話を聞かせてもらったお返しに。
「さ、行きますよ!」
私は顔を見られないように、ずんずん進んだ。
ため息がほんのり聞こえた気がしたが、気にしないことにした。
幕間【おそろいの人形】
「あ! これ! すっごく可愛くないですか?」
町の露店で、とても可愛らしい人形を見かけた。
魔道士をかたどった人形だった。
手のひらに収まる程度の大きさだが、細かいところまでよく刺繍されている。
「ねえ、ねえ、これ買ってもいいですか?」
勇者におねだりする。
基本的には「無駄な買い物をするな」と怒られるが、気前よく買ってくれるときもある。
だから私は、欲しいと思ったものがあったらできるだけ遠慮なく言うようにしている。
「……そんなもの買って、どうするんだ」
無駄と一刀両断されたわけではなかった。
「カバンにぶら下げたら可愛いと思いませんか?」
よく見ると、戦士のような人形や商人のような人形もある。
踊り子や、農民や、よくわからない派手なものや地味なものや……
勇者の姿によく似たやつもあるかもしれない。
「お前それ、どういうものかわかってて言ってんのか?」
「え? どういうものかって……?」
「それ、呪い人形だぞ」
「……なんですか、それ」
名前がちょっと怖い。
「お客様、お目が高い」
若い女店主が声をかけてきた。
「そいつにはアタシの魔法がかかってる」
「背中のポケットに『ヒトの一部』を入れておけば、そのヒトとリンクする」
「ヒトが傷つけば人形も傷がつき、元気になれば直る」
「ま、そんだけの子ども騙しだけどね」
「ひひ、人の一部を入れる!?」
グロくないですか、それ。
「馬鹿、髪の毛とか、血の一滴とか、そんなんでいいんだよ」
あ、そっか。
それなら……まあ……いいか。
ときどきこういうものを作る魔道士がいるらしい。
難しい魔法というより、それぞれの地域に伝わる民間魔法の一種で、個性が出るらしい。
魔法の個性という意味では、私の使う夢魔法もその一種だろう。
なにしろ母と私しか使ってない。
「もしかして、その人形が壊れたら私が同じように壊れるとか、そういう……」
「いや、それは大丈夫」
そういう魔法もあるが、それだと人形を後生大事にしなければいけなくなるので、だいたいは人間から人形への一方通行らしい。
それでなにか旅が快適になるかというとそんなことはなさそうだが、それだけのギミックが、なぜか私の心をつかんだ。
「ねえ、ねえ、勇者様、買いましょうこれ!」
……
可愛らしい魔道士のもの、勇者の装備になんとなく似ている気がするもの、二つを購入した。
「これ、おれに似てるか?」
勇者は少し不満そうだったが、あの中で一番似ていると思ったものを選んだ。
「リンクさせると、少しずつ本人に似ていったりもするんで、お楽しみに」
店主さんはそんなふうに言って笑った。
二人でそれぞれ髪の毛を一本入れて、準備完了。
「じゃあ、勇者様、こちらを」
「あ? これはお前の方じゃねえのか」
「いえいえ、こちらを勇者様に持ってもらって、私はこちらを」
カバンにくくりつけるためのひもも、鮮やかな糸を織り合わせてあっておしゃれだ。
私はすっかり気に入ってしまった。
この、勇者っぽい方の人形が。
「……」
勇者は魔道士っぽい可愛い人形を持って少し固まっていたが、ため息をつきながらカバンに仕舞った。
「大事にしてくださいね、ふふふ」
「お前こそな」
勇者とおそろい。
というか交換。
ちょっと嬉しい。
「すぐ汚したり腕もげたり、させないでくれよ」
「そんなことしませんよ!」
大事にしよう。
私はそっと人形をなでた。
なんだか少し、温かい気がした。
幕間【瞬間移動の代償】
「ゆ、勇者様!! 凄い夢をみました!! 起きてください!!」
「んー、もうちょっと寝かせろ……」
「起きてくださいよう!! 早く早く!!」
「んん……」
私がこんなにも必死に勇者を起こすのにはわけがある。
昨日の夢はレアだ。大当たりだ。
スーパー・スペシャル・スゴイやつだ。
「S級魔法なんですよ!! 今日の魔法!!」
……
勇者はまだ少し眠そうにしているが、私の言葉を聞いて一応起きてくれた。
「で、なんだって、S級? いつものやつよりも強力なのか?」
「はい、そうです! 格別ですよ! 別格ですよ!」
この旅で、はじめて見た夢だ。
例外を除いて、ほぼすべての夢魔法には「S級」がある。
いつもの夢魔法よりもずっと強力だ。
もちろん、魔力を練るのもずっと難しいが。
しかしそれでも、私がこの魔法を使える日が来たということが、素直に嬉しかった。
「で、なんの魔法?」
「身が軽くなる魔法です!」
【軽な~る(かろな~る)】という名前だ。
俊敏性を大きく上げる魔法だ。
しかもS級だ。
いったいどれほど素早く動けるようになるんだろう。
「頭痛薬の名前か?」
「違いますよ!」
手早く朝食を取って、私は勇者を引っぱって広い草原まで出た。
「ま、まずはですね、普通の夢魔法をかけてみます」
いきなりS級では怖い。
慣らし運転だ。
千年の眠り。
ひとかけらの斥力。
浮雲と羽毛、消えゆく泡沫。
光を背に一寸先は闇。
時満ち足りて疾風の如し。
【夢魔法 軽な~る】
杖を勇者に向け、魔力で全身を覆う。
シュウン……
「お、おお……!?」
「どうですか?」
「すごい、自分の体の重さをほとんど感じない」
鎧を着ていても、腕の動かし方がやけに軽そうだ。
「ほっ」
勇者が消えた。
「え!?」
と、驚いている間に、目の前にまた現れた。
「ど、どうやったんですか? 今の」
「いや、単純に真上に飛んでみただけだ。でも着地も楽でいいな、これ」
「どれくらい飛べました?」
「風の魔法でお前が木の実を落としてたときくらいの高さじゃねえかな」
着地の音もほとんどなかった。
身軽というか、重力に反しているような動きだった。
なかなか使えそうだ。
「じゃ、じゃあ、S級いきますよ?」
「おう、楽しみだ」
S級魔法は詠唱がいつもより長い。
間違えないように、一度おさらいしてから、唱え始めた。
千年の眠りでは飽き足らず。
ひとかけらの斥力を掻き集め。
浮雲と羽毛、消えゆく泡沫。
光を背に一寸先は闇。
スーパー・スペシャル・スゴイやつ。
居住まいを正し括目せよ。
時満ち足りて疾風の如し。
【S級夢魔法 スゴイ・軽な~る】
「おいなんか途中ふざけてないかその詠唱」
シュゥゥウウウン……
「……ど、どうですか?」
「……」
勇者は体を少し動かして確認するのみだ。
肘を曲げたり、手を握ったり開いたり。
「……軽いですか?」
ふっと勇者がこちらを見る。
そしてにやりと笑った。
「え?」
「どっち見てんだよ、こっちだよ、こっち」
「ひっ!!」
背後から声がして、私は文字通り飛び上がって驚いた。
「はっはっは、それはおれの残像だ」
悪役みたいな台詞を吐きながら、勇者が笑って立っていた。
「え? え?」
前にも勇者がいる。
「すごい高速で動きながら、行ったり来たりしたら、残像が残るんだな」
「いや、すごいな、これ」
「まあおれの技術があってこそだが」
「これなら魔物を惑わしながら楽に戦闘ができそうだ」
前後の勇者が交互に喋る。
いったいどうやっているんだろう。
「S級魔法、なかなか……」
そこまで喋って、急に勇者が倒れ込んだ。
背後の勇者は消えていた。
「え! ど、どうしたんですか、勇者様!」
「……」
なぜか息も絶え絶えだ。
体力が持たなかったのだろうか?
それともなにか、副作用が……?
「……熱い……」
「え?」
「全……身が……熱いぃぃぃぃいいいいい!!!!」
「ええええええ!?」
「暑い! 熱い! 暑い! 熱い! うがああああああああああ!!!!」
……
近くの小川に勇者を放り込んで、ようやく勇者は落ち着いた。
「ほんとお前、おれを、勇者と思ってない扱いするよね、ね」
全身に水をかぶった勇者は、恨みがましい目で私を睨みつけていた。
「いやあ、あはは、あはあは」
「笑ってごまかすな」
つまり、目で追えないくらい素早く動くことで、空気と体の摩擦が一瞬で起きてしまったと。
そしてそれをくり返したものだから、全身が熱くなってしまったと。
どうやらそういうことらしい。
風の魔法で空を飛んだときも「空気の圧力」は全身で感じていたから、イメージできる。
むしろ空気の刃で切り刻まれなくてよかったくらいだ。
「で、この魔法で、どうやって魔物を倒す?」
「え、ええっと……」
「相手にかけて、調子に乗らせて、全身を熱くさせる?」
「そ、そんな都合よくいかないかと……」
使い方がとても難しい。
「魔物に魔法をかけて、すぐに勇者様が蹴り飛ばし、そのすきに逃げるというのはどうでしょう?」
「すごい速さで追いかけてきたらどうすんだよ」
「あ、そっか」
なにかいい使い方を思いつかないと、せっかくのS級魔法が宝の持ち腐れになってしまう。
「相手の頭にだけ魔法をかけて、頭を斬り飛ばすというのは」
「普通に斬り落とすのとどう違うんだ」
「むむ……」
いろいろ考えた結果、「勇者の鎧と剣を軽くする」という使い道に落ち着いた。
「地味! はじめてのS級魔法、すごい地味!」
「いいじゃねえか、戦いやすいぜ?」
かっこつかないなあ。
いつかまたS級魔法が使える日がきたら、もっと頑張ろう、と心に誓った。
「普通の方でいいぞ? S級、なんか強力すぎて逆に使いづらい」
「んんー!! 悔しい!!」
幕間【ハープの歌姫】
その小さな集落には、音楽家たちが立ち寄っていた。
そこかしこから、きれいな歌声や、珍しい楽器の音色が聴こえてくる。
「心地よい響きですね」
「ああ、お前のいびきとは雲泥の差だ」
「ちょ、ちょ、なんで私のいびきと比べて言うんですか!」
「おれが普段聴く音楽はそれくらいしかないからだよ」
私たちがハープを弾いている女性に近寄ったとき、ちょうど曲が終わったところだった。
「素晴らしい!」
「素敵!」
「ありがとうございます」
近くの人たちが口々に褒め称えている。
よほどいい歌だったようだ。
集まっている人数は少ないが、みな惜しみない拍手を送っている。
「残念、聴きたかったですね」
「まあ、まだやってくれるんじゃないか」
と、その女性がこちらを向いた。
「あら、もしかして、旅の勇者様では?」
「知り合いですか、勇者様?」
「いや、ハープ奏者に知り合いはいないはずだが」
まあ、こんな美人を忘れるはずはないだろう。
「いえ、お噂はかねがね」
噂になっていたのか。
照れるわね。
「噂になってるのはおれだろ、お前は照れる必要ないだろ」
「い、いいじゃないですか! ちょっとくらい有名人気分を味わったって!」
顔が熱くなる。
きっと赤くなっている。
照れとは違う感情で。
「ご一緒の魔道士様も、たいそう強くて可愛らしいと、噂になっていましたよ」
「ほ、ほら! 私も噂になってるらしいですよ!」
私は得意げになって言った。
「可愛い」というところが特に気になった。
「調子に乗るんじゃない」
勇者は冷静に私をたしなめる。
美人に褒められてこの冷静さ、普通じゃないわね。
僧なのかしら。
そんなふうに勇者を冷ややかに見ていたら、美人がとんでもない申し出をしてきた。
「勇者様、もしよろしければお二人の歌を作らせてはいただけませんか?」
私たちの歌を!? ただで!? え、そんな、逆にいいんですか!?
「ああ、景気のいいやつを、頼むよ」
だからなんでそんなにクールなんですか。
バラでも背負ってそうな顔してなんでそういうこと言えるんですか。
私なんて「うひょー! 私の可愛さを存分に褒め称える曲をよろしくお願いしまあああああす!!」とか言ってしまいそうなのに。平伏して土下座してお金払いそうなのに。
……
しばらく考え込んだ後、彼女はハープを弾き始めた。
ポロン
ポロン
ポロロロロン
「即興で歌いますので、細かいところはご容赦ください」
ポロン
ポロン
ポロロロロン
拍手が起こる。
私たちの歌を即興で作ってもらうなんて初めての経験だ。
とてもドキドキしている。
『その剣は 闇を切り裂く』
『その魔法で 世界に 光が射す』
『怯えよ 異形よ』
『称えよ 偉業を』
『さあ 時は来た 命を燃やせ』
『民衆よ 喜べ 平和はすぐそこに』
『その剣は 闇を切り裂く』
『その魔法で 世界に 光が射す』
「ぶ、ぶらぼー!!」
私は精いっぱいの拍手をした。
これが私たちの歌だなんて、なんて嬉しいのだろうか。
気づけば、みんなも同じように拍手を送っていた。
勇者も心なしか頬が紅潮している。
「い、い、いい歌でしたね!! 素敵でしたね!!」
「……ああ、嬉しいもんだな」
「頑張って魔王倒して、みんなを喜ばせたいって! そう思いましたよね!」
「……ああ、そうだな」
「この歌が色んな町で歌い継がれて、誰でも知っている歌になったら、嬉しいですよね!」
「……ああ」
「子どもも大人もお爺さんもお婆さんも、この歌を聴いて涙している姿が思い浮かびます……」
「……ああ……お前が全部喋ってくれるおかげで楽だわ」
興奮する私の横で、あくまで勇者は冷静さを保とうとしていたが、それでもやっぱり嬉しそうな様子がにじみ出ていた。
「ありがとうございます! 素敵な歌でした! きっと私たち、魔王を倒しますからね!」
ハープの歌姫も、なんだか嬉しそうだった。
それから、勇者は機嫌がいいときにはこの歌を鼻歌で歌っていることが多かった。
「~♪」
ちょっとへたくそだったけど、それは言わないでおいた。
私も、嬉しくなっていっしょに歌った。
「その剣は~闇を~切り裂く~う~♪」
「お前、下手だな」
「そ、そ、そんなことないです!!」
私も下手だったらしい。悔しい。
幕間【変な卵料理】
旅の途中で立ち寄った町は、なんだか陽気な雰囲気が漂っていた。
明るいというか。
浮かれているというか。
熱に浮かされているというか。
「ねえ、勇者様、なんだかこの町、陽気ですね?」
「そうだな、妙に、な」
おかしな雰囲気ではないが、今まで見てきた町とは少し様子が違うようだ。
「住民におかしな様子があるわけでもないのに……なんだか……んん?」
勇者が反応した目線の先、私もつられて目をやると……
「んん? え?」
身体が硬直した。
勇者も戸惑いながら剣に手をかけていた。
「……あれ、魔物ですよね?」
普通に服を着て、普通に談笑しながら買い物をする魔物がいた。
魔物……だと思う。しかし、周りの誰も気に留めていない。
緑の肌に、ギラついた目、長い爪。
フードをかぶってはいるが、明らかに異質だった。
「……いや、この町はそういう町なのかもしれない」
「そういう町とは?」
「人と魔物が共存している町だ。早まって部外者のおれたちが町中で襲いかかるわけにはいかない」
「……様子を見ましょうか」
見回してみても、別に魔物がたくさんいるわけではない。
彼が特殊なのかもしれない。
ただちょっと顔色が悪くて、目つきが鋭くて、爪の手入れをしていないだけの人かもしれない。
「いやそれはさすがに無理がある」
その人(?)は、普通に買い物を済ませ、ふらふらと歩いて行った。
「つけますか?」
「……一応、目を離さないようにしておこうか」
旅人が珍しくなさそうな町だ。
彼も旅人なのかもしれないし、この町に差別的な考えを持つ人が少ないのかもしれない。
「しかし結構買い込んでいたぞ」
「日持ちのしなさそうな食材が多かったですね」
「この町に住んでいる可能性が高い」
「じゃあ、やっぱりちょっと顔色の悪い、ただの人かも……」
「それはない」
「とも言い切れないじゃないですか?」
「うーん……」
ゆっくり歩くその人は、やがて小さな料理屋に入っていった。
「……別に悲鳴が上がるわけでもありませんね」
「すれ違う人も、普通の反応だったしな」
「そういえば、小腹が空きませんか?」
「おれはお前ほど食いしん坊では……」
言いかけて、ぐぅっと勇者の腹の虫が鳴いた。
「……ちょうどいいので、ここで食事にしませんか?」
「……反対する理由はないな」
私は躊躇なくその扉を開いた。
「いらっしゃい」
気持ちのよい挨拶が迎えてくれる。
「……2名で」
「あいよ、奥のテーブルにどうぞ」
きょろきょろと見回しながら、席に着く。
「店主さんは普通の顔色でしたね」
「あんま見るな」
先ほどの緑色の人は見当たらない。
客ではなかったのだろうか。となると店員か?
「ご注文は?」
いつの間にかそばに立つ別の店員の存在に気づくのが遅れ、私はひゃっと声を上げた。
「あ、す、すみません、まだ……」
メニューもなにも見ていなかったので、と謝ろうとしたとき、店員の手が四本あることに気づいた。
「ぎゃー!」
「わっ」
狭い店内で大声を上げてしまった。
店員も私の声に驚く。
「あ、す、すみません、失礼を……」
しどろもどろになる私に、その店員さんは優しく答えてくれた。
「あはは、よく驚かれます。旅の方ですね?」
「あ、ええ、まあ」
「私は魔物ですが、人を襲ったりはしませんので、ご安心ください」
「はあ……」
ウェイターとしては便利そうだな、と思いながら勇者の方を見ると、彼もまた戸惑った顔をしていた。
魔物は基本的に倒してきたので、気まずいものがあるのかもしれない。
「おすすめは、なにかあるかな」
気を取り直して勇者が尋ねる。
「そうですね、この店でしか食べられない珍しいものというと、こちらがおすすめですね」
四本腕の店員さんが指し示したのは、「激辛・魔物の卵とじ」だった。
「……」
「……頼むのに勇気のいる料理名ですね」
魔物が激辛なのか?
卵とじのあとの味付けが激辛なのか?
ていうか魔物の店員さんが魔物料理を薦めてくるのは笑った方がいいのだろうか。
私が「人間の煮込み料理がおすすめですよ」とか言うようなものじゃないか?
「ちょっと珍しいニワトリスの卵を使ってましてね」
「ニワ……?」
「ニワトリスです」
「コカトリスじゃなくて?」
「ニワトリスです」
聞いたことがない。
「ちょっとだけ魔物化したニワトリでね、家畜化に成功したんです」
怪しい。しかし気になる。
「じゃあそれと、あとパンとスープを」
「あいよ、少々お待ちを」
ほかに客もあまりいないので、先ほどの店員さんを呼んで聞いてみた。
「さっき肌が緑色の人がこの店に入っていったんですが、彼も店員ですか?」
「ああ、あいつね、うちのコックの一人ですよ」
「ここは、彼やあなたのような、その、魔物が……普通に暮らしている町なんですか?」
「ええ、みな受け入れてくれています」
彼が言うには、「魔王の支配を逃れる魔物」がときどきいるそうだ。
あるとき急に、「人間と同じように暮らしたい」「人間を襲うのはもう嫌だ」と感じたらしい。
そういった人たち(魔物たち)が、この町に集まるそうだ。
「……今まで魔物と見ればすべて敵だと思っていたので、意外でした」
「……すみません、あなたの仲間を、たくさん倒してきて……」
謝る私に、彼はなんでもないことのように笑って言った。
「人間と見れば見境なく襲っていった魔物が悪いのです、お気になさらず」
「でも、私たちのように普通に生活をする魔物もいることを、知ってもらえれば嬉しいですね」
「この町以外では、やはり異質な目で見られますから」
今までたくさんの差別があったのだろう。
私だって、説明がなければ襲いかかっていたかもしれない。
周りの反応を見て、「ああ、別に凶暴な人ではないのだろう」と判断しただけに過ぎない。
「……認識を改めます」
泉の守り神だった龍さんの花を燃やして回ったころを思い返していた。
あのときの自分だったら、問答無用で町中にもかかわらず魔法をぶっ放していたかもしれない。
いくらかの旅の経験で、私は少し寛容になれたのだろうか。冷静になれたのだろうか。
これからももっと、魔物や人間について、深く考えていった方がいいのだろうか。
「お待ち!」
感傷にふけっていると、料理が運ばれてきた。
早いわね。
「おお、これはまた旨そうだな」
見た目から「激辛!」って感じはしないが、程よい量の肉や野菜が卵でとじられている。
匂いも食欲をそそる。
「いただきます!」
「声がでかい」
この肉は、魔物? こりこりしていて食感が面白い。
野菜は、うん、普通の野菜だ。
卵は黄色いけど、ニワトリではなくニワトリスの……
「かっらぁ!!!!」
つい叫んでしまった。
あわてて水を飲む。
勇者も声には出さないが、その顔が物語っていた。
「こういう……辛さか……」
舌がしびれる。
変な汗が出る。
トウガラシや香辛料をきかせた料理とはまた違う、舌にくる辛さだった。
「あ、でも慣れてくると美味しい」
「いや、うん、旨いのは確かだ」
調味料が辛いのではなく、卵が辛いのだった。
「魔物化してるから卵に辛みが出るんですかね」
「ニワトリの卵とは全然別物だな」
「もしかしてこれ、弱めの毒では?」
「おい、やめろ」
ひいひい言いながらぺろりと平らげた。
会計を済ませたとき、店の奥にあの店員さんがいた。
最初の印象よりもずっと、温厚そうな表情に見えた。
「ごちそうさまでした」
「お口にあいましたか?」
「ええ、とっても美味しかったです」
いい店だ。
魔王を倒したら、またこの町に寄りたいと思った。
そして当然、同じメニューをまた頼みたいと思った。
「また今度来たときも、あの激辛卵とじを注文したいです」
「店員さんも、あの料理がお好きなんですか?」
おすすめしてくれたんだからきっと、と思った。
しかし四本腕の店員さんは、気まずそうにこう言った。
「ぼく、魔物料理食べられないんですよね」
人生で一番、表情をコントロールするのが難しい瞬間だった。
幕間【夢魔道士全裸待機】
人気のない谷間に、その場所はあった。
「わ! わ! 温泉ですよ、勇者様!」
立ち上る湯気。
かすかなツンと鼻にくる香り。
これが俗に言う、温泉というものか。
「私初めてです! は、早く入りましょう! ね!」
「バカ、無防備に裸を晒して、魔物に襲われたらどうするつもりだ」
「そんなこと言われましても! これを目の前にして我慢しろだなんて意地悪ですよ!」
周りは岩場でごつごつしているが、人気もないし魔物の気配もない。
正直なところ、私だったら裸でも魔法で戦えるし。
「お前、今日は雷の魔法使ってただろうが」
「感電したらどうすんだ、バカ」
あ、そうだった。
うっかり使ったら自爆攻撃になってしまう。
「で、でも……」
私はあきらめきれず、温泉のそばから離れない。
「交代で、ね、交代で入りましょう! 片方は見張り役で……」
「当ったり前だろうが!! 一緒に入れるか!!」
「え、どうしてですか? 布切れで隠せば問題ないじゃないですか」
「問題あるわ!!」
……
先に勇者に入ってもらうことにした。
一応、「一番風呂」を譲ったという形だ。
「あー、これは、いいな……」
とろける勇者の独り言が聞こえる。
私は岩の裏で、魔物が出て来ないか見張りをしている。
「一生ここにいたい……」
なにやら物騒な独り言だ。
「酒があったらなお良い……」
おじさんみたいなことを言っている。
でも、温泉でお酒を飲みたい気持ち、わかる。
「交代したくない……」
「ダメです! 次は私です! 待ってるんですからね!」
「ぎゃー! 覗くんじゃねえ!!」
「乙女みたいなこと言わないでください!!」
続いて私が二番風呂だ。
「足元がごつごつしてて痛いですね……」
「足切っちゃいそう……」
ちゃぽん
「あ、いい感じの温度ですね? これはもう……」
バッシャン!
「んあー!! 気持ちいい!! 気持ちが良すぎるぅ!!」
「飛び込むな、風情のない」
「いいじゃないですかー。私たちしかいないんだしっ」
お湯につかると、疲れが吹っ飛ぶ気がした。
私は肩まで、いや鼻くらいまで、ゆっくりと湯につかった。
「勇者様ー、そこにいますよね?」
「ああ、いるいる」
「ここ、絶対また来ましょうね」
「魔王を倒したらな」
「私たちで温泉宿を運営してもいいですねえ」
「バカ、人が来ねえよこんな辺鄙なところ」
「こんな最高な場所、私たちだけの秘密にしておくにはもったいないですよお……」
「っ」
私たちはのんきに喋っていたが、突然勇者が言葉を切った。
「……勇者様?」
「魔物だっ! お前は出るなっ!!」
「え? え?」
ドシュッ!
ズバッ!
勇者の剣が魔物を切り裂く音がする。
ドシュッ!
「え? ちょ」
ズババンッ!!
「ギャアアアアアアアアッ!!」
え? 勇者の声じゃないよね? 魔物の断末魔だよね?
「……ふぅっ」
今の声が勇者だよね?
大丈夫だよね?
「おい、無事か?」
「きゃー!! きゃー!! いきなり出てくるのはダメですっ!」
「バカ、お前なんでまだ裸なんだよっ!!」
人気のない温泉に無防備に入り込む人間を狙う魔物もいるらしい。
たまたま勇者が見張ってくれていたからなんともなかったが、一緒に入っていたらダメだったかもしれない。
「いや、一緒に入る選択肢はなかったから」
「布で隠せば大丈夫ですって」
「お前叫んでただろうが」
「だからあれは、なにも隠してなかったから……」
「隠せよ!」
「だっていきなり覗きこんでくるなんて思わなかったから……」
「魔物が来てるって言ってんのに、なんで全裸で待ってたんだよ!」
なにも言い返すことができなくなった。
勇者が倒してくれるだろうと期待して、温泉を満喫しながら無防備に待っていたお供の魔道士だった。
「今度温泉を見つけても、スルーだから」
「そんな殺生な!」
幕間【ギャンブル勝負】
「あれ、勇者様、なんですかそれ」
旅の途中、休憩しているときに勇者が取り出したのは、見慣れないさいころだった。
「たまに雑貨屋で買い集めてたんだよ」
「そんなの、どうするんですか?」
「見つめる」
「それ正しい使い方じゃないのでは?」
「転がして遊ぶ」
「……正しい使い方ですけど意味あります?」
たいして場所を取るものでもない。
高いものでもない。
だけど、そんなものを集めていて、しかも結構な量になっていることを私は知らなかった。
「そんな趣味があること、今まで知りませんでした」
唇を尖らせて、少し抗議の意味を込めて言う。
「お前のいないときに買ってたから……」
「どうしてですか?」
「だって、ほら、無駄遣いだとか言うだろ?」
言うかも。
でも、別に内緒にしなくってもいいじゃないか。
「ね、それで遊びましょうよ、せっかくだから」
骨で作ったようなもの、ガラスのようなもの、装飾の見事なもの、いろいろあった。
だけど、使い道は同じだ。
「私が子どもの頃やってた遊びがあるんですけど」
「どんな?」
「倉庫番って遊びなんですけど」
「知らないな」
子どもの頃、なかなか勝てないままに母とよく勝負していた。
それを思い出しながら、勇者にルールを教える。
「さいころを6個振るんです」
「で、ダブらなかった目だけ取り除きます」
「それから、残りをまた振って、ダブらなかった目だけ同じように取り除きます」
「このとき、さっきすでに取り除いた目はダメです」
「で、3回振って、結局何種類取り除けたかで勝負します」
「たくさん取り除けた方が勝ちです」
たったこれだけのルールだ。
子どもでも簡単だ。
「3回のうちで6種類そろえたら必ず勝ち?」
「いや、そういう訳じゃないです。そろわなかったら、数が多い方。一番強いのは1回目に6種類そろうことです」
「そんな偶然あるか?」
「たまーに、ごくまれーに、ありますよ」
1回でそろえたら、大貴族という役。
2回でそろえたら、貴族。
3回目でそろえたら、大商人。
3回目でそろわなかったら、商人。
まあ、だいたい商人しか出せない。
「まあいいや、やってみるか」
まずは勇者がやってみることに。
「お、これだと……4と5と6が取れるってことだな?」
「そうですね、2が3個あるのはダメです」
「で、もう一回振ると……これは?」
「2,2,5なのでどれも取れません」
「ううむ、ダメか」
「もう一回振ってください」
「せいっ」
ころころ……
「4,4,6なのでこれもダメですね」
「難しくない? これ」
結局3個しかそろわなかった。
でも、だいたいこんなものだ。
「じゃあ次は私ですね」
「あ、そういえば勝負なんだよな?」
「あ、ええ、そうですね、一応」
「なにを賭けるか決めてなかった」
勇者の目がキラキラしている。
賭け事、意外と好きなのかしら。
ていうか、さいころを集めてる時点で結構ギャンブル好きなのかも。
「負けた方は、恥ずかしい秘密を話す」
「うわああああ、大丈夫ですかそんな危ないもの賭けちゃって」
「この旅でだいたいお互いのことわかってるんだから、大した罰じゃないだろ?」
「知りませんよー、私強いですよ? 一番最近のおねしょのエピソード用意しといてくださいよ」
「最近なんてしてねえよ!!」
罰も決めて、私が振る番だ。
「とうっ」
ころころ……
「だいぶダブってんな」
「1だけですね、取れるの」
幸先悪い。
「せいっ」
ころころ……
「お、4と5か」
「1と、2のダブりは取れませんね」
「これで今、同点か?」
「そうですね、さあ、鮮やかに逆転しますよー」
実は同じ個数だったら、目の合計が大きい方が勝ちなんだけど、それを言うと私が負ける可能性が高くなるので、引き分けということにしておこう。
「ていっ」
ころころ……
「……」
「……」
「6来たー!!」
「ぐっ……」
「私4個! 私の勝ちですね!」
「くそう」
「さあ、さあさあ、勇者様の恥ずかしい話、おひとついただきます!」
対して強い役でもなかったけど、勝てちゃった。
母が強すぎたんだわ、たぶん。
「…………毒ミミズを食って唇が倍に膨れ上がったことがある」
「そのエピソード知ってますー!!!!」
「ダメです、許可できません」
「ぐっ」
「自分から罰を決めておいてそれは……ねえ……?」
「……10歳までぬいぐるみと寝ていた」
「ん~~~~いいでしょう!」
恥ずかしいというより可愛い話だが、勇者の珍しい一面が知れたのでよし。
「次だ次! お前の恥ずかしい話も聞かなきゃわりに合わん!」
その発言自体がけっこう恥ずかしい気がしたけどつっこむのはやめておく。
……
「よし! 5個だぞ!」
「んぐぅ!」
「ほらほら、今度はお前の恥ずかしい話を聞かせろ!」
「えーと、えーと、両乳首のそばに泣きぼくろがそろってます」
「バカ野郎! 飛ばし過ぎだ!」
……
「やったー! 勇者様2個! 負け! 大負け!」
「むぐぐ……」
「じゃあまた勇者様の恥ずかし……」
「地面から這い出てきた魔物に股間を頭突きされて気絶したことがある!」
「よく生きてましたね!?」
……
「さっきのぬいぐるみの話、本当は12歳まで! ちょっと控えめに言ってた!」
「背中をなでられるとぞくぞくして力が抜けちゃいます!」
「裁縫ができない!」
「イカが食べられません!」
「同じ日に2回、鳥にフンを落とされた!」
「ローブに躓いてすっ転んで、全部脱げたことがあります!」
「はじめて酒を飲んだ日は、全裸で教会の前で目覚めた!」
「私も一緒です! はじめてお酒を飲んだ日は、全裸で川で目覚めました!」
……
お互い恥ずかしい話も出尽くしたようだ。
変な笑いが出て、どちらからともなく、お開きになった。
「さ、行くか」
「行きますか」
もう間もなく魔王城だ。
くだらない話を楽しむ余裕も、なくなるだろう。
「なにか言い残しておくことは?」
「それは死ぬことが決まっているときに言うやつです」
死ぬつもりはない。
もちろん勇者を死なせるつもりはもっとない。
「無事終わったら、またくだらない話をしたいですね」
「ああ、そうしよう」
ロマンティックな話もしたい。
身の上話もちゃんとしたい。
「行くか」
「行きましょう」
旅が、もうすぐ終わる。
【幕間 ここまで】
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